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アラサーだって、翼  作者: 橘皐月
第一話 束縛男と私のユリ
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1-2

「束縛……ね」

昨日家に帰ってから花瓶に挿しておいたササユリが、目に入る。

窓辺に置いたそれは、一輪だけだとなんだか頼りなくて少し淋しい。

花屋の店員さんも言っていたけれど、ササユリは栽培するのが難しいだけでなく、花を咲かせてから10日程しかもたないらしい。

「大変ねぇ……」

花を咲かせるまでに何年もかかるのに、寿命すら短いだなんて。

「自由に、生きられないのね」

土の中で長い間ひっそりと生きを潜めて生きている。

大丈夫、いつか外に出られるから。

そう信じて芽を出してから、さらに数年待つ。

ゆっくりと成長し、葉をつけ、ようやく花を咲かせる。

花が開いてようやく外の世界がどんなに広いか知れるのに。


やっと自由になったと思ったら、すぐに死んでしまうのだ。


そんなササユリのことを、私は不憫で仕方がないと思う。

自由になれたらいいのに、とも。


「由梨ー? いる?」

コンコンコン、とドアを三回ノックする音が聞こえて、私ははっと後ろを振り返る。

「なあ、鍵閉めてんの? 俺が家にいる間はしめちゃだめだって言ったよね?」

ガチャガチャガチャと、何度ものドアノブを動かす音が嫌にうるさく聞こえる。

「ごめん、今開けるから、ガチャガチャするのやめて」

呆れ声で部屋の扉の鍵を開けると、弘志の顔が間近に現れて、私は思わずひゃっと小さく悲鳴を上げた。

「もう、由梨ってば、何回言っても聞かないんだから」

彼のため息が、私の気持ちを一層重くする。


私は自分が、ササユリみたいだと思う。

思えば昔付き合っていた男も、私を常に自分の近くに置いておきたいと思うような人だった。


大学時代、当時付き合っていた彼氏は、私の予定を逐一把握していないと気が済まない男だった。新学期が始まると、すかさず私の講義のスケジュールを聞いた。授業と授業の間の空きコマには絶対にお呼び出しがかかる。会いに行ったところでたいしたこともせずにただ空き教室で駄弁るだけだ。


ひどい時は、よほど私を縛り付けておきたかったのか、私が講義のある時間に、「授業には出ないで。俺が出席とっておくから」と私を講義に出させてさえくれないこともあった。

その彼とは社会人になって二年目のときに破局し、その後ずっと恋人ができない状態が続いた。


そうしてようやく再び恋人ができたのが、ちょうど一年前。

今付き合っている加藤弘志だ。

あまりに長い間恋人ができなかったため、もう恋なんて一生できないかもしれないと諦めかけていた時期でもあった。世間的には20代半ばなんて、まだまだいくらでも恋愛のチャンスがあると思われる年齢だが、日々の仕事に追われているうちに、新しい恋に向き合う暇がなかったのだ。

しかしどういうわけか一年前、弘志に出会ってから、私はすぐに彼に恋をしてしまった。

その日は確か、昼間の仕事で大失敗をしてずいぶんと落ち込んでいた日だ。

商品の発注ミスだなんてあまりに初歩的な失敗をし、面目は丸つぶれ、後輩の顔なんてとても見られたもんじゃない。

そんな日に、私は同じ部署の女性の先輩に飲みに誘われたのだ。

笹塚(ささづか)、今晩付き合ってよ」

あんなことがあったから、きっと先輩が私のことを気遣って声をかけてくれたのだと思った。普段はあまり夜飲みに行くような人間でもない私だったが、先輩からの誘いに「はい」と二つ返事で了承した。


先輩の重森菜奈(しげもりなな)が連れて行ってくれたのは、会社からひと駅のとあるBarだった。

価格帯は特に高くも安くもない店で、こういう店に慣れていない自分でも入りやすい。

「今日は飲んで気分転換しようね」

仕事中は鬼のように一心不乱に業務に集中している先輩だが、店に入ると私の肩をぽんぽん叩き、慰めてくれた。

しかしその割には私が一杯飲む間に三杯ぐらい飲み干し、さらに私が三杯目を飲み終えた時、先輩はすでに六杯の酒を飲んでいた。

「まーったく、やってらんねー!」

気がつくと先輩は仕事で失敗して凹んでいた私以上に“気分転換”しまくっている。

「お姉さん、飲むねえ」

どこからともなくやって来た二人組のうち、背が高くて銀色のネックレスをした方のお兄さんが、先輩に話しかけていた。

「わたしゃねぇ、好きでこんな歳まで正社員やってんじゃないのっっ」

そう言う先輩は、今年で34歳の独身。

彼女もまた友人の前田茜と同じく、バリバリと仕事をこなすキャリアウーマンだが、一つだけ、茜と違うところがある。

それは、天よりも高い結婚願望を持っているということ。

本人曰く、結婚したら即刻会社を辞めるそうだ。もっとも、その決意を聞いてからはや5年が経過しているが。

だからこの時も、見るからにチャラそうなネックレスのお兄さんが、

「お姉さん、あっちで二人で飲もうよ」

と誘って来るやいなや、瞬時に「行きます! 飲みます!」とその場からお兄さんと一緒に消えてしまった。

二人の様子を側から見ていて、あまりの素早さにポカンと口を開けて呆然としていたところ、ネックレスのお兄さんと一緒にいたもう一人の男性が、こう言った。

「行っちゃいましたね、あの二人」

重森先輩とネックレス男の寸劇に目を奪われていた私は、話しかけられるまで彼の存在に気がつかなかった。

「あ、え? ああ、そうですね」

彼は、ネックレス男とは対照的に、ごく一般的なスーツを着たごく普通の男性だった。歳は私と同じくらいだろうか。まったくなぜ、この男が先ほどのネックレス野郎と一緒にいたのか分からないというほど、地味でどこにでもいそうな男なのだ。

「……突然話しかけてすみません。僕は、加藤弘志といいます」

「い、いえ。私は笹塚由梨です」

「由梨、さん。良い名前ですね。よろしくお願いします」

ニッコリと。

微笑む彼は、とても誠実そうで優しくて。

気がつくと私は彼、加藤弘志との会話を心から楽しんでいた。


そんな彼とはその日を境に頻繁に遊びに行くようになり、私たちはごく自然な流れで恋人同士になった。


そうして知ったのだ。

彼は——加藤弘志は、好きな人を、どうしようもなく束縛しておきたい男なのだと。


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