4-5
それ以降、おかしな彼はちょくちょく私の前に姿を現した。
彼が暴力的になるのは、決まって私が約束を破ったとき。それが故意であろうがそうでなかろうが関係がなかった。
そして厄介なことに、単に彼の機嫌が悪いときにも、その兆候は現れる。
「今日は本当にむしゃくしゃするんだ!」
すごく理不尽極まりないことこの上ないのだが、ばちんと頬を殴られることもあった。暴力を振るったあとは、人が変わったように「ごめんね」を繰り返す。
私が想像していた「DV」そのもの。
人はどうして、DV男になんかはまってしまうんだろう。逃げちゃえばいいのに、と他人事の時はそう思わずにいられなかった。
でも、当事者になった今では分かる。
逃げるとか逃げないとか、そういう考え自体、私の中に生まれることがない。
だって、どんなに暴力をされても、暴言を吐かれても、「ごめんね」と背中をさすってキスをしてくれる彼のことがどうしても好きなのだ。
この気持ちに、誰が否定できるというのだろう?
こうして一年。
私は彼の元を離れられないまま、32歳の誕生日を迎えた。
「さくらちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
誕生日がたまたま土日だったため、ホテルを予約して豪勢な食事を食べさせてくれる彼。側から見れば何の不満もないはずなのに、私の心はこの一年でどす黒く沈んでいた。
ブランドものを腕時計をプレゼントしてくれた彼の前で、時計をつけるために左腕の袖をめくる。目に飛び込んでくる紫色のあざ。彼だってそのあざを知っているはずなのに、ニコニコと微笑んだまま、早くつけてと言わんばかりに私を見つめるだけ。
「いいね。めちゃくちゃ似合ってる」
「素敵な時計ね。本当にありがとう」
自分の口から漏れる言葉が、本心なのか反射的に出たものなのか、分からない。でも、プレゼントをもらって嬉しいという気持ちは間違いがなくて、そんな素敵なものをくれる彼を愛しいと思っていることも事実なのだ。
私、いますごく幸せだ。
と今は思っている。
でもこの後、ホテルの部屋に戻れば、きっとまた彼は私をぶつ。何か悪いことをしたわけではなく、ただそうしたいから叩く。叩かれる私は、目を瞑って彼の欲求が収まるのを待つだけ。
痛いのも怖いのも嫌だったけれど、そうやって耐えたあとに、“絶頂の瞬間”が訪れる。
彼が、「ごめんね」と言って私を強く抱きしめるのだ。
その瞬間、私は完全に彼に愛されていると感じる。
痛くて苦しかったことが、「正解」だったのだと思わせてくれる。
だから、逃げ出せないのだ。
死にたいと思いながらも、あなたから。




