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夜更けの団居

 月明りが縮んだころ、コヂカは家に帰った。海風が当たるか当たらないかの場所にあるコヂカの家は10年ほど前に立て直したこともあって、まだ新しい。コヂカは地方の新興住宅街特有の整列された街並みを抜け、カーポートにある2台の車の間から戸口に入った。玄関は真っ暗で誰もいないが、リビングから暖かい光が漏れている。


「ただいま……」


 小さくそう呟いたコヂカの心は、まだ安堵に満たされてはいなかった。弟を失ったことを除けば、コヂカの家庭は何も不自由のない平凡な家庭である。母は地方役場の公務員、父は有名な観光地でガイドとして働き、安定した収入の元で、コヂカは一人っ子として大切に育てられてきた。父は別に嫌いなわけではなかったが、仕事の都合で朝が早いこともあり高校に入ってからはほとんど口をきいていない。対して母は思春期のコヂカを気にかけてくれてはいるが、どことなく自分の理想の娘をコヂカに求めてきているように感じていた。そしていつからかコヂカもそれに応えるように母の理想の娘を演じ、両親を満足させることで家庭内に居場所を作っていた。それが学校と同じく少しずつ重荷になり始めている。


「おかえり。遅かったわね、またカンナちゃんたち?」


 リビングから母の声がした。母のマナツの頭にはコヂカの交友関係が一通り納まっている。


「うん、そうだよ」


 コヂカはスニーカーを脱いでリビングを目指す。制服のポケットにはシーグラスがある。


「海の匂いがするわ」


 マナツは夕飯の揚げ出し豆腐をレンジで温めながら、暖色のダイニングでコヂカを見て言った。父はもう寝てしまったらしい。


「分かるんだ」


 コヂカは純粋に驚いて続けた。


「部活のあとね、カンナたちと貝殻集めをしてきた」

「いいじゃない。青春って感じね」

「そうでしょ」


 何となく浮かない気持ちとは裏腹にコヂカは得意気な顔をしてみせた。母にも父にも悩んでいる姿は見せたくない。学校ではしっかりと勉強に励み、カンナたちと楽しく過ごしているコヂカを二人の前では演じ続けなければならなかった。


「ご飯食べ終えたら、宿題するね」


 箸を手にとって揚げ出し豆腐の一切れを口に運ぶコヂカは、向かい合って座る母にそう言った。母は腕を重ねて満足げに微笑み、


「コヂカは何でも自分から動いてくれてほんと助かるわ。私たちの自慢の娘よ」


と目尻のしわを縮めた。コヂカはそれを見て、頬を緩ませた。愛想笑いにならないように。ドラマとかで可愛い娘役がするかのように。笑顔を作った。


☆☆☆


 ソフトコンタクトレンズを外して、お風呂に入って、髪を乾かした。コヂカの身ぐるみが一枚ずつ剥がされ、よそ向きではないコヂカが現れる。コヂカは自分の部屋の勉強机で、今日砂浜で拾ってきた臙脂色のシーグラスをぼんやりと眺めていた。これ以外の所謂、メルカリで売っているような、綺麗なシーグラスは全部カンナたちにあげてしまった。それらと比べても、やはり歪で汚くて、尖っているように思う。でもコヂカはこの形が大好きだし、ここでなら誰の目を気にせずにこの形を愛でることができる。いつまででも見ていたい。でも、


「……宿題やんなきゃだ」


と時間の流れがコヂカを我に返らせる。コヂカはお気に入りのシーグラスを勉強机の目立つ位置に飾って、リュックからノートと教科書を取り出した。将来のためにも、成績が下がることは許されない。



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