2-5
「わ、お花ってこんなに変わるんですね」
翌々日の火曜日。
私にとっては、一週間の仕事の始まり。
この時期の季節の移り変わりはとても早くて、いつの間にか店内で販売する花の種類も、夏とは一新している。ちょっとずつ入れ替えているから自分ではあまり気にも留めないが、久しぶりにやって来るお客さんにとっては違うようだ。
「いらっしゃいませ。あなたは確か……」
どこかで見たことのある女性客。
焦げ茶色の髪の毛。以前より伸びたのか、胸の辺りで自然にウェーブしている。媚び過ぎず、それでいてきちんと綺麗な外見をキープしている姿が、記憶に新しい。
「はい、6月にここでササユリを買った者です」
にこやかな表情で店員である私にそう言ってくれた。
「やっぱり、そうだったんですね。いつもありがとうございます」
やはり、同じお客さんが何度も店を訪れてくれるのは嬉しいものだ。それだけ、心に残るお花を提供できているということだから。
「いつもだなんて、そんな。会社の近くだから、久しぶりに寄ってみようかなって」
「お近くで働かれているんですね」
一緒だ。和樹も、『フラワーショップたかやま』から徒歩圏内の会社に勤めている。家の方向こそ逆であるため、普段は約束しない限り会わないが、その気になればいつでも会いに行ける距離なのだ。
「ええ。歩いて5分ぐらいなんです」
徒歩5分、と聞いて、私の胸がざわつき始める。まさか、この辺にオフィスなんて探せばいくらでもあるのだから、そんなはずは。
「失礼ですが、お勤めの会社は××株式会社でしょうか?」
考えるより先に、口が滑っていた。
お客様に対してそんな個人情報を聞くなんて、失礼極まりない。
「すみませんっ」と咄嗟に謝ったが、私の心配を他所に、お客の女性は「えっ」と目を丸くしていた。
「よくお分かりでしたね」
「え、ええ……て、本当にその会社なんですか?」
「はい。びっくりしました。ひょっとしてどなたかお知り合いでも働いていらっしゃるんですか?」
彼女は冗談でそう訊いたに違いない。
だって、そんな偶然があるなんて、誰も考えやしないじゃないか。
「実は、私の恋人が、そこで働いているんです」
自分の彼氏のことを他人に「恋人」だなんて言ったのは人生で初めてだった。「彼」でもなく、「彼氏」でもなく、
「恋人」。
「え、そうなんですか! それはすっごい偶然」
「はい。島村和樹っていいます。ご存知でしょうか」
同じ会社なんだから、知っていないことはないだろうが、考えてみれば彼の会社がどれほど従業員同士仲が良いのか、あまり聞いたことがなかった。
「島村!?」
唐突に、彼女は頓狂な声を出して大袈裟に驚いた。
やっぱり二人は知り合いなんだろうか。それは本当になんというか、偶然にしては出来過ぎている。
「ど、同期だわ」
「え?」
「だから、島村和樹、私の同僚なんです」
「まあ」
私も彼女も、衝撃という二文字では表せないぐらいの驚きようだった。
まさか、彼とこんなに身近にいる人がお客さんとして何度かうちに来てくれていただなんて。
考えてみれば、職場の近くということもあり、全然ありえない話ではなかった。ただ、私はこれまで人より狭い人間関係の中で生きてきたため、自分の知り合いと海外でばったり出くわしたとか、初対面なのに実は共通の知り合いがいたとか、そういった世間の狭さを感じたことがなかったのだ。
「ねえ、店員さん、何歳?」
「え、私ですか? 私は、27歳です」
「じゃあ、一つ年下ですね。私は28なんです。確か、島村もそうですよね」
「え、ええ」
「だったら、歳も近いし、友達になりません? 今は店員と客だけど、私にはそんな堅苦しい感じで話さなくて良いので!」
段々と打ち解けてきたのか、私よりも一歳年上だという彼女は、嬉しそうに笑って私にそう提案してきた。
「良いんですか?」
「もちろん。店員さん綺麗だし。島村がこーんな清楚系な女の子と付き合ってるだなんて、知りもしなかった」
「そんな……でも、ありがとうございます」
女の人から、綺麗だとか清楚だとか、ほとんど言われたことのない私は、和樹の同僚だという彼女の言葉が、とても嬉しかった。
「私、笹塚由梨。よろしくね」
「由梨さん。名前も“ユリ”なんですね」
「ははっ。実はそうなの。だからこの間も、ユリの花を買っちゃって」
「お似合いです。とっても」
「ありがとう」
花のように笑う由梨が、いつかここでユリの花を買って行った時より何百倍も美しく見える。
「私は、高山伊織と申します。ここの店長で、和樹とは付き合って一年と3ヶ月に、なるんですけれど」
思わずその先を口走ってしまいそうで、私は咄嗟に唇を閉じた。今自己紹介をしたばかりの人に話すことでもない。
だが、「どうしたの? 和樹と何かあったの?」と訊く由梨の姿を見て、心が叫んでしまっていた。
「由梨さん、私を助けてくださいっ」