会敵
更新します。
素手でも勇者を圧倒出来る俺の拳の威力を底上げする鉤爪の付いたナックルダスターと超接近戦を仕掛ける俺の防御力を高める純白のコート――これこそが神シュミルから俺が授かった装備である。
いつぞやの魔獣討伐以来久方ぶりに身に付けたのだが、まるでいつも着ていたかのように実に体にフィットする。
戦支度を整えた俺が、昂る闘志を胸に表へ出てみれば――そこには俺の到着を待っていた兵士たちと愛馬、そして俺を見送ろうとする妻たちの姿。
「それじゃあ俺は、出現した魔獣を討伐してくる。俺が出るからには心配ない。どんな魔獣でも一撃で屠ってやるぜ。だから、安心して待っていろよ」
俺は不安そうに見つめてくる妻たちの頭を、自信に満ちた笑みと共に一人ずつ撫でる。
「気を付けてね」
「ダーリンなら大丈夫だって、信じているからね」
「無茶だけはしないでよ。實ちゃんに何かあったら、あたし泣いちゃう」
「戦勝会は、ベッドでしっぽりとやろうね♡」
「無事を祈っています。必ず帰ってきてくださいね」
すると一人一人、思い思いの励ましの言葉をくれる。まあ、言葉がバラエティに富み過ぎてい る気もするのだが、それだけ個性豊かな嫁が集まったということだろう。
全く……本当に彼女たちの言葉は全て、俺の心を昂らせてくれる。
「おうよ! すぐに片づけて帰ってくるから、楽しみに待っていろ!」
そう言って俺は自慢の屈強な愛馬に跨ると、兵士たちに先導されて戦場へと赴いていく。
段々と小さくなっていく俺の背中を見守りながら、絶えず声援を送ってくれる妻たち。
そんな彼女たちを待たせる訳にも、ましてや死ぬわけにもいかない。
「全軍、最大全速で前進! 俺様の領土に現れた命知らずの魔獣風情に、さっさと引導を渡すぞ! そして帰ったら戦勝会だ! 酒も女も、望むままだぞ!」
「「「「「「おおー!」」」」」」
俺の号令に士気を高めた兵士たちは、鬨の声を上げて一気に駆け出していく。
そんな勇猛果敢な兵士たちの姿を見て思わず満足げな笑みを浮かべてしまった俺は、両頬をパチンと叩いて気合を入れ直すと、馬の腹を蹴ってさらに加速する。
こうして兵士たちを率いていると、本当に俺は王になったような気がしてくる。
そうだな、王になるのも案外悪くないかも知れない。俺もいずれは、天藤みたく爵位を取ってみようか。そしていずれは、俺自身がこの国の王に――広がる熱い夢を胸に滾らせながら、俺は今向き合わねばならぬ敵目掛けて一直線に駆け出した。
◇
数十分ほど行軍した俺たちは、漸く目的地であるエルドの街の郊外にまで辿り着いた。
辿り着いたのだが、しかし――
「ここか? 何だかやけに静かじゃないか?」
魔獣の出現と聞いていたのに、そこには全く攻撃を受けた形跡がない。
建物にも被害は無く、かといって別に誰かが倒れているワケでもない。どこをどう見ても、いつものエルドの街そのものであった。
「おい、これは一体どういうことだ?」
「私にも何が何だか。住民からの通報では、確かにここで間違いない筈なのですが……」
苛立ち交じりに傍らに控える俺に魔獣出現の報告をしてきた兵士を問い詰めてみれば、ソイツは顔を真っ青にして滝のような冷や汗を流しながら、周囲の建物と地図を何度も何度も見比べ始めた。しかもご丁寧に「あれ? おかしいな?」などと呟きながら。
しかし、何度も地図と周囲の様子で視線を反復横跳びさせようが、何かが変わる訳でもない。困ったソイツは、遂には完全に言葉を失って沈黙してしまった。
この様子を見れば、否が応でも状況が理解できるというモノ。つまりは――
「……貴様ぁ! さてはこの俺に無駄足を踏ませたな? 碌に状況確認もせずに、この俺様を出陣させたということか? ああん!!?」
馬上からソイツの胸倉を掴むと、そのまま俺の目線よりも高い位置まで持ち上げる。
ただでさえ青かった男の顔が、首を締め上げられたことで更に真っ青に染まっていく。
「――いっ、いえ! 自分は確かに……ディッグ様より魔獣出現の報を受け……それを須郷様にお伝えしただけなのです! 信じてください! 私は、ディッグ様の言葉をそのままお伝えしただけなのですぅ!」
「なぁにぃ?」
今にも小便ちびりそうな情けない表情で足をばたつかせる兵士は、必死に訴える。
その訴えを聞いて、ふと気付く。そういえば、いつも俺の傍に仕えているディッグの姿が見えない。アイツは中々に見所のある男だ。特に俺の趣味に共感して俺好みの女を見繕って献上してくるところがいい。ガキを甚振ることの楽しさを俺に伝えたのもあの男だ。
そんな功績を評価して重用して、地位も名誉も与えた。時には寝所で一緒にガキを貪り食ったモノだ。つまりアイツは、俺に対して並々ならぬ恩義を感じている筈。そして俺も、恩義を感じて日々努めるアイツに兵士の中で最も信用を置いてきた。まさに腹心だ。
そんなアイツが何故、この俺が出陣しているこの場に姿を見せない?
それにこの奇妙な状況を作り出した元凶たる情報の出所がヤツだと?
どう考えてもおかしい。一体何が起こっている? そう考えた瞬間、異変は突然起こった。
「――ぐぁっ!」
「――ぎゃっ!」
「――なっ、何故で……がはっ!」
何処からともなく聞こえてくる、兵士たちの驚愕の声と悲鳴。
「何事だ? 一体何が起きている?」
胸倉を掴んでいた兵士を適当に放り投げると、俺は周囲の様子に気配を尖らせる。
「――ぎゃああああああああっ!」
すると一際近くで、悲鳴が轟く。
その声のする方へ視線を向ければ、鋭利な刃物で切り裂かれたのだろうか。先ほどまで俺が締め上げていた兵士が、首から勢いよく血を噴き上げている姿が目に映る。
血を撒き散らし終えると、ソイツは力なくその場に崩れ落ちてそのまま動かなくなった。
「おいおい……こいつは一体――」
「須郷様、あそこを!」
「――っ!?」
驚きと恐怖が入り混じる声を張り上げながら兵士が指差する方向へ、視線を送る。
するとそこには、犬か狼のように鋭い両手の爪と口から生えた吸血鬼の如き牙から夥しい血を滴らせた、二足歩行の何かが立っていた。
「HUUUUUUUUUUUUUU……」
鳴き声とも吐息ともつかない不気味な声を上げるソイツは、この夜闇の中でもハッキリと分かるほどに輝く、魔性を秘めた真紅の眼を俺たちに向けてくる。
「――あっ、あああああ……」
「――ばっ、化け物……」
その異形かつ不気味な姿に恐れをなした兵士たちは、その場に尻餅をついて動けなくなってしまう。そんな兵士たちを守るべく、下馬した俺は兵士たちの前に歩み出る。
「す、須郷様!」
「行けません。ここは我らが――」
「足が震えてまともに立つことすら出来ないお前たちに、一体何が出来る? 闘いの邪魔になるから、臆病者は引っ込んでいろ! 精々負傷者の回収と手当てに努めろ」
「――しかし!」
「二度は言わんぞ! 貴様らは、貴様らに出来ることをしろ! 俺は、俺にしか出来ないことをする。……分かったかぁ!」
「……はっ、仰せのままに。動けるものは負傷者に手を貸してやってくれ! おい、お前!いつまでへたり込んでいるつもりだ? 誇り高き勇者様の兵士として、恥ずかしくないのか? とっとと立て! そして手伝え!」
「――はっ、はいっ!」
互いに声を掛けながらテキパキと負傷者の回収を済ませては、そのまま遠ざかっていく兵士たち。……それでいい。これで心置きなく戦えるというモノだ。
ほんの数分後には俺たちの周囲から人の気配は一切消え失せ、周囲に残されたのは血塗られた景観と物言わなくなったまま転がる兵士たちの骸が幾つかだけ。
「ひー、ふー、みー……全部で十三名か。この僅かな一瞬で、よくもまあやってくれたな。俺の部下を手に掛けたツケ、貴様の命で償って貰う。……貴様、絶対に許さんぞ!」
怒りに心を焦がさんばかりに滾らせた俺は、半身になると両手を持ち上げてファイティングポーズを取る。全身の筋肉が緊張を帯びて、気合が体にみるみる充満していく。
今の俺は、部下を痛めつけられた怒りと戦いへの高揚感で満たされていた。
「さあ、かかってこい! すぐにボロ雑巾にして、ぶっ殺して――」
しかし、これ以上ないくらい高まった俺の闘志は、空を覆う厚い雲の切れ間から差し込んできた月明かりに照らされたその襲撃者の詳細を見て取った瞬間に、まるで強風に煽られた炎の如く揺らぎ消え掛かってしまう。
「そんな……そんなバカな! 何故だ? 何故お前がこんなことを……?」
俺の心が揺らいだ原因――それは襲撃者の顔が酷く見慣れた顔だったから。
その顔を、この俺が見間違うはずがない。何故なら彼こそ、俺がこの世界の人間の中で最も重用し、最も信を置いた男の姿に間違いなかったから。
「……どういうことだ? どういうことなんだ! 答えろ、ディッグ!」
俺に相対する襲撃者、それは間違いなく俺の腹心ディッグその者であった。
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