10話 人狼さん、受けて立つ
「で、これからのことなんだけどな」
「うん?」
焼きあがった肉を貰い、二人で食べる。
ノアは中々の世話好きらしく、甲斐甲斐しい。
(この子、女の子にモテるだろうなー。気が利いて人懐っこいし、顔も可愛いし。逆に私の今の体、表情筋が動いてないような気がするんだけど、大丈夫かな)
そんなことを暢気に思っていたら、真顔でこちらを見つめてくる。
「ここまで常識が違うと、マジでヤバいと思う」
「そんなにか」
「おう」
ちょっとばかり自分でもそう思っていたけど、確信をもって言われると不安になる。
「恩恵について何も知らないとか、この世界の根本がわかってないってことだしなー。……そういや、クロウの恩恵って何持ってる?」
「俺は、《索敵》と《鑑定》、《剣術》と《身体強化》、それに《料理》だ」
「多すぎぃ! あ、俺は《神託》の他は《隠蔽》だな。普通は二つでも多い方なんだが、異常だな、おい」
「そういえば、イヴァリースが奮発するとか言っていたような?」
「しすぎだろ……」
若干ドン引きされているような気がする。
「で、それで全部?」
「全部だな」
「本当か?」
「? ああ」
「そっかぁ……」
そう言って、何だか残念な子を見るような目でこちらを見てきた。
「今更だけどな」
「うん?」
「複数の恩恵がある場合、あまり内容を喋らない方がいいんだぞ?」
「は?」
優しく、諭すかのようにノアが語り掛けてくる。
え? 何、その視線。すっごく生暖かいんですけど。
「この世界じゃ一般人は恩恵持っていないのが普通だし、一つ持っていればラッキーで、二つ持ってたら天才って認識なんだよ。けど、頭のいい複数持ちは一つしか公表しないもんなんだ。なんでか分かるか?」
「さあ?」
「手持ちの切り札にとっておいた方が、何かあった時に使えるだろ。お前みたいに馬鹿正直に全部手の内みせるとか、悪手すぎる」
「いや、聞かれたら素直に答えるだろ、普通?!」
助けてくれた相手なんだし、聞かれたら正直に答えるものだよね? 嘘ついてそのせいでノアが困ったら、大変じゃないか。
そう話すと、更に生暖かい目になるノア。
「そりゃお前、随分平和な世界にいたんだな。それにしたって迂闊すぎると思うけど。こっちの普通は、『身内以外は常に疑え』だ。悪意のある奴ならどんな些細なことだって利用してくるもんだろ」
「え? ノアは身内じゃないのか?」
「いや、身内だけどな?! っていうか、そんな捨てられた子犬の様な目で俺を見ないでくれないか?!」
え? それ、どんな目かな。
この図体で子犬云々の表現が出てくるのはいかがなものか。確かに身内に入れてもらえなくて、ちょっとだけショックというか寂しかったけど。
「しかし、その話だと身内には答えてもいいんだろう?」
「まぁ、そうなんだけどな。けど、会って間もない仲間なのに、いくら何でも警戒しなさすぎというか」
「命を助けてくれた仲間を警戒するわけないだろ」
「いやー、そうなんだけどな。けど、俺が言いたいのはこう、もう少し警戒心を養ったほうがいいという意味であってだなー」
何て言えば伝わるんだと頭を抱えるノアに、一応身内という認識は持ってもらえているようなのでホッとする。
「で、話を戻すが、そこまでの悪意に出会うこと自体おかしくないか?」
「おかしくない。だったら、お前の体の持ち主達が消えてるわけねーじゃん」
「っ……」
突然表情の消えたノアに言葉が詰まる。
そうだった。この体、神様が言うには、差別や迫害されて消えた種族だった。ノアの口調からも、その認識で間違いないっぽい。
どうやらノアの残念そうな視線の意味は、自分の危機感の無い平和ボケした行動に、呆れられていたからのようだ。
そういえば、日本人って疑うことをしないからチョロいって、海外で馬鹿にされることがあるらしい。うちのお母さんも、海外旅行に行ったら日本人旅行者はいいカモ扱いされてたって言ってたし。
けど、神様的には平和的思考でフレンドリーにやっていってもらいたいって言ってたんだけどなぁ。平和思考のままで気を抜かずにこの世界で過ごせってことかな、難しい。
生暖かい視線の意味はわかったけど、こんな世知辛い世界とか、ヒナ達は大丈夫なのだろうか。
「まぁそんなわけで、悪意のある奴に騙されないように、一度里で過ごして常識叩き込んだ方がいいと俺は思う」
「常識か……」
「おう。里なら仲間だけだし、安全だからな」
元の表情に戻ったノアが、ニッと笑いながら頷いてくる。
いやー、確かに常識は大事だし欲しいよね。
けど、自分より恩恵の少ない人間のままのヒナが、その悪意のある世界に晒されてるわけで。今も何かのトラブルに巻き込まれている可能性も無きしにもあらずって、ことだよね?
出来ればヒナだけでも見つけて保護したいよね。他は……うん、余裕ないので皆で頑張ってほしい。
そんなわけで、ノアに説明を試みることにする。
自分の転移でクラスメイト達が巻き込まれて、この世界に移転してきていること。その中で、従姉妹で親友だけはどうにか見つけたいので、探しに行きたいのだと話してみる。
ついでに生活が出来るように手を貸したいと話すと、顔を顰められる。
「……なので、近場の町にでも行って探すつもりでいたんだが無謀だろうか?」
「今のお前が探しに行くのかぁ~……すっごい不安なんだけど」
「だが、そいつは女で、俺より力も立場も弱いんだぞ? 危なくないか? 探しに行くべき案件だと思うんだが」
「親友って女なのか。しかも従姉妹って、超血が近いじゃんか」
「だな、家同士で仲が良いから家族に近いぐらいだ。むしろ従姉妹というより、姉か妹な感覚が強い」
「姉妹に近い……けど、人間なんだよな」
「そうだな。人間だけど、大事な身内だ」
うーん、と頭を抱えて真剣に悩みだすノアを見て、狼の習性を思い出す。
たしか、狼は家族で構成された群れで生きていく生き物だったはず。個人的には仲間意識が強い生き物だと思っている。
多分人狼も、家族や仲間という絆に重点を置いているんじゃないかと推測する。
そうじゃなきゃ、神託を受けたからと言って、中身が元人間だとわかっている人狼相手に、初対面でこんなに打ち解けるとは思えないんだよね。多分、仲間意識が強い子なんだと思う。
なので、もう少し突いてみることにする。
「ところで、ノアには兄弟か姉妹は居るのか?」
「……っ」
明らかに動揺したように体が揺れたので、これは脈ありと、立て続けに話してみる。
「居ると仮定して、その子が一人群れからはぐれていたらどうする? しかも、自分より明らかに弱いんだぞ? その子が「あーっ!わかった!!」
言葉を遮るように突然叫ばれて驚く。
「わかったから! そうだよな! 身内は大事だよな! 特に弱い奴は強い奴らが守るのが当たり前だもんな!!」
「あ、あぁ。そうだ」
「だよなっ。それで守れなかったら、男の恥! 生きてる価値無し! 即死ね!! だよな!!」
「そこまで?!」
「あ゛ぁ!? そこまでだろォ??! 何お前、生き恥晒したいわけ?!」
「ちょ、ま、」
いきなり伸びてきた両手で肩をがっしりと掴まれ、そのまま思いっきり揺さぶられてしまい、脳が激しく揺れる。
何かキレた! 何か、すっごいキレられたんだけど!? 触れちゃいけない案件だったのこれ??!
だとしたら、人狼の家族愛、恐ろしすぎない?!
「いよぉし、決めた!! 探しには行かせてやる! ただし! 獣化が出来るようになったらな!!」
立ち上がり、ビシィ! と指をさしたノアに宣言される。
漸く解放してもらえたが、脳へのダメージのせいで考えが纏まらず、聞き返してしまう。
「獣化?」
「おう、人狼は獣化出来て一人前だからな! そして半人前は里から出られない決まりだ。期限は3日。その間に獣化出来なきゃ、お前も里に直行な」
「それは……」
ちょっと短くないかな。やり方も説明されていないのに、出来るものなのだろうか。
しかも、人間には判りづらいって、さっきノアが言っていなかったっけ?
「別に見捨てろとは言っていない。里で獣化出来ようになったら、好きに探しに行くといい。むしろ、獣化も出来ない半端者が人助けできると思うなよ? そんなに世間は甘くないからな!」
どう答えていいものかと困っていると、更に説明してくれる。
確かに、獣化も出来ずにハイオーク相手に死にかけているような自分じゃ、何があるか分からないこの世界でヒナを守ることは難しいかもしれない。
でも、期限内に獣化出来なくて里に連れていかれると、ヒナに会う道が遠回りになってしまう。
「迫害は無くなったが、過去にちょっとやらかし過ぎたからな。確実に人狼は距離を置かれるぞ。そのなかで人ひとり助けて世話したいんなら、せめて守り切れるくらい強くないとな。で、わかっているだろうが、今のお前じゃそれは確実に無理だ。……さて、どうする?」
挑発的な台詞と視線に、思わず目を眇めてノアを見返す。
そう言われてしまうと受けるしかないよね。
ならば条件をクリアして、堂々と探しに行こうじゃないか。
「勿論、受けて立つ」
私の言葉を聞いて、ノアが挑戦的な笑顔を浮かべて目を輝かせてくる。
どうやら人狼という生き物は好戦的らしい。
実際に私も血が騒ぎ、戦意高揚中だ。
これは負けられないね!




