表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/53

二度目の記憶

 目覚めては眠ることを、数えきれないほど繰り返した心地の朝だった。コヂカはいつも通りのスマホのアラームで目覚め、寝ぼけ眼をこする。あれ、さっきまで、夜のバス停だったはず。曖昧な記憶に、コヂカは不思議な感覚を覚えた。机の上にはまだ、あのシーグラスがある。


「夢だったのかな……」


 疲れたように息を吐き、ベッドから起き上がって仕度をする。夢だったとしたら、どこからどこまでが、……夢? みんなの裏切り、生徒会選挙、いやもっと前から、クリヲネちゃん、シーグラスの少女。そうだ、そんなことあるはずがない。あれは夢だったんだ。コヂカは納得して、制服に着替えた。学校に行かなくちゃ。月曜日だ、生徒会の挨拶活動がある。


「夢じゃないの」


 その声は当たり前のように、コヂカの部屋にいた。えんじ色のシーグラスの少女、ヲネ。彼女はコヂカの目の前にいつの間にかいて、姿見の横で頬を膨らませている。


「クリヲネちゃん、これってどういうこと? 私たちさっきまで、夜のバス停にいたよね?」

「うん、いた。でもそれは遠いとーい世界での出来事。今この瞬間とは、何も関係ないの」

「それってどういう?」


 コヂカの言葉を遮って、ヲネは言った。


「すぐにわかるよ」

「えっ」


 会話が途切れると、外の廊下から足音が響いた。どんどん、どんどん。それは次第に騒がしくなっていく。両親はもう仕事に行ったし、隣の部屋は空室のはず。やがて足音は、ノックに変わりコヂカの部屋のドアを、勢いよく叩いた。


『姉ちゃん、起きてる?』


 その声は、コヂカがこれまでに一度も聞いたことのない、少年の声だった。ただ記憶の奥深く、生まれる前から持っている思い出に、自然と共鳴する心地よさを持ち合わせている。


『もう、遅刻するってば。入るよ』


 ドアが開いて彼に会う前に、コヂカは声の主の正体を知っていた。そして、何故か名前までも。


「カナタ……」


 記憶の中にない、弟の顔と名前が、なぜか彼を見た瞬間にコヂカの脳内に痛烈に刻み込まれる。海野カナタ。6歳下のコヂカの弟。生まれてこなかったはずの、コヂカの弟。家族思いで、働き者で、ちょっぴり怖がりな、コヂカの弟。


「なんだ、起きてるじゃん」


 カナタはコヂカを見るなり、めんどくさそうに眉をしかめた。起こしてに来てやったのに、と言いたげな顔である。白いパーカーに、黒のハーフパンツをはいて、傷ついたランドセルを肩にかけた、透き通るような青くて赤い肌の少年は、コジカの表情を見て、引いたように顔をまたしかめた。


「なんで姉ちゃん、泣いてるの?」

「あ、ごめんごめん。昨日コンタクト付けたまま寝ちゃって」

「なんだ。俺、先に下へ行ってるからね」

「あ、うん。すぐ行く」


 カナタはドアを閉めると、一階のリビングまで勢いよく階段を下りていった。ヲネの姿は、カナタにもどうやら見えていないらしい。得意気な顔をしてみせるヲネを横目に、コヂカは頬を拭った。


「コンタクト、付けなきゃだ」



☆☆☆



 再会と呼んでいいのかわからない。出会っていないのだから、再会とは言えないのかもしれない。それでもコヂカには、これまでの人生のどんな瞬間よりも、今が一番尊い時間だと思えた。

 リビングにあった3人だけの家族写真は、いつの間にか4人になっていた。カナタはまるでずっと昔からこの家にいたかのように、その痕跡はあちこちに溶け込んでいた。泥まみれのサッカーボール、何年か前の仮面ライダーのベルト、一回り小さいマジックテープのスニーカー、使い古した赤いランドセルの隣に、使い込み中の黒いランドセル。それらは男子しか持たないもので、この家には無縁の品々だった。そして、かつて骨壺が置かれていた和室には、カナタが幼稚園時代に描いた父の笑顔が、コヂカの描いた母の笑顔と対になるように置かれていた。


「まるでずっと、あの子と一緒に暮らしてきたみたい」


 コヂカが感動で独り言を漏らすと、隣で小さくヲネが言った。


「ずっと一緒に暮らしていたのよ、あなたたち二人は」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ