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アラサーだって、翼  作者: 橘皐月
第二話 ギャンブル道化師
5/31

2-1

子ども時代の私は、いつだって自分の世界に閉じこもって生きていた。

雨が降れば教室で本を読むことに精を出し、雨が降らなくても昼休みは外に出ずに教室で本を読むか絵を描くかして過ごす。


つまり、周りの子からすれば、どうしようもないくらい地味で控えめな子どもだったのだ。


「皆さん、今日から新しい学年で一年が始まりますね。今から皆さんにプリントを配ります。そこに自己紹介を書いてください」

小学四年生になったばかりの春。

新しく担任になった女性の米倉先生が、列ごとに自己紹介プリントを配った。

私はちょうど真ん中の列の、一番後ろの席に座っていた。出席番号順の並びではいつも後ろの方になることが多い。

「はい」

前の席に座っている園田さんが、半分だけ振り返って私にプリントを渡してくれた。

「ありがとう」

新学期といえば、大事なのは友達づくり。

同じ学校に4年も通っていればさすがに最初から顔見知りだったり友達だったりする子も多い。しかし、一学年5クラスもある私の学校では、同じクラスにならない限り、名前すら知らないという子も稀にいた。

だから、4月のこの時期の教室は、どことなくそわそわとした空気感が漂っていて、皆いつ隣の子に話しかけようか、前後の子と言葉を交わそうかとタイミングを図っているのがよく分かった。

「じゃあ皆さんにプリントが行き渡ったようですので、今からその紙に自己紹介を書いてくださいね」

自己紹介プリントには、あらかじめどんなことを書けば良いのかという項目がいくつか書かれていた。

「氏名」「誕生日」「好きなこと」「習い事」「好きな食べ物・嫌いな食べ物」「尊敬する人」等。

ほとんどの項目は、すぐに埋めることができた。

だいたい毎年このような自己紹介を書くことがあるからだ。

しかし、最後の項目を目にした時、私は途端に手を止めてしまう。


「将来の夢」


「しょうらいのゆめ……」


私はこっそりと顔を上げ、周囲を見回した。

皆ほとんどが自己紹介プリントと、一生懸命にらめっこして言葉を埋めている。

時折何を書くべきか悩んで前後の友達にちょっかいをかける人もいた。

しかしその誰もが、最終的には最後の項目までしっかりと書ききって、暇を持て余し始める。

そんな中、私は一向に最後の枠を埋められない。


将来の夢。


「うーん……」


心の中で悩んだ挙句、私はゆっくりと鉛筆を動かして、心許ない字で「それ」を書き込む。


「げ、高山の将来の夢って、“お花屋さん”? 子どもじゃん!」


不意打ちだった。


目の前の空白を埋めることに必死で、左隣の席にいた渡辺君が、私の自己紹介プリントを覗き込んでいることに気がつかなかった。

「なっ……」

渡辺君の声につられて、周囲にいた山本君や園田さん、平山さんらが一斉に私の方を振り向いた。

「だっさー」と分かりやすく嫌な反応をしてくる男子とは違い、女子たちは一瞬だけ私の自己紹介プリントを見た後、くすくすと笑ったり、逆に何も言わずに「ふーん」と冷ややかな視線を向けてきたりした。

それが一層悔しい。

「やめて」とも「見ないで」とも主張することのできない私は、ただただ恥ずかしくて顔を伏せてじっと動けなくなる。

そのうち自分の頰から耳までが熱くなってゆくのを感じた。

「後ろの方の席の人! 黙って書きなさい」

私への冷たい視線や嘲笑は、そんな先生の一喝が入ると引き潮のようにサーっと引いて、いずれ何も聞こえなくなった。




あれから15年以上の時間が流れ、27歳になった私は、自ら開業した花屋で働いている。

6月の雨は、どうしてこうも図太いのだろう。

この日も、ずっと雨が降っていた。

教室で窓ガラスに張り付く雨を時々ちらりと見やりながら本を読む。

そんな小中学校時代の自分と同じように、「フラワーショップたかやま」の店内からしとしとと振り続ける雨を、ぼんやり眺めていたのだ。

お客さんが現れたのは、ちょうどそのとき。


「これ、何の花ですか?」


店先で白地に金色のドット柄の傘を差した女性が、とある花を指差してそう訊いてきた。


「ああ、それは、ササユリです」


女性は、おそらく自分と同じくらいの年齢だろう。

焦げ茶色の髪の毛が、肩より少し長いところで自然に外ハネしている。

仕事帰りなのか、清潔感のあるブラウスにパンツスタイルで、いかにもキャリアウーマンという印象を受けた。それでいて、たとえば肉食女子と呼ばれるような派手な雰囲気がない。落ち着いていて、でも社会で必要とされる社交性を十分に備えていそう——そう、私とちがって。

一眼見ただけで、その人の人となりをあることないこと推測してしまうのは、私の悪い癖だ。

「ササユリって、買っていく人多いんですか?」

「うーん、そうですねぇ。ぼちぼち……というところでしょうか。やっぱり、バラとかガーベラみたいな華やかな花の方が、贈り物としてよく売れるので」

言ったあとで、これは言わない方が良かったかな、と少しだけ後悔。花屋店員なのに、お客さんが興味を持ってくれたお花の悪いところを言ってどうする。

「あ、でも、ササユリはとても希少なお花なんですよ。発芽してから開花するまでに5年以上はかかると言われています。だから、ご自分で栽培するのは難しいかと」

慌ててササユリの「希少性」について語ろうと思ったが、これまた最終的にマイナスポイントを推してしまい、失敗。


ああ、私はなんて、商売下手なんだろう……。


目の前で指先を顎に当ててササユリを買うか買うまいか考えているお客さんを、そっと見つめる。

さっきの言葉じゃ、絶対買ってくれないだろうなぁと落胆したそのとき。

「分かりました。ササユリを一輪、ください」

意外なことに、彼女はササユリを買ってくれるという。

びっくりして思わず「えっ」と声を上げそうになったが、そんな失礼な態度はよろしくない。

代わりに、ありがとうの気持ちを最大限込めて笑ってみせた。

「かしこまりました。ありがとうございます」


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