召喚
新作を書いてみました。
是非ご一読ください。
一体、どうしてこうなったのだろうか?
俺の一体、何がいけなかったというのか?
幾度も幾度も自問を繰り返してみるが、その答えは出ない。
でも、せめて答えくらいは欲しかったものだ。何せ俺は、これから殺されるのだから。
それも――許されざる罪を犯した大罪人として。
十字架に磔にされて身動きが取れなくなった俺は、降り注ぐ軽蔑の眼差しや嘲笑に侮辱の言葉といった他者からの悪意を一身に受けている。勿論、遮るモノなど何もない。
「それではこれより、大罪人・高階琉人の処刑を執り行う。我らが神シュミルよ、哀れなる罪人の魂に許しと祝福を……」
大袈裟で白々しい宣誓が終わると、遂にその時はやってきた。
身の丈を超えるほどの長槍を携えた兵士たちが五人ほど、急ぎ足で俺の周囲を取り囲む。
訓練の賜物だろう統率のとれた動きで槍を構えると、その穂先が俺へと向けられる。
これからこれに刺し貫かれるのだ。きっと今まで生きてきた中で感じたことの無いような強烈な痛みと苦しみが、これからこの体を襲うことだろう。
――ああ、本当に何でこうなってしまったのだろうか?
恐怖と絶望から自然と涙が浮かんで視界がぼやけていく中、走馬灯のように駆け巡る記憶を必死に手繰り寄せながら、俺はここに至るまでの出来事を整理してみることにした。
せめて俺が罪人として死ななければならなくなった理由が、どうかわかりますように。
神など信じていないし、もし仮にいたとしても神はさぞかし俺を嫌っていることだろう。それでも、今だけは神様に祈ろう。何せこれが最初で最後なのだ。それくらい許してくれ。
◇
昔からずっと不思議に思っていたことがある。
親からの愛情、温かい家庭、信じられる誰か――そういった周りの子どもたちが持っているモノを、何故俺は悉く持っていないのだろうと。
そして何故俺は、ここまで何も『持たざる者』として生まれてきたのだろう――と。
俺が高校へ進学したばかりの頃、両親は離婚した。
思えば中学二年生になったあたりから、仲良くしている両親の姿を見たことが無い。
目にするのは大抵、いがみ合って口論しているところか、互いを空気のように扱って無視し合っているところくらい。
そんな冷え切った関係でも離婚せずにいたのは、もしかしたら俺という子供がいたせいなのかも知れない。だが俺という鎹ごときでは、二人を繋ぎ留めきれなかった。
離婚協議の際、母親は親権放棄を宣言した。経済的に余裕はないし、何より父さんにも俺にもこれ以上関わりたくないからだそうだ。
こうして俺は父親に引き取られることになったのだが――父親は家に金を入れることはあっても、仕事と女遊びにばかり精を出して俺と向き合おうとはしなかった。一緒に住んでいる筈なのに、話すどころか顔すら見ない日が続く。それでも、そんな父親でも認められたかった。だから勉学に励んで、同時に家事全般を一手に引き受けたりもした。
家事と勉強を両立する生活は、覚悟はしていたがやはりきつい。一息つく時間を用意するのが限界で、遊ぶ時間なんて少しも取れない。部活なんて、夢のまた夢でしかなかった。
当然俺に友達なんてものは出来ず、必然的に家でも学校でも一人で過ごすことになったのだが、それでも俺はこの生活を止めようとは思わなかった。こんな状況でも俺の中の家族への想いは大きく、それ故にどうしても父親に俺のことを認めて欲しかったのだ。
でも、そんな生活にも慣れた高校二年生の夏――俺の想いを粉々に打ち砕く出来事が起こる。 生活費の入った通帳と簡単な書置きだけを残して、父親が帰って来なくなったのだ。
書置きによると、父親は新しくできた女と同棲するのだという。その女との間に子供が生まれたとも書いてあった。そして、お前なら一人で生きていけるだろう、とも。
父親は既に離婚しているので独身の身。新しく女を作っても何の問題も無い。それは分かっているのだが――どうやらその女との生活に、前妻との子供である俺の存在はただの邪魔でしかなかったらしい。父親は、自身の新しい人生のために俺を一方的に捨てたのだ。
それでも俺に何か起こると、一応は親権者である自分の保護責任が問われるとでも考えたのだろう。父親は、置いていった通帳に毎月定額振り込み続けることを約束すると書いていた。尤も、外聞が悪くなるからこのことは誰にも言うな、という酷く無責任で自分勝手な添え書きもされていたのだが。
要は金を払う上に社会的なリスクを背負ってでも、俺の親としての責任を果たさずにその女と共に生きることを望んだということだ。
昔読んだ本には、『親子の絆は何よりも強くて深い』と書かれていた。『子供を愛していない親などいない』という言葉を聞いたこともあった。だけど、それは間違いだと知った。
俺はこの日、そんな強くて深い絆でも簡単に切れることを、そして自分が親に愛されていないことを痛感させられた。――たった一人で残された家の中で。
親を失えば、寂しいのは当然。人との絆に飢えた俺は、それを友達で埋めようと考えた。
それからというもの、友達の作り方などまるで知らない俺の努力の日々が始まる。
最初は自分で情けなくなるくらい空回りしまくったものだが、それでも努力は実を結んでくれるものらしく、俺は高校生になって初めての友達を五人ほど得ることが出来た。
友達を得てから、今までが嘘のように世界が鮮やかに色付いて見えたのを覚えている。自分には友達がいる。見ていてくれる人がいる。認めてくれる人がいる。それだけで俺は十分幸せなのだと、心が満たされるのだと、そう思えた。
……でも、それはすぐに幻想だったと思い知らされることになる。
友達の俺への扱いが目に見えて雑になっていったのだ。彼らからの要求も、課題や授業のノートを見せろだの、金を貸せだの、奢れだの、果ては自分たちのしでかした不始末の泥を被れだのといった具合に、どんどん嫌な方向へエスカレートしていく。
それでも臆病な俺は、友情を失う恐怖に耐えかねてそれを可能な限り受け入れてしまった。何度彼らを救って、その結果どれだけ周囲からの自分の評価を下げたのかもう分らない。
それに俺が身を粉にして彼らを助けた所で、その逆なんてありはしない。俺が困って助けを乞うても、彼らは冷たい言葉で淡々と拒絶するだけ。いくら何でも、もう限界だった。
耐えかねた俺は、次第に彼らの理不尽な要求を拒否し始めた。すると彼らは露骨に不機嫌になり、それが幾度か続くと彼らは俺から離れていった。もうお前使えないからいいや、という捨て台詞と共に。あっさりとしたその様は、遊び飽きた玩具を捨てる子供のようだった。
所詮彼らにとって、俺は都合よく使える便利屋でしかなかったということだ。薄々気付いていても気付かないふりをしていたこの事実に、俺はとうとう向き合わざるを得なくなった。
親に続いて友人との絆まで失った俺だが、こうした経験から気が付いたことがある。
それは他人など何の役にも立たないのだということ。誰かに救いを求めようとしたのが、誰かに縋ろうとしたのが全ての間違いだった。結局最後に信じられるのは自分だけなのだ。
自分だけを信じて生きていくなら、俺は誰よりも賢くて誰よりも強くなければならない。
誰にも負けず、誰にも頼らず、誰にも媚びず、たった一人孤独に生きるためには――。
だから俺は、誰よりも厳しく、ただひたすらに自分を磨くことに決めた。
幸い人と関わらなければ、時間は幾らでも捻出できる。その有り余る時間全てを費やして、俺は勉学に励んで体力を付けるトレーニングにも勤しんだ。
その効果は少しずつ現れ、三年生に進級して数か月経過した頃にはひ弱だった身体つきも大分変った。そして二年生の頃は友達付き合いのせいで下降気味だった成績も、今ではすっかり持ち直して三年生の中間考査では学年でも四位という好成績にまで至ったのだ。
やはり、俺が信じられるのは俺以外あり得ない。俺の考えは、間違っていなかった。
この結果を受けて、俺はより一層自分だけを信じて自分を磨き続ける日々にのめり込んでいく。自分で言うのもなんだが、きっと他のどの生徒よりもストイックな学生生活を送っていたことだろう。その集大成として、あとは成績で一番をとるだけ。そう思っていた。
だが、ここでまた問題が起こる。俺のことを面白く思わない連中が、クラスや学年から出てき始めたのだ。そして彼らは、陰湿なイジメによって俺を虐げるようになっていった。
無視と陰口から始まり、試験におけるカンニング疑惑から暴力沙汰やストーカーにセクハラ事案などの根も葉もない噂を吹聴されたかと思えば、教科書や筆記具といった私物を壊されたり隠されたりもした。団体行動で除け者にされるなど、何度経験したか分からない。
こういった卑劣な行動も性質が悪いが……何より性質が悪かったのは、そういったイジメの首謀者が、爽やかなルックスが目を引く美男子だったりお調子者のムードメーカーだったりお金持ちの御曹司だったりといった理由でクラスでも人気な生徒――俗にいうクラス内カースト上位の生徒たちであったことだ。
彼らが俺を敵だと認識した以上、他の生徒は彼らに助力して俺に嫌がらせをしても、俺を助けることはしない。何せ彼らを敵に回せば、自分もクラスの中で孤立してしまうのだから。
ましてや、俺は不良のレッテルを貼られている身。そんなわざわざ助けても何の得も無い嫌われ者な俺を勇気を出して助ける奇特な生徒などいる筈がない。
教師は教師で、こんな露骨ないじめが起きていても俺を助けたりはしない。何せ加害者はクラス運営の中心にいる生徒たちで、一方の俺は成績こそそれなりでも人付き合いが致命的に下手な問題児。更には二年生の頃には――他人の泥を被っただけとはいえ――問題を起こしており、そして三年になってから吹聴された根も葉もない噂によって評価を更に落としている。
そうなれば、皆がどちらに肩入れした方が得なのか……そんなのは考えるまでもない。
かくして俺は、他の生徒からも教師からも助けを期待できない状態で、今度は卑劣なイジメに立ち向かうことを強いられてしまった。
考えてみれば、今までは精々無視くらいのもので実害は小さかった。ここまで悪意あるイジメに相対するのは、記憶の中では初めての経験。こういうケースを想定していなかった訳ではない。対応できるよう、自分を磨いた自信もあった。しかし、やはり精神的には辛い。相談できる相手もいないから全て一人で抱え込むしかないのだから、当然と言えば当然だ。
最初は必死に抵抗していたものの、そんな気力もみるみる削がれていき――いつしか俺は、更に誰かと関わることを意図的に避けて目も合わせられないようになっていった。
孤独には慣れている筈なのに、心がどんどん冷たくなって壊死していくような感覚がつき纏う。肉体と知力は鍛えられても、精神ばかりはどうしようもなかったという訳だ。
もうどんな方法でも構わない。とにかく、この状況から抜け出したい――俺は悔しいがイジメに屈して、いつからかそんなことばかりを考えるようになってしまった。
しかし、そんな俺の願いが通じたのか、今までよりも更に暗く味気ない学生生活に図らずも慣れ始めてしまったある日――それは何の前触れも無く起きた。
◇
時刻は午前八時半を少し過ぎた頃で、丁度朝のショートホームルームの時間帯。俺の所属する三年C組では、担任教師である花藤鏡花から連絡事項の伝達が行われていた。
彼女はまだ二十代後半の若手教員。穏やかな人柄とゆるくふんわりとした愛らしいルックス故に男女問わず生徒たちから高い人気を集めており、その人気ぶり故に学内にファンクラブなるものも存在するのだとか。
尤も、そんな彼女も俺は好きではない。いや、大嫌いと言っていい。
俺が被害に遭っていることを分かっていて何の対策も取ろうとはしないのだが、まあそれは別にいい。最初から、彼女に何か期待している訳ではないのだから。
でも、俺に向かって笑顔で「クラスの輪を乱さないように、皆と仲良くする努力をしてね」などという、神経を逆撫でするような言葉を皆の前で投げ掛けてきたのは許せない。
それに何より気に食わないのは、常に周囲の顔色を敏感に窺っている素振りを見せるところだ。俺が腹を立てたあの発言も、彼女がクラスの雰囲気を感じ取った結果でしかない。
つまるところ彼女は、皆が好きでいてくれる自分が大好きなのだ。他人がちやほやしてくれる自分でいたいのだ。だから多数派の生徒に擦り寄り、彼らにとって都合のいい事ばかりを言って、俺のような少数派の生徒を切り捨てるのだ。
生存戦略としては、正しいのだろう。ただその姿は、忌々しい過去の俺を思い出させる。親や友情に縋ろうとしていた、かつての俺を。だから俺は、彼女が気に食わない。
「――連絡事項は以上です。それでは皆さん、今日も一日頑張りましょう!」
嫌いな女の中身の無い話が延々と続くホームルームなど聞く気なれなくて、ぼんやりと窓の外を眺めていたのだが、どうやら漸くホームルームが終わったらしい。
一限の準備でもするかと思って引出しに手を突っ込んだその時、クラスの誰からともなく「えっ?」という困惑の声が上がった。
水面の波紋が如く、困惑の声はクラス中に広まっていく。見れば皆揃って、床の方を見ては口をポカンと開けて青褪めているではないか。流石にその様子が気になった俺も、皆に倣って視線を床に下してみる。するとそこには出現した驚くべきモノに、思わず声を失った。
教室の床全体に少しずつ、だが確実に広がっていく何かしらの模様。最終的には大きな円の中に見たことの無いような文字や記号が細かく刻まれている形に落ち着いたソレには、どこか見覚えがある。
一人でいる時間が長い俺は、暇つぶしのために様々な娯楽に手を出した。その中には当然、漫画やアニメも含まれる。そしてこれは、そんな作品の中で幾度か目にした模様によく似ている。そう、これはどこからどう見ても魔法陣である。
そして最初は微光だった魔法陣は、みるみるその輝きを増していく。あまりにも不可思議なその現象に混乱して恐怖を抱いた生徒の何人かは、扉や窓からの脱出を図る。しかし、どこも外から施錠されているかのように開かない。机や椅子で壊そうとしても無駄だった。
混乱と恐怖は更に伝播して増幅し、やがてクラス全体に悲鳴が轟き始めた頃、遂に魔法陣がクラスにいる全員が漏れなく目を開けていられなくほどの強烈な光を放ち始める。
そして漸く輝きが段々と治まっていき、恐る恐る目を開けてみれば――そこには先ほどまでいた筈の 見慣れた教室の風景とは全く違う光景が広がっていた。
石造りの壁に囲まれた窓の無いその部屋は、家具の類が見当たらないただ広いだけの空間といったところ。蠟燭の頼りない光にぼんやりと照らされ、足元には輝きこそ完全に失われているが教室で見たモノと全く同じ魔法陣が刻まれている。雰囲気から最初は地下牢か拷問部屋かとも思ったのだが、恐らくは何かしらの儀式を執り行うための空間なのだろう。
実際、俺たちは明らかに魔術や秘術の類に精通していそうな黒いローブで顔を隠した謎の一団によってぐるりと囲まれているときている。俺たちがこうして見覚えのない空間に突然飛ばされたことも、彼らがこの部屋で執り行った儀式の影響と考えれば、不自然は無いだろう。
尤も、儀式によって三十名以上の人間が一瞬にして見覚えのないこの場所に連れて来られたこと自体が不自然という指摘は、無しにして頂きたいが。
「貴方たちは一体何者? ここはどこ? 貴方たちが私たちに何かしたの? 答えて!」
花藤先生が険しい表情で一団に向けてそう吠えると、一人だけ金の装飾があしらわれたローブを纏った、恐らくこの一団の長と思しき者が俺たちの方へとスッと歩み寄ってくる。
そしてその者が顔を隠していたローブを外して素顔を見せると、俺たちの間にどよめきが生まれた。その人は、凡そ日本人とは思えないウェーブの掛かった金髪と碧眼を備えた、男女問わず思わず見惚れてしまうほどの優雅で気品ある美貌を備えていたのだ。
どこかの国の王女様と言われてもすぐに信じてしまえそうなほどオーラのあるその人は、俺た
ちに向かってニッコリと微笑むと優雅な所作でスカートの裾を摘まんで頭を下げる。
「よくお越しくださいました。神シュミルに選ばれし神の勇者の資格を持つ者たちよ」
俺を含めた宗久高校一年C組三十名と担任の花藤先生は皆揃って、彼女――クレア王女が実に流暢な日本語を口にした事実と放たれた言葉の意味、その両方にただ言葉を失った。
如何でしたでしょうか。
是非感想・コメントなど頂けると幸いです。