ピクシプ男子となろう女子 下
「ちょっとレオいる?」
俺が昼飯のクリームパンに齧りついたところで苛立ったような女の声が聞こえた。
1年P組の入り口には珍しい客が突っ立っていた。1年N組「なろう教室」の女子――俺の幼馴染だ。
殺気だったその様子に俺は口の端についたクリームをペロリと舐めて席を立つ。
「レオー、客」
派手なピンク頭のP組女子に手を振って、幼馴染と教室を出る。
幼馴染の手には古びたスケッチブック――やっぱ持ってきたのか。
「これなんなのよ!」
眦を釣り上げた少女の三つ編みを引っ張って美術室に連れてくる。
昼休みの美術室には誰もいなかった。俺はほっと胸をなでおろす。
アレをあの教室で広げる勇気は俺にもない。
「ちょっと、痛い。あ、ほどけたし」
きっちり編み込まれた髪は引っ張られて大きく膨らんでいた。ジト目で直そうと触って全部ほどけた彼女はムカっときているに違いない。
だが許して欲しい。俺も昨日はムカッとしたんだから。
「全部見たのか?」
彼女に確認すると頭を横に振った。多分、数ページ見てスケッチブックを抱えて家を出てきたのだろう。
「じゃあ、一緒に見るか」
俺は美術室の床にケツを降ろし、壁に背を寄せる。彼女も鼻息荒く隣に座った。セーラー服のスカートが揺れ俺の心もちょっと振動する。マジかよ、昼間の美術室には誰もいねーじゃん。
「なによーコレ。何が言いたいのよ」
俺の動揺を100%知らない幼馴染はスケッチブックを動作の割に優しく置く。創作に関わる人間は大抵どんなもんであれ創作物は丁寧に扱うもんだ。俺は感動を胸に秘めて素知らぬ顔して手を伸ばす。
そして床に置いたスケッチブックの最初のページを開いてみる。そこには人間が描かれていた。
「なにこれ、マッチ棒人間?」
「だね」
俺は頷きページをなぞる。そこには丸が描かれその下には一本線で描いた人間擬きがいた。その人間擬きはたくさんいて画用紙中に……そうだな、50人くらい描いてあった。筋肉どころか髪の毛一本もないこの造形。これを人間として認知が出来る人類とは魔訶不思議である。
「なによコレ、子供のスケッチじゃない」
「あー、それ。俺が幼稚園から使ってたスケッチブックだから」
だから最初のページは多分……5歳くらいの時に描いたもんだ。懐かしい。
たしか幼稚園の先生とクレヨンで描いた絵が忘れられず親にねだって買ってもらった物だ。
「え? あんたのなの。本当に?」
「本気本気。いや懐かしいし、気持ち悪いね。コレ」
俺は5ページくらいをパラパラとめくっていく。何がそんなに楽しかったのか。全部マッチ棒人間で埋め尽くされていた。
「へえ~、なんか以外。あんた最初から上手いと思ってたのに」
「あれ? お前、俺が下手だった時期も知ってるじゃん?」
「知ってるけど。……でも、他の子よりもいつも上手かったから」
だが、このマッチ棒は別に同年齢に比べて別に上手くはない。むしろ下手だ。マッチ棒人間コンテストがあっても優勝できないだろう。各種コンテスト荒らしと化した今の俺とはえらい違いだ。
「あ、ここからマッチ棒じゃない。何これ、玉ねぎ人間?」
「……俺のご両親です」
黄色のクレヨンで描かれた玉ねぎ、もとい俺の両親。マッチ棒からの脱却だ。一応、髪の毛もご本人よりも増量で描かれている。
その次も七色の巨大芋虫だったり、馬なのか鹿なのか分からん生き物の絵だったりお世辞にも褒められないものだ。自分の可愛い子どもが描いたからこそ意味のあるもん、くらいの価値しかない。
二人無言でパラパラめくっていく。同じクレヨンの作品が続きスケッチブック中程でガラッと作風が変わった。絵の具の登場。年代が変わったのだ。幼稚園から一気に小学校高学年にまで飛んだ。
「あ、やっぱり上手」
「そうか? これとか校舎、震度1で倒れそうなほど歪んでるけど」
「うん。でもほら、色使いがいいじゃない」
彼女はそう言って描かれた空を指す。淡い水色の空――彼女はそういうが別段色も雲の形も良くはない。褒める所がないからか、または先程までの絵よりは1段階進化してるからか……。
そう言えば、初めて彼女が俺の水彩画を見たときも同じ誉め言葉だった気がする。幼稚園で一度飽きたはずのスケッチブックが急に復活したのは、そういう些細な誉め言葉だったりな。
「あれ、ずっと水彩画ばっかり。これで終わり?」
スケッチブックの最後には、またしても上手くもなんともない普通の花壇が描かれていた。最後の白紙のページまで来て二人の手が止まった。彼女は拍子抜けした顔をしている。結構厚みのあるスケッチブックの中身すべてがつまらない幼い絵でしかなかったからだ。
「これまだ一冊目だしな。俺の部屋には同じスケッチブックが100冊はある」
驚いた表情の彼女。だが、考えてみて欲しい。100冊×24ページとして2400枚。1日1枚しか描かなくても7年間で使い果たす冊数だ。加えて俺は、馬鹿みたいにノートやらチラシ裏にも絵を描いてた。
今では得意な美少女からリアルなマッチョまで幅広く描くことが出来る。もちろんまだまだではあるし、苦手分野も多い。特に興味がないからか女受けするイケメンは実は苦手だ。
「つまり俺が言いたいのは、お前甘っちょろいんだよ」
「…………」
悔しそうに唇をかむ少女の旋毛を見る。
ああ、アホ毛発見。触ったらビビビッときてくれないだろうか?
「お前、小説書き始めて何年目よ?」
「…………まだ、二か月目よ」
はあー、と溜息をつき俺は壁によっかかる。そんなんで辞めようとか一体全体なんなんだよ。
「なんで辞めんの?」
「だって、PVが……。ブックマークが貰えないから……」
「お前そんなもんのために頑張ってんの?」
「…………」
「俺は今まで誰にも見せずに100冊描いたし……多分俺、誰にも見られなくてもあと100冊また描くよ」
確かに今の俺の絵が皆褒めてくれているのは分かってるし、マジで本当に嬉しい。嬉しすぎてやってて良かったと思うこともしょっちゅうある。
だけれども、俺は……俺が一番嬉しいのはやっぱり絵を描いているとき。そして仕上がった絵が思い通りに描けたときだ。このために没頭する時間は別に苦でも何でもないのだ。しかもこの満足感は、誰に与えてもらった物でもない。自分だけが感じれるもんだ。
「お前の小説はまだ――いわばマッチ棒人間じゃん。一年たってもこの下手な水彩画くらい。焦んなよ。続けてやってりゃ、マジでやっぱ上手くなるって」
「…………」
俯いた少女はおもむろに胸を揉む。えっ、ここで? 感激のあまり、ついにそうなる時が来たのかとうろたえる俺を全く意識してない少女は胸を揉み終える。えっ、もう終わり? と思った瞬間手にはシャーペンが握られていた。なんだ、ただ単に胸ポケットの奥にあったシャーペンを取ろうとしただけらしい。
「私も描く。――ここに描いてもいい?」
彼女は最後の見開きの空白ページを指す。どうやら絵を描いてみたくなったらしい。俺はいーよと軽く言いながら内心ドキドキしていた。しばらくシャーペンのシャッシャッという音だけが聞こえる。
30分くらいたっただろうか? 予鈴がなる5分前だ。
「…………できた」
満足そうに汚れた手で顔を拭った彼女の手元には漫画調の少年の絵が描かれていた。体は難しかったのだろう、顔だけだ。もちろん上手くはない。だがすごく下手なわけでもない。初めて描くには上出来な代物だ。
「あんたのキャラ絵に似せたんだけど、どう?」
「はじめてなら上出来じゃん。俺のマッチ棒より断然上手いよ。俺が教えるからピクシプ科来る?」
冗談めかして頷き褒めてやると、くすぐったそうに彼女は微笑む。さっと立ち上がった可愛い膝小僧が言う。
「なあんか、書きたくなってきたかも。――小説ね。私もう教室に戻るわ。じゃあね」
とあっさりスカート翻して美術室から出て行った。残された俺はその場に片膝立てて座ったままだ。頭を膝にくっつけて俺は呟く。
「バァ~カ。……最後まで見ろよ、クソ女め」
俺は彼女が描いたページをめくった。空白だったページの裏、そこにはシャーペンで丁寧に描かれた少女の横顔があった。本当の最後のページ。絵の少女は三つ編みをして眼鏡をかけて真面目そうで巨乳だ。隅に日付とサインがある。昨日の日付だ。
そっとそれに手を伸ばして触れようとした瞬間、ガラっと扉が開け放たれる。
ビッック!! と思わずスケッチブックを抱きしめてしまった俺に聞こえたのは
「ありがとう、レオ。あたし大好きだよ、あんたの絵。ずっと応援してるからね」
言いたいことだけ言ってまた予鈴の鐘とともに消えた少女に今日も俺は言いたいことが言えない。
だから俺は今日も描く。
どうか次の100冊が終わる前に気づいてくれ!
作品にブクマ0でもやっていけます。(自分のこと)
私も三日に一回辞めようかと思うけど大丈夫です。
だからポイントやブクマや歴史をたくさん持ってる人が嘆くのを見るのがつらい。
慰めたいけど、自分なんかがおこがましいっていうか。
頑張って欲しいのですが、辞めたくはなさそうな感じもするし。
でも個々の事情もあり難しい。もし気を悪くする人がいらしたら本当にすいません。




