両断
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暫しの間、自分一人でパチパチと拍手をして見せる花藤。
しかし、そんな花藤を俺はただ鋭く睨み続けるだけだった。
そんな俺を見た花藤は、「つまらない」とでも言わんばかりの軽いため息を吐いた。
「あら? 折角登場したのに、拍手の一つも無いのかしら?」
「……貴様、ふざけているのか?」
「ふざけてなんか無いわよ? 私は、至って大真面目。だって、私は貴方の恩師。そして今では、高貴なるこの国の女王様。そんな素晴らしい存在であるこの私が、わざわざお前みたいな愚民の前に姿を現したのよ? 愚民なら愚民らしく、盛大な拍手でお迎えするのが礼儀ってモノじゃない?」
「恩師? 女王? それこそ悪い冗談だ! お前がいつ、俺に恩を売った? お前如きがいつ、この国の女王になった?」
俺がそう言い放つと、花藤は「興が覚めた」と言わんばかりの深いため息を漏らす。
そして、ゴミでも見るかのような極寒な眼差しで、俺を見下してきた。
「……やっぱり、アンタ嫌いだわ。昔からずーっと、大っ嫌い。私ね、猫って大っ嫌いなの。何でか分かる? 猫ってさ、ご主人様を平気な顔して振り回すでしょ? 自分の都合で、自分の気分で……それこそ『自分こそが主人』だって言わんばかりに! けどさ、そういうのホント我慢できないんだよね。全く、身の程を知れっての。ペットはペットらしくさ、ご主人様に尻尾振ってりゃいいのよ」
「……何が言いたい?」
「はぁ? ここまで言って分かんないの? これだからバカと話すのは嫌いなのよ。まあ、いいわ。なら、ハッキリ言ってあげる。要するに、アンタら生徒も私にとってはペットってこと。だからこそ、アンタみたいに私にそっぽ向くヤツは大嫌い。私が折角歩み寄っても、私のことを嫌う――そんなアンタが、死ぬほど嫌いって言っているのよっ!」
そう言い放つと、醜く歪んだ顔で高笑いする花藤。
そんな彼女を見て、そしてその悍ましい内面とどす黒い思考を目の当たりにして、心を怒りで滾らせた俺は歯を喰いしばりながらギロリと睨みつけてこう答えた。
「ああ、そうかい。奇遇だな! 俺もアンタのことが……心底大嫌いだよ」
◇
忌々しいという感情を包み隠さずにそう答えると、花藤は「あっ、そう」と興味無さそうに呟く。
「はぁ、ホント可愛げのないペットね。少しは、そこの愛嬌だらけのペットを見習ってほしいモノだわ」
そう言って花藤が指差したのは、俺の腕の中。
徐に視線を落としてみると、俺と同じく怒りで歯を喰いしばりつつ――それでも「信じられない」とばかりの苦悩の表情を浮かべる天藤と目があった。
「……天藤」
「退け! 退いてくれ、高階! 俺は、先生に聞かなければならないことが……」
先ほどまで今にも死にかけていた筈の天藤。だが、苦しそうな表情を浮かべながらも、それでも必死に俺を押しのけてゆらりと立ち上がる。気力と気合だけで、必死に。
しかし、受けたダメージは致命傷。立ち上がることすら難しく、天藤はすぐに弱々しく膝を折ってしまった。
「無理するな、死ぬぞ?」
「――はっ! 散々人を殺してきたお前が、俺の心配か?」
「そんなワケねえだろ! お前は、俺の手で息の根を止めると決めていた。だから……それまでお前に死なれたら、俺が困るだけだ」
「……お前ってヤツは、本当に――ぐっ!」
患部を抑えて苦しみ出す天藤。そんな天藤に対して、花藤の「クスクス」という笑い声が降り注ぐ。
「あらあら、辛そうね。でも、そんな重傷を負ってもまだ立ち上がるだけの体力が残っていたなんて、大したモノね。流石は、最強の勇者様。逞しく育ってくれたようで、先生鼻が高いわ」
花藤には、天藤を心配するようなそぶりはまるで見えない。まあ、天藤にこれほどの深手を負わせたのが花藤なのだから、当然と言えば当然だが。
そんな花藤に対して、天藤の中には言いたいことや聞きたいことが山とあることだろう。混乱したような苦々しい表情が、そんな天藤の内心を如実に語っていた。
しかし、山とある質問の中で一番聞きたかったであろう質問を、遂に天藤は口にした。
「先……生? どうしてですか? どうして、貴方が俺を?」
今にも泣きそうに顔をくしゃくしゃにした天藤が弱々しく零した質問は、やはり何故自分を撃ったのかということだった。
天藤が花藤に並々ならぬ想いを抱いていたことは十分承知している。それは決して、生徒が教師に抱くだろう尊敬や感謝の類ではない。そんなモノとは比較にならない程に深くて強い――それこそ、恋や愛といっていいほどの想いだった。
そんな想いを抱く自分をどうして? 人間関係に疎い俺ですら、もし天藤の立場なら真っ先に聞きたくなるだろう質問だと共感できる。
しかし、そんな純粋な質問に対して花藤は……あろうことか嘲笑を返した。
「理由? そんなの決まっているじゃない! もう、貴方は用済みってこと。私の計画において、もう貴方の出る幕は無い。貴方にして欲しい事は、もう何も無いの」
「……計画?」
「そうよ。私がこの国の女王となり、そしてこの国を支配するための計画」
「どういうことですか? 先生が、女王になる? 支配する?」
「そう。私ね、ずっと女王になりたかったの。男も女も老いも若きも関係なく皆が私を神の如く崇め奉り、そして皆が私のために命を懸けて尽くし、更には私が皆を玩具みたいに思う存分弄ぶ――かつて世界に存在した、王権神授の頃の王たちのようにね」
「命を懸けて尽くす? 命を弄ぶ? そんなの、俺たちの理想世界とは正反対ではないですか! 利己的な理由で他人を傷付け貶めるような悪人のいない、無垢な善人が幸せに暮らせる正義に満ちた理想の世界。それが俺の……いいえ、俺たちの理想世界だった筈だ! それなのに――」
「はっ! まだそんな戯言を本気で口にしているの? 全く、お坊ちゃんは世間知らずで夢見がちねぇ……いや、ただおバカなだけかしら? そんな世界、実現できるワケ無いじゃない」
「……えっ?」
「当たり前でしょう? その年にもなって、まだそんな子供みたいな理想を本気で思い描いていたとは……正真正銘のバカね。いい加減気付きなさいよ。アンタを含め、無垢な善人なんてこの世界にいないってことに。そして、利己的な理由で他人を傷付け貶める――それこそが、人間の本質であることに」
花藤の表情は、彼女を嫌う俺ですら思わず身震いしてしまうほどに悍ましく歪んでいた。そんな彼女の歪んだ表情と本心を目の当たりにして、彼女を心清らかな同志とでも思っていただろう天藤が受けたショックは、如何ばかりのモノか……俺には計り知れない。
「そ、そんな……」
遂に天藤は、膝を折った今の体勢のまま俯いてしまった。
表情まで、今の俺には窺い知ることは出来ない。しかし、地面に零れた涙の雫を見れば、今の天藤がどんな表情をしているのかを想像するに余りあった。
しかし、花藤はここまで天藤の心を傷付けてもまだ足りないらしい。いや、もしかしたら天藤が涙しているのを見て興が乗ったのかも知れない。
花藤の暴言は、留まるところを知らなかった。
「貴方の下らない理想話を親身なふりして聞いてあげるだけで、貴方は私の言うことを何でも鵜呑みにしてくれた。実際この計画においても、貴方は実によく働いてくれたわ。それこそ、期待以上にね。ありがとう、天藤君。私、君みたいなペットは大好きよ。君みたいに、思い込みが激しくて扱い易い、その上世間知らずのバカなお坊ちゃんはねぇっ!」
「――っ! 貴様ぁあああああっ!」
遂に堪忍袋の緒が切れたのか、激情に駆られた天藤は折れた宝剣を握り締めると立ち上がり、そして大地を蹴って疾駆した。
胸に穴を穿たれた重傷人とは思えない軽快で、かつ力強い動き。瞬く間に花藤へ肉薄した天藤は、その剣を上段に構える。
「スキル――【破邪一閃】! うぉおおおおおおおおおおっ!」
スキルを発動した瞬間、折れた刃を補うかのように白銀に輝く光刃が形成される。
恐らくあれは、巨大な刃を形成するという【破邪一閃】の特性を応用して作り出した仮の刃なのだろう。刃を破損した剣のリーチ不足を補うための、土壇場の機転といったところか。
こうして元の剣と遜色ない射程を確保した天藤は、その輝く刃を花藤に向かって振り下ろした。しかし……。
「――えっ!?」
天藤の文字通り死力を尽くした渾身の一振りは、無情にも空を切った。
いや、厳密にいえば違う。花藤にめり込んだその瞬間に、花藤がその場から姿を消したのだ。まるで、今までそこにいた花藤が残像か幻だったかのように。
「これは……一体どういう――」
「天藤、後ろだ!」
「――何っ!?」
「大正解。残念だけど、もう遅いわ」
驚愕の余り唖然とする天藤に俺がそう叫んだのも束の間、何処か見覚えのある刀を握り締めていつの間にか天藤の背後に姿を現した花藤は、冷たい口調でそう呟く。
「さようなら、天藤君。剣聖の貴方は、剣で殺してあげる。スキル――【烈風両断】!」
凄まじい風圧と轟音を伴った烈風が花藤の握る刀に集約されていく。
その烈風の一刀を手に構えた花藤は、容赦なく全力で真横に振り抜いた。
「――がっ……がはっ!」
その一斬は天藤の右わき腹を的確に捉え、そのまま豆腐でも切るかのように容易く天藤の肉と骨を断っていく。
そして最後には無情にも上下で真っ二つに切り裂かれ、見るも無残な状態となった天藤の身体はそのまま地面をゴロゴロと転がっていった。
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