カイの戦い
カイの3倍ほどもある体に、重厚なムチを持つ大きな男。これまでの霊よりも、よほど鮮明にその形がエアには見えた。
「なんなんだ、てめえら!」
格好こそ魔物と戦う冒険者たちのものだが、下卑た表情は隠しようもない。男たちの目の前、左手側の壁には、鎖で手を持ち上げられ、足に枷を嵌められた女がいた。頭の横からは血が出ていて、瞼と唇が腫れ上がっている。ほおの形もどこかおかしい。本当に生きているのか。
エアが女に駆け寄るのを横目で確認しながら、カイは霊気を練り上げる。3人の男たちはエアを抑えようとするが、エアはその間を身軽にすり抜けた。
「冒険者くずれですか。私がこの世で2番めに嫌いな人種です」
カイの黒髪が重力に逆らって立ち上り始めた。
男たちはその様子に、エアのことは諦めたのか、臨戦態勢に入った。腰抜けというわけでもなさそうだ。カイの横に立っていた大男が1歩、また1歩と前に動き出す。
「人間相手は苦手ですが、いいでしょう。ヴァン、存分に暴れてください」
ヴァンと呼ばれた霊が、太いムチを大きくふるった。
3人の男たちがばっとその場を離れるが、ムチの大きさゆえに避けきれない。
ぎゅっと顔を守った、その手をすり抜けていく。
「なんだ、ただのハッタリか!」
3人がニヤリと笑って、各々の武器を持つ。短剣と弓と銃。飛び道具が危ない。そう判断したカイはエアに目配せをする。エアも強く頷くと女の鎖を確認する。
女の鎖はどう見ても手で引きちぎれるようなものではない。エアはポケットを漁ると1本の針金を取り出した。針金といっても、手持ちの部分があり、そこにはいくつかのボタンがついている。針金の先はいくつか山ができるように折れ曲がっていた。
「頼む。うまくいってくれよ」
「1分でお願いしますよ」
3人が陣形を組む。短剣が身をかがめてカイの懐近くまで身を走らせて来た。後方には弓と銃。銃の方がカイに近い。
「俊足のダイ様の力、見せてやるぜ」
下方向から突き上げられる剣が空を切る。短剣がすぐさま右足でカイの足を払いにいき、カイはその足を飛び越えて後方に突っ切る。銃を構えた男がその早さに目を見開く。焦点を合わさせる前に顎から打撃をくらわせた。
どさりと膝から崩れ落ちる。
地面と水平に飛んできた弓を避ける。バカめ。カイが呟いた。ガハッとうめき声があがる。
「それでは、仲間にあたりますよ」
短剣を持っていた男は、カイの後ろで左肩を抑えていた。
「くそっ」
弓を構え直す前に、拾い上げた銃を弓持ちの男の頭に突きつける。
「脳天を撃ち抜かれるのと、この場から逃げるのどちらがよいですか?」
弓の男は右手に持っていた矢の切っ先をカイの腹に突き出す。カイが左手でそれをつかむと、弓矢の男から「なぜ……」という声が漏れた。もはや、人間業ではない。
「ヴァン、もういいですよ」
矢を投げ捨てながら、まだムチを振り回しているヴァンに声をかける。ヴァンは一つ頷く仕草を見せると、スーッと消えていった。
この空間一体をのぞいて、いつのまにか辺りは白と黒の濃いモヤに包まれていた。
「……ぁ、あ、あああああぁあ」
銃の男が顔を覆って喉をかきむしる。
「な、なんだ。どうした!?」
弓矢の男が口を震わせる。目には怯えと恐れが浮かんでいた。
「ここらの霊気を濃くしたので、だれか彼を恨んでいる人がやってきたんでしょう」
「……なっ」
「悠長にしている場合ではないですよ? あなたも同じです。しかも、今はあなたたちの生気を薄めているので、いつでもあの世へ行ける状態ですから」
弓の男が身を震わせる。寒気と頭痛が止まらない。
「うぁ……」
目の前がチカチカする。黒いモヤが自分を飲み込んで行く。虫が身体中を這い回るような悪寒を感じた。
「あなたたち、誰かに雇われていませんか? 正直に話せばこのモヤからは解放してあげます」
カクカクと弓の男が顔を上下に振る。
「わかりました。うそをつくと死ぬよりも酷いことになりますからね」
カイがパチンと指を鳴らす。
モヤがパッと霧散した。
弓の男の頭痛や悪寒も嘘のように引いていく。と、同時に、胃のムカつきがせり上がってきた。げぇげぇとその場に汚物を吐き散らかす。銃と短剣の男は、ぐったりと床に伏せ、気を失っている。弓の男も、もう立ち上がる気力さえない。
「それでは、話してもらいましょうか」