22話 人狼さん、人助けをする
「いい天気だな……」
ふわぁと大きなあくびをしながら、窓から外を眺める。
雲一つない青い空に、太陽が燦然と輝いている。
寝起きの今の自分には、朝日は眩しすぎて目を眇めてしまう。
……うおお、カーテン閉め忘れて寝たせいで、部屋中眩しいっ。
何で閉め忘れてたかな! 昨夜の私!
しかも、東側の窓の傍にベットとか、惰眠をむさぼりたい輩に喧嘩売ってるとしか思えない。
まぁ、お陰でしっかり目が覚めたからいいか。
早起きは三文の徳と言うし、さっさと起きて行動するのが健康的だよね。
「さて、今日はどうするか」
寝心地の良かったベットを降り、独り言をつぶやきながら身支度を整えていく。
ここは、ギルドの受付のお姉さんに紹介してもらった宿の一室だ。
運転手さんとのやり取りの後無事に到着したのだが、やはり人狼、しかも黒狼という事で軽く騒ぎになってしまった。
それでもギルドの紹介だと言うと、泊まらせてくれたから良かったけど。
街の中なのに、野宿になるかと冷や冷やしたよ。
部屋を出て一階に降り、そのまま玄関近くの受付台へと進む。
そこで声をかけ、外出の際は部屋の鍵を渡しておくのだ。
「すまないが、誰かいるか」
声をかけると、すぐに横の部屋から中年の男性が出てきた。
えーっと、たしかこの宿の主人だって名乗った人だったよね。
「お、おはようございます……」
「ああ、おはよう。夜に戻るので食事は必要ない。鍵を頼む」
そう言いながら鍵を渡すが、若干腰が引けている。
うーん、これで冒険者ギルド御用達の宿なのかぁ。
他の宿だと、どうなるんだろね。
食事のサービスもあるらしいけど、怖がられながら同じ空間で食べるなんて胃にもたれそうだ。
暫く食事は運転手さんのとこにしとこうか。
そう思いながら扉を潜り抜け、外に出る。
ううん、眩しい。
まずは冒険者ギルドに顔を出そうかな。
ヒナがいるか確認して、いなかったら街なかをうろつきながら探してみようか。
◆◆◆◆◆◆◆◆
昼が過ぎ、あてもなく街の中を彷徨う。
大体欲しかった日常品も買い終わり、後は冷やかしで店頭を覗いている状態だ。
まぁ、お約束通り怖がられて、長居は出来ないんだけどね。
それでも、流石都会(?)なだけあって、商品の豊富さに圧倒される。
里では欠品の為に入手困難な商品も、この街では普通に売っているのでテンションが上がりまくってしまう。
そんな中私の一番の戦果は、里では噂でしか聞けなかった高級ブランドのブラシをゲットしたことだろう。
謳い文句によると、最高級の猪毛を使用することで天然毛に含まれる油分により、自然なツヤを与えてまとまりやすくするらしい。
毛並みに気を使っているオシャレさん御用達の一品だ。
ふふふ。これで私のモフモフの尻尾も、更に艶々になること請け合いだな!
これを手に入れたことで、今日の目的の半分を達成したと言っても過言ではない。
お陰で街の人間に露骨に怖がられても、気にならずに歩き回れている。
なんと素晴らしい一日なのだろうか。
しかし、いつになったらヒナに会えるんだろうね。
こうしてうろつくことで他のクラスメイトは数人ほど確認できたけど、肝心のヒナがいない。
本当にこの街にいるんだよね?
ノアの情報だと、冒険者をやってるはずなんだけどな。
朝の仕事を受ける賑やかな時間にでさえ、ギルドにいなかったんだけど。ちょっと不安になってきたよ。
そんな考えに沈んでいた私の視界に、なにやら大きな荷物を背負った人物が入り込んできた。
背負っている荷物が重いらしく、足取りが危なっかしい。
その人物をよくよく観察すると、なんと、白髪のお婆さんだった。
これは手を貸したほうが良さそう。転んで怪我でもしたら大変だよね。
「失礼。荷物を持とうか?」
「おや、済まないね……あんた、黒狼かい?」
振り向くと同時に、驚いたように目を見開く。
む。一目でわかるとか、すごくない? っていうか、もっと驚くか怖がるかと思ったんだけど。
昨日のギルドや屋台での対応を思い出して、首を傾げる。
「なら、力もあるだろうね。ちょっと背負ってもらえるかい」
「あ、ああ」
ぐいぐいと背負っていた荷物を押し付けられ、戸惑いながらも受け取る。
いや、先に声かけたのは私だけどさ、もうちょっとこう、遠慮というものがあるんじゃないの?
こっちの世界だと、これって普通なのかな。
しかし、街の人間に怖がられない日が来るとは。新鮮過ぎる。
「じゃあ、このまま家まで来てもらおうかねぇ。私じゃ、日が暮れてもたどり着けないとこだったよ」
首や肩を回し一息ついたと思ったら、そのままシャキシャキと歩いていく。
ええ? 思った以上に元気なんだけど、このお婆さん。
けど、私を黒狼と知りながら使う気満々なのが面白いよね。俄然興味が出てきた。
素直に荷物を背負い、隣に並んで歩く。
あれ? 思ったより重いよ、この荷物……。
「随分重いが、何を運んでいたんだ?」
「ああ、薬草達さ。今回は枝葉もぎっしり詰まってるからねぇ、余計重いのさ。欲を出したら大変な思いをしちまったよ。だからと言って、捨てる気はさらさら無かったがね」
ふふん、と胸を張られてしまう。
そっか、根性で背負ってたんだね。欲って凄いね。
ん? 薬草って、城壁の外で採取ってことだよね? え?
「一人で外に?」
「なわけ、あるかい。勿論冒険者を雇ったに決まってるだろ。ただ、報酬をケチったせいで、街の中の荷運びは却下されてしまったのさ」
やれやれ最近の若い者は、と首を振られるが、それって自業自得じゃなかろうか。
「それにしても、報酬も無しに手を貸すなんて、あんた中々見どころあるじゃないか」
「まぁ、年寄りに重いもの持たせて素通りは出来ないだろう」
「いい心がけだね」
私の返答に、満足そうに頷いてくる。
「しかし、黒狼かい……生き残っていたんだねぇ……」
しみじみと呟くその言葉に、「俺が怖くないのか?」と素直に聞いてみると、ふふふと笑われる。
「怖いわけ無いさ。子供の頃、気の良い黒狼に世話になったからね」
「! 会ったことがあるのか」
まさか、黒狼を知っている人間が生きているとは。
絶滅したのは結構前だったはずだ。
「うんと小さい頃だけどねぇ。あれから七十年は経ってるが、私のようにこうして長生きしている年寄りもいるのさ」
「まさか交流のあった人間が生きているとは思わなかった」
「そうかい? まぁ、私がこの街じゃ、最後の生き残りかもしれないねぇ。そうなると、あんた達の本当の姿を知っている人間も居なくなるんだね」
「?」
私達の本当の姿? 獣化の話じゃないよね?
見当がつかず、首を傾げる。
「あんた達人狼が、気質上、恨みつらみを子供に引き継がせないってことさね。本気であんた達は過去を水に流してるんだろ? でも、この街の若い輩は知らないのさ。いくら話しても、聞く耳持を持たないんだよ」
やれやれ、と首を振る。
「そうか……」
「嫌な扱いをされるかもしれないけれど、私はあんた達を知ってるからね。何かあったら私に相談しな」
そう言って、労わるように腕を軽く叩いてくる。
まさか、こんな事を言ってくれる街の人間がいるとは思いもよらなかった。
黒狼が生きていた時代を知っている人間がいたことに、本気で驚いたよ。更に好意的だなんて、誰が思っただろうか。
それと同時に、この街の人々の対応に納得できた。
いやぁ、黒狼って、絶滅してから七十年ぐらいしか経ってないんだね。知らなかった。
それなら過去の人狼の所業が生々しく残っていても、何もおかしくない。怖がられるのも当たり前とも言えるかも。
ただ、私達人狼だけ怖がられるのはフェアじゃないよね。
発端は人間側の迫害なんだし。
むしろ、黒狼が被害者で……ああ、こうやってループするから、水に流してゼロからのスタートにしたんだね。昔の人達は偉いなぁ。
「わかった。しばらく街にいるだろうから、宜しく頼む」
「ああ。任せときな。昔の恩を返さないとね」
あっちで出会った時に顔向けできないからね、とニヤリと笑われる。
それってあの世ってことだろうけど、随分元気そうだし、しばらくの間はお迎えは無いんじゃないかなぁ。
七十超えてこの荷物背負って歩いてたんだから、凄いよ。
しかし、これは本気で黒狼のイメージ改善に取り組まないと、拙いかもしれない。
確かに、今現在は迫害は無いよ?
でもさ、ここまで怖がられているとは、聞いてないんだけど?
そしてこの状況に、人狼達は気づいていない。
これじゃあ、下手したら些細なきっかけで、簡単に人間との関係が悪化するかもしれない。
そうなると、過去の繰り返しだ。
更なる種族の絶滅が起こるかも。
……これは、神様的にはイメージ改善したいよねぇ。
自分の世界の子供達がまた殺し合うかもしれないんだもんね。
それをどうにかしようとして考えた末が、『私の転移』なのか。
白羽の矢を立てるには、何も事情を知らない脳内お花畑の日本人なんて、うってつけだったんだろう。
モブ顔の神様の顔を思い出して、うっすら殺意が沸く。
きっと、まだまだ隠していることが沢山あるんだろうね~……あの邪神。




