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絶望

更新します。

どうぞご一読ください。

「最低? それはお前の方だよ、高階。お前が最低なヤツだから、ここまで人に嫌われる。お前が最低なヤツだから、俺たちが最低に見える。お前が最低なヤツだから、クラス全員から本心で『死んで欲しい』と願われる。そして俺たちの願いを、王国は受け入れてくれたんだよ。つまり俺たちだけじゃなく、この世界の人たちもお前の死を望んでいるってことだ。ホント、最低過ぎていっそ哀れなヤツだな」


 青筋が立つ感覚をここまではっきりと感じたのは、生まれて初めてだった。

 何故そこまで言われなければならない? どうしてそこまで俺を嫌う? 一体俺が何をした? 考えてみても、俺には全く心当たりがない。

 向けられる悪意の理由が理解できない恐怖、死を宣告された絶望、俺の死を喜ぶクラスメイトたちへの怒り――色んな感情が綯交ぜになって体中を駆け巡り、その奔流だけで体が内側から破裂しそうな気さえしてくる。

 だが、そんな濁流のような深く大きすぎる感情をどうやって吐き出せばいいのか分からない。誰にぶつければいいのかも分からない。

 だから俺に出来たのは、ただその場で涙ながらに絶叫することだけだった。


「ここは神の御前。厳かでなければなりません。貴方のその喚き声は、耳障りで不愉快です。とても神の御前に相応しくありません。ただちに口を閉じなさい」


 虫けらでも見るような視線と呆れ果てたかのようなため息と共に向けられたクレア王女の冷淡な一言。ただでさえ怒りや憎しみで感情が昂っている今の俺に、その視線も言葉も何もかもが到底許容できるものではなかった。


「うるさいっ! 何が神だ! 俺を拒絶し、俺を見捨て、あまつさえ罪人に仕立て上げて殺そうとしている張本人だろうが! そんな奴が神だと? 笑わせんな! 俺からすれば、そんな奴はただのクズだ! 神なんかとは程遠い、悪魔だ!」


 感情と勢い任せに、言いたいことを思うままにぶちまけてやった。

 俺のあまりの剣幕に気圧されたのか、数秒静かになるクレア王女。

 だがすぐに、その可憐な容姿からは想像もつかない程に烈火の怒りを宿した般若の如き面相に変る。


「……我らが神を、偉大なるシュミルを、貴様如き塵芥風情が冒涜するか! 許さん……絶対に許さん! クオーディウス王国の頂点に立つ王女としての、そして神シュミルの声を聞く代弁者の誇りに掛けて貴様には残酷な死をくれてやる! 磔の刑だ! それもじっくりと時間を掛けてのな! 何をしている? 即時執行だ! すぐにこいつを連れて行け!」


 淑女然としたこれまでの振る舞いからはかけ離れた、粗暴な物言い。恐らくはこれがこの王女の本質なのだろう。

 まるで人が変わったかのようにヒステリックになったクレア王女に戸惑いの色を伺わせながらも、兵士たちは素早く俺を殴りつけると、倒れ込んだ俺を総出で取り押さえる。そして手錠で拘束するとまるで散歩を嫌がる飼い犬を引き摺るかのように俺を謁見の間から強引に連れ出した。



 謁見の間から連れ出された俺は今、あれよあれよという間に鞍も何も装備していない裸馬に乗せられて無様に街中を引き回されている。

 その上首からはこの世界の文字で長々と文章――読めないのでよくはわからないが、恐らくは『世界を混乱に陥れた魔神の手先』だの『神シュミルを冒涜した大罪人』といった類の内容だろう――が書かれている木の板をぶら下げられている。

 しかも馬が歩く度に体が揺れてこれが体にぶつかってくるので地味に痛い。というか、何よりも馬の乗り心地が予想の五倍は悪くて気分が悪くなってくる。正直もう吐きそうだ。

 まさか時代劇でよく見る市中引回しの刑を、自分が受ける日が来るとは露ほども思っていなかった。沿道に集まったこの国の民衆からは、容赦なく好奇の視線と嘲罵を浴びせられる。努めて気にしないようにはしていたものの、やはり悪意ある視線をここまで沢山向けられると心が参ってしまう。

 しかもこの引回しは王城の擁するこの国の首都を隈なく練り歩くまで続くので、かなりの時間が掛かる。実際、まだ日が高い昼過ぎ頃に始まった筈なのに、既定のルートを通って漸く終わった頃にはすっかり日が傾いていて空が茜色に染まっていた。

 当然出発地でありゴールでもあるクオーディウス王国の王城に戻ってきた頃には既にグロッキーになっており、もし目の前に温かい布団でもあろうものなら秒で入眠できる自信すらあった。尤も、俺がこれからするのは入眠ではなく永眠なのだが。

 俺が引回しを受けている間に王城前の広場――公園のような場所で、普段は民衆の憩いの場になっているらしい――に特設された巨大な純白の十字架の前には人だかりができており、皆口々に今か今かと刑の執行を心待ちにする声を漏らす。そしてとうとう十字架の前まで俺が引っ張られてくると、民衆は盛大な歓声を上げた。

 そして民衆のボルテージが最高潮に達したタイミングを見計らって、クレア王女が悠然とした足取りで姿を現した。


「クオーディウス王国の民よ、敬虔なるシュミルの信徒よ、よくぞ集まってくれました。皆は既にご存じかと思いますが、私は神シュミルの導きに従って過日勇者の召喚を行いました。その結果としてなんと三十名もの勇者がこの世界に招かれ、彼らは世界と我々を救うために戦うことを了承してくれました。我々の願いに、神シュミルは祝福を以て応えてくれたのです!」


 誇らしげに語るクレア王女の言葉に、民衆もまた歓声で答える。

 だが、民衆の歓喜とは対照的に王女は俯いて陰気な雰囲気を醸し出す。


「しかし、私はここに皆様に詫びねばなりません。神聖な勇者召喚には、招かれざる『魔神の手先』が紛れ込んでいたのです。その手先こそ、この男です。この男は勇者の証である『天職』を持たないばかりか、シュミルの信徒であれば誰もが持つ筈の『リーン』すら宿してはいなかったのです。それだけではなく、この男からは我らが神シュミルを冒涜するような発言まで飛び出してくる始末。このような害悪を、脅威を、この世界へ招いてしまったことは私の責任です。ここにお詫びを申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」


 クレア王女が民衆に向かって深々と頭を下げると、民衆は口々にクレア王女を擁護する。そして同時に、俺に対しては冷たい言葉を吐き捨てては石まで投げてきた。礫が次々と体に命中し、痛みが走る。額を掠めた一撃は皮膚を裂き、血が滴り落ちてくる。

 しかし、そんな俺に一瞥もくれることなく、王女は天高く自身の右手を上げた。


「ここに、私は宣言致します。私が招いた災厄の種は私が除くと! 私の手で引導を渡すと! そして勇者様たちと協力して皆が魔獣や魔神に怯えることなく平穏に暮らせる世界を創るために、その第一歩としてこの『魔神の手先』を処刑すると! この男の鮮血と絶叫こそが、そしてこの処刑への我々の歓喜の声こそが、我々の反撃の狼煙となるのです!」


 高らかにそう結んだクレア王女の演説に、聴衆は皆揃って聞き惚れている。

 今日一番の大歓声が上がり、会場が一つに纏まっていく。王女へ捧げられた「万歳!」と俺に向けられた「殺せ!」による嫌な大合唱が始まる。

 それに気を良くしたのか。クレア王女は嬉しそうに何度も頷くと、高々と拳を天に掲げる。


「では始めましょう。兵士たちよ、この悪逆なる魔神の手先を聖なる十字架に掲げよ!」


 威勢のいい返事と共に、兵士たちは数に任せた強引さで俺を十字架に括りつける。

 荒縄を使って、両手首と両足首に首と胴の計五か所で鬱血しそうなほど頑丈に十字架に結ばれたことで、もう俺は首を左右に振る程度の身動きすらも取れなくなった。

 まさに俎上の魚。無様を晒す俺の姿を見て、民衆もクレア王女も揃ってニヤニヤと満足げな表情を浮かべている。

 ここまでくれば、もう否が応でも実感させられる。俺の死が、着実に迫っていた。


如何でしたでしょうか?


よろしければコメントや評価等頂けると幸いです。

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