アリア
カイと3人の周りがモヤで包まれていく様子を横目で見ながら、エアは赤いボタンを押す。山形に折れ曲がっていた針金が微かな機械音を発してまっすぐになった。枷に針金を差し込み、少しずつ回しながら手元のいくつかのボタンを操作すると――
カチリ。
一つめの枷の鍵があく。単純な構造の鍵でよかった。エアがほっと息を吐く。これが専門家でないと開けられないものだったなら、お手上げ状態だったはずだ。
モヤは少しずつ大きくなっているが、エアたちのところまでは来ない。
順調に開錠して、エアは自分よりも若干背の高い女を抱き上げる。間近で見ると、顔の傷の痛ましさに気持ちが抉られる。入り口近くに女性を下ろすと、自分の膝に頭を乗せた。抱き上げる時にも確かめたが、かろうじて折れているところはない。ただ、打撲の数が凄まじい。
女の人の傷ついた姿はあまり見たくない。
エアは、上着の内ポケットから棒状の懐中電灯のようなものを出す。
手元のつまみを調整すると、側面の光りそうなところから冷気が漂ってきた。
「本当は濡れたタオルとかがいいんだけどな」
冷気を少し離したところから、女にあてる。
冷たさにか、「ん……」と女が身じろぎした。女の目が薄く開く。
「え……?」
「お姉さん、大丈夫?」
ニコっと笑いかけ、起き上がろうとする女の肩を優しく押し返す。
「ああ、起きちゃダメだって。冷たいと思うけど、まずは冷やそう。これだけでだいぶ違うから」
「あんた、どうして……?」
「お姉さん、俺の剣、持っていったでしょ? あれ返して欲しいんだよね」
「……ああ、そっちか。あれは売っぱらっちゃったよ」
「えー! ちょっと困るんだけど!! あれないと、俺勇者になれないじゃん!」
叫びながらも、手は確実に女の傷を冷やしていく。
エアが冷やす箇所を変えるたびに、抱え直す手がとても優しい。
女はそのエアの手つきを見て、エアの顔をまじまじと見上げた。
「この街を抜けると西の村に行く道があるんだけど、その途中にある武器屋に売った」
「……待って、もう1回言って!」
「西の、村に、行く道の、途中の武器屋」
「おっけ! たぶん、行ける! ありがとう!」
お礼を言うエアの顔はどこまでも無邪気だ。
ああ、あたしもヤキが回ったね。そう言うと、女がため息を吐いた。
「……案内するよ。あっちが片付いたら」
モヤの方では何が起こっているかはわからないが、聞こえてくる呻き声はおそらく3人のものだろう。カイが負けるはずない、ということはエアが一番よくわかっている。
「マジで!? ラッキー。俺はエア」
「アリアだよ」
差し出されたアリアの手を握る。エアの眩しい笑顔にアリアは苦笑を漏らした。
少しは体が楽になった。アリアは、そう言ってゆっくりと体を起こした。
「ありがとう。助けてくれる人が来るとは思ってなかった」
「うん、見つけられてよかったよ」
「じゃあ、探してくれたお礼に、さっきの続き、するかい?」
鎖骨をなぞられ、反射的に遠のいた。エアが手を離した拍子に、アリアが少しバランスを崩す。そこを片手でなるべく遠くから受け止めながら、早口でまくし立てる。
「ちょっとそれは勘弁! そんなことしてる暇ないし! カイも戦ってるし! お姉さんを満足できる気はしないし! 今、急いでるし!」
「あら、残念」とアリアが笑う。
「まあ、確かに。あっちも終わったみたいだしね」
モヤが散り散りに消えていく。カイだけが立っているのが見えた。