初めての御来店ありがとうございます。
▼夜の住宅街を歩くあなたは隠れ家的なお店を見つけます。
▼看板には
[お疲れのあなたに贈る癒しのひと皿]
と丸いゴシック体の文字。
▼ブラックボードには
[シェフのきまぐれメニュー]
と手書きの白チョークの文字。
▼北欧風の木製の扉にはガラス窓がついておりお店の中から光がぼんやり見えます。中の様子は目隠しフィルムが貼ってあるため詳しくはわかりません。
▼お腹が空いたあなたはその扉を開けました。
▼カランコロン〜♪
▼お店の中に入りました。あなたの目の前でお辞儀する猫の姿があります。良く見かける大人の猫の大きさですが、二本足で立つ姿は人みたいです。その猫は驚くことに人間の言葉を喋り始めました。
▼「ボンジュール? ハロー? アニョハセヨ? いらっしゃいませ? 見たところあなたは日本人ですね? 間違えてたらすいません」
▼その猫は驚くあなたを見て、肉球の前足を口に当てて「ふふ」と笑います。
▼「初めて御来店下さったお客様はみんなびっくりするんです。猫がしゃべった! という風に。お客様は猫がお嫌いですか?」
▼あなたは猫は好きだと答えます。
▼「それは良かったです。たまに猫嫌いの方が来ちゃいまして、慌てて帰っていくんです。ささ、どうぞ好きなお席に着いて下さい。今日はあなたの貸し切りですよ。ふふ。なんちゃって、ただお客様が来ないだけです」
▼あなたはこのお店は大丈夫なのか不安になってきました。お客様が自分以外にいないと少し不安になりますよね? そもそも猫の店員ですから不安ですよね?
▼猫の店員は不安そうなあなたに気づいて「ご安心ください。私はご飯を作るのが得意です。ただ、見ての通りこの大きさですとあまり多くは作れないのです。だがら、あまり多くの人が来れないようになっております」と説明しました。
▼あなたは目の前の猫が料理を作ることに驚きました。
▼「あっその目はまだ疑ってますね〜。私のお店はお代は必要ありませんので、ご安心ください。不味かったら残していただいて結構です。え? それでは商売にならないですって? 大丈夫ですよ。私の世界ではお金が無くてもやってけます」
▼「あなたはとてもお疲れみたいですね。私はあなたのような方が少しでも癒されたらと思いこのお店をやっております。ささっお座り下さいこのソファはふっかふっかでおススメです」
▼あなたは猫に手を引かれ、座る大人の人間がすっぽり収まる大きさの丸いクッションに座りました。ズボッと身体がクションに沈みます。それは人を堕落させるソファでした。
▼猫はいそいそとキッチンに向かいます。アイランド型のキッチンでその調理の様子が良く見えます。猫の背丈に合わせたキッチンは小さくて可愛らしいです。
▼「メニューは私のきまぐれで決まりますのでご了承下さいませ」
猫は器用に卵の殻を割り菜箸で溶いていきます。あなたは猫が料理できることを知り安心しました。
▼「お客様。お待ちの時間が暇ですか? 何でしたら私のきまぐれなお話を聴きますか?」
▼あなたは聴きたいと答えました。
▼「はいでは、最近の日本の方の話題ですが、もうすぐ新しい元号になるとか? 日本の方はその新しい元号を予想して賭けをするのが楽しい様ですね。ちなみにあなたはどんな元号だと思いますか?」
▼あなたは令和だと迷いなく答えました。
▼「へー。その予想は初めて聴きます。え? もう新元号は発表されたんですか? お客様意地悪ですね〜。それを早く言って下さい。時代遅れみたいで恥ずかしいです」
▼猫が顔を恥ずかしそうに隠す姿を見てあなたはくすくす笑います。
▼猫は「おっほん」とわざとらしい咳をします。
▼「新元号を予想したり、考えたりと人間とは不思議な生き物ですね〜。あっいや私の世界では歳を数えるのも億劫でして、いつもざっくりと答えてます。え? いくつですかって? 私はう〜ん。1000歳ぐらいですかね〜。あっ 信じてないですね? では日本の偉人さんがいらっしゃった時のことを話しましょう」
▼「あれは400年ぐらい前の頃でした。日本は戦国時代でしたね。その頃はお客様がひっきりなしで御来店下さって、お店は大繁盛でした。あっもちろんお代はいただいてませんよ。甲冑の人が多いのでしたが、その偉人さんは寝巻きでした。何でも部下に裏切られたみたいで、相当落ち込んでました。その偉人さんは元号を考えた側の人みたいでちょっと驚きですね。その時代は災害や不吉なことが起きれば直ぐに元号を変えたとか。今考えると覚えるのが大変そうですよね〜。あっ因みに3日後にその部下がここに来まして、ここに居座っていた偉人さんと仲直りしてました。2020年に放送されるその部下が主人公のドラマが楽しみだと言ってますよ」
▼「おっと、長話になってしまいましたね。退屈でしたか?」
▼あなたは面白い話だったと答えました。
▼「お客様は優しい方で良かったです。私は語るとつい止まらなくなるんです。退屈して寝ちゃってる人が多いんですよ。あっ出来ました!」
▼部屋には美味しそうなにおいが広がっていた。猫はお盆の上に載せたその食べ物をあなたの前にあるテーブルに置きました。
▼「お待たせ致しました。半熟卵のオムライスです。デミグラスソースとホワイトソース2種類の味をお楽しみ下さい。それと、ジャーサラダになります。こちらはお好みで振ってドレッシングに絡めて下さい」
▼半熟の卵はテーブルに置かれた振動でぷるぷる震えた。瓶に入ったサラダの底にはドレッシングが入っており、瓶を振って中のサラダとドレッシングを混ぜるようだ。
▼スプーンですくう卵はふわふわのトロトロで中身はチキンライスでした。口に入れるとトロトロにとろけます。味に飽きたら別のソースを味わえ最後まで飽きる事なくオムライスを味わえました。
▼瓶を何回も振るとドレッシングがよく馴染んだサラダになりました。
▼あなたはお腹がいっぱいになりました。猫は食後のティーを淹れてくれました。透明なガラスで出来たポットに浮かぶ茶葉は緑色でした。お茶の色は黄金色です。
▼「これはダージリンのファーストフラッシュです。ファーストフラッシュとは一番茶という意味です」
▼口に含むと緑茶の様に爽やかで渋い風味が口に広がりました。
▼満足したあなたは猫に味の感想とお礼を言いました。そして、入ってきた扉に向かいます。
▼「満足していただけて嬉しいです。お疲れになりました時など、また御来店下さい。いつでもお待ちしております」
▼猫は入ってきた時と同じように器用にお辞儀をしました。あなたは「ご馳走さま」と言い残し、扉を開け去りました。
お疲れ様でした。ちなみにその偉人は織田信長です。またのお越しをお待ちしてます。