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アラサーだって、翼  作者: 橘皐月
第二話 ギャンブル道化師
7/31

2-3

「映画、本当に面白かった」

あれから3ヶ月後に私たちは交際を始めて、今日は二人で映画を見に来たのだ。

大人向けのビターテイストな洋画。洋画らしいコミカルな場面と壮大な音楽、主人公の人生の物語に心を揺さぶられる。そんなお話。

「伊織に勧められて来た甲斐があったよ」

二人の休みが被るのは日曜日しかないため、私たちは週に一度デートをするのが日課になった。

このペースでデートをするのが多いか少ないかは別にして、私はとても幸せだった。

なぜなら私は、この歳まで男性と交際をしたことがほとんどなかったからだ。

彼——島村和樹は、『フラワーショップたかやま』から徒歩5分圏内にある医療機器メーカーに勤めていた。管理職で、普段はほとんど内勤が多く、その点お昼もゆっくりと職場近くの飲食店に行けるらしい。

初めて会った時から思っていたことだが、彼はとてもおっとりとした性格をしている。自分自身、内向的で派手な見た目や性格の人が苦手なため、彼とは最初から波長が合った。

一緒にいて、頑張って相手の調子に合わせるのではなかなか気が休まらないが、和樹となら、ずっと一緒にいても全然疲れない。


そして何より彼は優しかった。


「これからどうする?」

見たかった映画が終わると、時刻は午後6時を回っていた。

「夜ご飯にしようか」

「ええ。私、ちょっと調べてみる」

映画館のある駅前のショッピングセンター周辺には、飲食店を探して止まない若者たちが大勢いる。

私たちも多分に漏れず、そんな夕暮れ時の道を歩いてお店を探した。


ポツ。


マップのアプリを開いたスマートフォンの画面に、水滴がぶつかる。


「あら、雨」


ポツ、ポツ、ポツ


と、続けざまに雨は降り始める。


「急ごう」


雨脚が強くならないうちに、周辺のご飯屋さんに入ろう。

そう思って早歩きを始めたとき。


「わっ」


急に、ザアッと激しい雨に変わった。


「あっち、走ろう!」


和樹が私の右手を引っ張って、高架下までぐんぐん走る。


「あ、ちょっと待って」


まるで子供みたいに、彼の足の速さについていけない私が、もつれる足を頑張って早送りさせる。

「もう少し、あの橋の下まで!」

和樹が前方50メートル先を指差して言う。

大きな高架橋は、この激しい雨の中でも自分たちを守ってくれそうだった。

私は彼に手を引かれながら必死に足を動かした。

「はあっ」

肩でゼエゼエと息をしなければ、身体中の酸素が尽きてしまいそうだった。

そうして本当にあと少し。

あと5メートルも行けば高架下に辿り着くといった時だった。

「……っ」

ぐいっと。

彼と繋れた右手にブレーキがかかり、腕に痺れるような痛みが走ったとき、私は前を走っているはずの彼よりも一歩前にいた。

「和樹くん?」

突然その場で固まってしまった彼の、一点に注がれた視線の先を、私は必死に目で追いかけた。


パ チ ン コ


彼の視線の先にあったその文字が、悪天候で薄暗い中、目が眩むほどのネオン光を放っている。


実際、目が眩んだのだ。


彼の——島村和樹の目が、その瞬間、この数ヶ月の間に見てきたどんな彼の瞳よりも、生きて見えた。

彼はその時、確実に“活きて”いたのだ。


私が知る、どの「島村和樹」よりもずっと。





思えばその時から、彼は遠くに行ってしまったのだと思う。


私たちの交際は、側から見れば最高に穏やかで、マイペース。

久しぶりに、私の数少ない友人とご飯に行った際に自分たちの話をすると、「えっ」と驚かれたこともある。

「伊織たちって、どれぐらい会ってるの?」

「うーん、前は週に一回だったけど、最近は2週に一回とか、1ヶ月に一回かなぁ」

「まあ、それは丁度良いよね」

彼女は私は高校生の時に一番仲の良かった、姫野さくらだ。

私よりはいくぶんか社交的で、それでいて落ち着いていて優しい。

静かな場所で二人でおしゃべりするのが楽しい——そんな、一緒にいて心地よい友人だった。

「私も、今が丁度良いな」

「そうよね。無理せず気負わずが一番。それで、二人で会う時は何してるの? お出かけ?」

「うん。お出かけすることも多いけど……でも最近は、特に何もしないの」

「えっ? 何もしないってなに? おしゃべり?」

「ううん。本当に何もしない。ただ黙って家でご飯食べたり本読んだり漫画読んだり。それと、ぼーっと」

「ぼーっと……? 何だそれ、どんだけ平和なの」

さくらの驚きはもっともだ。

しかし私たちは本当に、二人でいるときにちょっとした話すらしないことがよくあった。

それが良いか悪いかと聞かれると微妙だ。正直私はもう少し楽しくおしゃべりしたり、ロマンチックなデートスポットに出かけてみたりしたい。

けれど、和樹は違うのだ。

よっぽど私がはっきりと要望を口にしない限り、多分そういう恋人らしいことをしようとはしない。


いや、正確には、恋人らしいことをしなくなったのだ。


「伊織は、それでいいの?」

「え、うん」

「本当に? 私と遊んでたときは、よく二人で遊びに行ってたじゃない。夏祭りも旅行も、二人で」

さくらは、私との高校時代の思い出と、今の私と彼の現状とのギャップに、ついていけないようだ。

「ほら、私っていつも、さくらとしか遊ばなかったじゃない。もともと、元気に色んな遊びに手を出すの、苦手だったのかも。今の、彼との付き合い方に満足してるの」

言いながら、本当に? と自分の声が心の奥で反芻した。

けれど、親友のさくらは、それを打ち消すほどの激しさを持ち合わせていない。

「伊織がいいならそれでいいのよ。お節介なこと言ってごめんね」

ほら。やっぱりさくらは優しい。

「ううん。こっちこそ、変な話になってごめんね。さくらとなら、また夏祭り行きたいな」

「それはもっちろん!」

ふふっと、二人で顔を見合わせて笑う。

さくらには、あまり彼の話はしないようにしよう———そう心に誓った。


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