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春の雨

 そんな中でコヂカを救ったのが、マリだった。マリは隣の中学出身で、プールで色素が抜けた茶髪と小麦色に日焼けした肌が、快活な印象をコヂカに与えた。誰とでも仲良くなれるタイプのマリは、すぐにコヂカとも打ち解け、質問されるのが苦手なコヂカを質問攻めにした。


「部活は、もう決めた?」

「ううん、まだ。中学はバレー部だったけど、運動があまり得意じゃないから、文化系でなにか新しいことに挑戦してみようかな」

「いいじゃん。何か気になる部とかあるの?」

「写真部とか、中学まではなかったし、気になるかも」


 マリは出会った初日から、コヂカの全てを知り尽くしたそうだった。そんなマリに引かれないように懸命に答えを練りながらも、コヂカは不思議と彼女に対して嫌な気持ちがしなかった。マリはコヂカの答えを絶対に否定しない。「しそう」「っぽい」と考え方を型にあてはめない。どんなことを言っても、「面白い」で許してくれそうな気がする。何度か一緒にいるうちに、コヂカはマリの雰囲気が好きになった。気兼ねなく話せる、カンナと同じような暖かさをマリは持っている。それでいて、彼女は前向きで明るい。コヂカたちが集まると、話題はいつもマリの口から始まる。

 そんなマリと対照的な存在だったのが、シオンだ。シオンはカンナと同じダンス部で、カンナとは中学時代からの付き合いだった。コヂカも同じ中学だったので顔や名前は知ってはいたが、特に仲が良かったわけでもなく、廊下で会ったら挨拶をするかしないかくらいの関係だった。入学式でコヂカを見つけたシオンは、抑揚なく滑らかに唇を動かして


「あなたも一緒なんだ、これからよろしくね」


と言った。艶やかな黒髪に、二重瞼をぱちくりとさせている。


「あ、うん。こちらこそ」


コヂカはシオンを見て、緊張している自分がいることに気づいた。学年でも圧倒的に美人で、こんな子と友達になれたらと、コヂカはカンナやマリとは違った憧れをシオンに抱いていた。この頃はまだ、コヂカは彼女のことをよく知らなかったし、シオンもまたコヂカのことをよく知らなかった。お互いに、カンナの友達の友達。そんな程度の認識だった。

 そんな程度の認識でも、同じ学校に入って、同じクラスになれば、必然的に会話は増える。コヂカは、風鈴のような淑やかさと気高さを持つシオンのことを、もっと詳しく知りたくなった。マリにされたように、今度はコヂカがシオンを質問攻めにしてみたい。密かにそんな瞬間を、コヂカは待ち望んでいた。

そうして、その時は出し抜けに来た。5月の終わりの雨の昼休み。マリは珍しく風邪で欠席していて、コジカとカンナ、シオンの3人だけが机を寄せていた。湿り気が塩ビタイルに張り付き、おしゃべりがこだまする。


『1年2組の山県カンナさん、職員室で先生がお呼びです』


 3人ともお弁当を食べ終えたころ、校内放送でカンナが呼ばれた。突然の放送に教室はいったん静まり返る。


「え? なんだろ……」

「やらかした?」


 シオンはスマホから手を放して、少し笑いながらカンナに尋ねる。


「そんなことないと思うけど……。あっ、わかった、たぶん奨学金だ」


 思い当たることがあったのかカンナは目を開くと、慌てて引き出しから書類を抱え、


「ちょっと行ってくるね」


と急いで教室から出て行った。


「いってらっしゃーい」


 無気力そうなシオンの返事。続けてコヂカもカンナを見つめ、


「いってらっしゃい」


と呟いた。すっと静けさが広がって、さっきまで凪いでいた心が、波うちを始める。


「あはは、大分慌ててたね」


 コヂカが乾いたように笑うと、シオンは


「そうだね」


と小さく笑って、雨粒を見つめた。コヂカは一呼吸置いて、シオンに声をかける。


「部活はダンス部だっけ?」

「うん」


 頬杖をついたシオンは、大きな瞳をコヂカに向けて、続けた。


「海野さんは?」

「それがまだ、決めてなくて」

「え? 早く決めないと、入りづらくなっちゃうよ」

「……そうだよね。中学まではバレー部だったんだけど、あんまり運動するのが、得意じゃないから」

「そうなんだ。じゃあ文化部とか?」

「うん。そう思って、何個か体験入部に行ってみたんだけど、なかなかいいなあって思える部活が無くて」

「この学校、文化部少ないからね」

「ほんとだね、もっと増えればいいのに……」


 コヂカの言葉を最後に少し会話が途切れる。するとシオンは、付いていた肘を机の前で組みなおして、


「じゃあダンス部に来なよ。カンナもいるし」


と含み笑いをしながら、コヂカを誘った。


「えっ、でも」


 その笑いに嘲るような意味合いがあったことを、その時コヂカは察した。コヂカがシオンのことを知りたがっているのに対して、シオンはコヂカのことなど気にも留めていない。入れるものなら、入ってみなよ。そう言いたげだった。


「でも、リズム感がなくて、ダンス苦手で」

「そっかー。じゃあ無理かな、ここのダンス部、結構ガチだし」

「うん、遠慮しとく」


 冷や汗が一瞬、背中を伝った。


「早くいい部活、見つかるといいね」

「あ、うん」


 それからしばらくは、言葉が途切れたままだった。そうしているうちにカンナが戻ってきて、コヂカたちは、またいつもの関係に戻った。

 4人で仲良くするようになった今でも、シオンと二人だけで話すことはほとんどない。シオンの目はいつもカンナやマリの方を向いていて、コヂカは視界にさえに入っていないような気がする。美麗な彼女と凡庸なコヂカでは釣り合わないと思われている。



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