05話 人狼さん、迷う
出立し、森を彷徨うこと、暫く。
「……まさか迷うとは」
いやー、テンプレ過ぎて笑うしかないね!
よくよく考えたら、都会育ちの私が、一人で森を抜けられるわけないんだよね。
小学生の時に野外活動でサバイバルもどきをやったけど、あれって道具ありきの活動だったし。何もない今じゃ、迷うのも当たり前だよね。
そんなことも思いつかずに迂闊に歩き回るとは、よほど性別が逆転したことに動揺してたんだろうなぁ。
今ならそう思えるけれど、遅すぎだよね。うん。
更に歩いてみるけれど、一向に人の気配を感じられず、思ったより深い森に焦りが出てくる。
足元は木の根や下草で歩きづらいし、重なり合った木々のせいで先が見えない。
本当は、こういう時は動いちゃダメなんだろうけど、それは助けが来る前提だからなんだよね。今の私には該当しない。
気を落ち着かせるためにもと、一度立ち止まり、深く息つく。
まさか、全く人のいない場所に転移させられるとは思わなかったな。
すぐに人の使っている道に出られると思っていたけど、どうやら考えが甘かったみたいだ。安易に歩き回った自分に呆れてしまう。
一応、目についた邪魔な枝は折るようにして、同じ場所を通らないようには対策してみたけど、これが効果あるのかも分からない。
今の所折れた枝に出会ってはいないけど、迷っていることに変わりはなさそうだ。
取りあえず、川を見つけられるといいんだけどな。
そうすれば辿って下流に行けるし、森も抜けられるはず。上手くいけば、人の領域にもたどり着けるだろう。
ため息をつきながら頭上を見上げる。
中天にあった太陽が、かなり傾いてきている。
闇雲に川探ししているうちに、すぐに夜になりそうだよね。
最悪、今日はこのまま夜を迎えるかもしれない。
(このまま野宿かなぁ。森なんて入ったことないんだけど、夜とか危なさそうだよね)
テレビなんかで見た感じ、木の上で危険を回避してたような……うーん、どうだったかな。
後は焚火? 火を焚くと野生動物はそばに寄って来なくなるらしいけど、普通に生活している限り、火のつけ方なんかわからないよね。
そうなると、木の上で一夜を明かすのが賢明なような気がしてくる。
木登りは母方の実家で習得済みだ。道具も無く火をつけるよりは現実的だし、これで行こう。
そう思い、登りやすそうで体を支えられそうな木は無いかと周囲を見回わたすと、よく見知った葉っぱの木を見つけた。
葉の切れ込みが深い独特な形をした葉で、日本のモミジによく似ている。
寝場所になる木を探していたはずだったが、思わずその葉に見入ってしまう。別の世界なのに、同じ植物とかあるモノなんだろうか。
そして頭に浮かんだ文字は、【イロハモミジ】。
(へぇ、モミジはモミジでも、そんな名前がついてるんだ。日本でも聞いたことのある名前だよね)
? あれ? っていうか、なんで木の名前、わかったのかな?
不思議に思いながら更に意識を向けると、【最もよく見られるカエデ属の種で、紅葉の代表種】と頭の中に流れるように情報が入り込んできた。
え~っと? これってどういうことだろ。思わず首をかしげる。
そういえば、別れ際の神様が、恩恵を奮発するとか言ってなかったっけ? 神様から授かる才能とか言ってたよね。
そうすると、この現象もそれの一つかも。
試しに他の木も見つめてみると、次々と名前が浮かび上がる。
なんか、日本でよく聞いた名前が多々あるんだけど、そういうものなのかな? 兎に角、検証は少ないけど、どうやら見たモノの情報がわかるっぽい。
これが神様がくれた才能のようだけど、便利と言えば便利……かも?
そんなことを思いながら、次は自分の手を見つめてみる。この流れだと、自分の情報も見ることが出来るんじゃないだろうか。
『【名無し】
神により復元された【黒狼】の一人。
異界の魂を持つ者。
この世界の体と、異世界の魂の融合を目的としている実験体。
人間との融和を目指すよう、神より依頼を受けている。
複数の恩恵持ちの特殊体。
《索敵 Lv1》 周囲の生物を識別し、敵味方の判別をする
《鑑定 Lv1》 定めた対象物に使用すると、情報を開示できる
《剣術 Lv1》 剣で戦う才能 剣士になる為に必須
《身体強化 Lv1》 身体能力を上昇させる
《料理 Lv1》 料理の才能 料理人になる為に必須 』
思った以上に流れ込んできた情報に、軽く驚く。
頭の中に浮かんできたこれらが、この体の情報らしい。
そっかぁ、今の自分って名無しなんだ。これって、自分で勝手に名前をつければいいのかな。まぁ、それは後でもいいか。
でもって、やっぱり私って、『実験体』であって、神様から例の件を『依頼』されてる状態なんだね。
今の所、体と心には問題は無い……いや、大ありだけど、意識もハッキリしてるし体もきちんと動いているから大丈夫っぽいよね。実験としては上手くいっているんじゃないかな。
後は依頼されている例の約束を実行すればいいだけだ。
まぁ、ヒナを探しながら人と上手く交流すれば、これは何とかなりそうだよね。
あと、複数の恩恵持ちらしいけど、比べる対象がいないので現時点ではよく分からないかな。5個って多いのか少ないのか、これだとわからないよね。
あと、Lvがあるということは、これを鍛えたりすると恩恵の能力がレベルと共に上昇するのかな。だとしたら、ゲームみたい。
一つ一つ確認してみようか。
多分、《鑑定》のおかげで木の名前が解ったり、この情報たちが見えるんだと思うんだけど、その解釈でいいのだろうか? 説明からして情報を開示とかなってるし、間違ってはいなさそう。
これがあれば、分からないことも教えてくれるだろうし、便利そうだよね。
《索敵》は……あぁ、周囲を探ると、なんとなくわかる、かな。
気配がする、という不確かな感じだけど、Lv1なら上出来じゃないだろうか。姿が見えなくても気配を感じ取れるって、結構大事なことだと思う。
これもきちんと使うことが出来れば便利そうだし、将来的にはもっと使いやすくなりそうな予感がする。
《剣術》は、短剣を持ってるし、多分この体は使えるんだろうね。
試しに短剣を抜いて振り回してみる。
30cm程の両刃の短剣で、多分ダガーと呼ばれる種類だと思う。斬るよりも突き刺すタイプの武器だったはず。
まぁ、映画や本で得た知識なんで、不確かだけど。
どうやら剣術に関しては体が覚えているようで、身を任せると、流れるようにスムーズに動いていく。それどころか、こっちの意識が体についていくのがやっとな状態だ。
その動きに、《身体強化》を意識してみる。
瞬間的に力が沸き上がるのを感じ、踏み込む下半身や振るう腕に異常なほどの力が加わるのがわかった。
と、同時に目の前の木が傾いでいく。
うわ……幹を軽く傷をつけるつもりだったのに、一刀両断とかシャレにならない。しかもこれ、剣の中でも刃の短いダガ―なんだけど? 斬撃苦手な武器のはずなんだけど!!
っていうか、普通、生木ってこんなに簡単に切れないよね?!
木が倒れた拍子に大きな音が響き渡る。
慌てて周囲を探るが、こちらに向かってくる気配は無い。普通の獣は音で逃げるらしいから、そんなに心配しなくても大丈夫かのかも。
丁度座る場所も出来たので倒したばかりの木に腰を下ろし、続きを再開する。
というか最後の一つ、明らかに浮いている気がする。
まぁ食事は大事だし、料理するのも好きだし、あって損は無いか。仕事が見つからなかったら、料理人としてやっていくのもいいよね。
更に気になる【黒狼】という言葉に意識を向けてみる。
そうして流れてきた情報は。
『【黒狼】
人狼の一種で、希少種。
人狼と同じく【獣化】して戦うことが出来る。
身体能力は一般の人狼と大差ないが、己の影を操る能力をもつ。
人狼の中では比較的、温和で友好的だが、人間により絶滅している。
現在は、神により復元された一体のみとなっている 』
ああ。やっぱり絶滅してるんだね。
今いる黒狼は自分一人か。まぁ、ボッチは覚悟してるからいいんだけど。
影を操る能力とか中二病っぽいけど、実際に使うとなると地味そう……。
で、【獣化】? これって何だろう。
『【獣化】
人狼が持つ能力。
【獣化】することで、二本足歩行の狼となる。
己の爪と牙を用いる為、至近距離での戦いを好む。
獣化することで身体能力が向上、人族の中でも屈指の強さを手に入れる』
む、流石人狼。強い。
というかこの体、『獣化』して戦えるのに、剣士でもあるんだよね。
それに身体強化もあるし、獣化している時に使ったら、他の獣化中の人狼よりも強くなるってことだよね? どれだけ戦闘に特化してるんだろうか、この体。
神様の計画では、この世界の人間と仲良くなって、黒狼というか人狼の印象を良くしたいんじゃなかったっけ?
くれる恩恵間違ってないかな、これ。




