猫の霊、召喚
カイが惚けたままのエアの首根っこをひっつかむ。
「え?」
「行きますよ」
カイはそのままエアの横に置いてあった荷物を持ち、エアの体をズルズルと引きずっていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと! たんま、たんま!!」
エアが足で踏ん張ろうとするが、カイの歩みを止めるには至らない。首元が襟でしまっていく。
階段に行かれたら死ぬっ!
エアが手と足をバタバタと振り回すと、突然手が離された。バタンッとその場に後頭部をぶつける。
「ってぇー。しっぬわ!」
「うっせー。バカが」
カイの乱暴な口調に思わず首をすくめた。カイがこんな言葉を使うときは、かなり怒っている。普段は丁寧な口調だからあまり感じないが、もともと目つきの良くないカイが怒りにまかせて言葉を荒く使うと、もう賊にしかみえない。
カイが髪をくしゃしゃとかき回す。ついでとばかりに、いつも留めているYシャツのボタンをがっつり開け、裾をだらしなく出し、ポケットに手を突っ込む。いつもシャンとしている背中は 丸くなり、目つきは悪く、声は低く、態度も最悪。
こええ、とエアが思わず呟く。
「あの剣がなくなったら、俺、お前のことコロスからな」
エアがカクカクと頭をゆらす。もう全力で頷くしかない。
床に仰向けになったまましきりに頷くエアに、毒気が抜かれたようにカイがガシガシと頭をかいた。
「あー、もうめんどくせーけど、仕方ねえか」
カイがエアの首元に手を伸ばし、
ぶちり。
お守りの紐を引きちぎった。
「あ! それっ」
「いちいちうるせえ! ちょっと借りるだけだ」
カイが左手にお守りを持ち、右手に気を集中させる。
気の先に白いモヤが浮かんできた。目を閉じたまま、時おり右手の指を曲げたり上下に動かしたり何かをつまむ仕草をしたりする。
突然、ピタリと手を止めた。エアは空気が張りつめるのを体で感じた。
「こいっ!」
と叫んだかと思うと、カイが手を握りこみ、グイと何かを引っ張る。
何もなかったはずの空間がひしゃげたように歪み、モヤが丸く形取られたものがそこから浮かび上がると、一回転してパッと地面に降りた。
猫の形をした白いモヤが目の前で飛び跳ねる。体の部分ぶぶんから白いモヤの残り香みたいなものが体からゆらゆらと湯気のように出ている。
猫の形をしたそれは、自分の腕から出る湯気をおそらく見て、おそらく戯れ出した。
激しく動くと、頭と足、手の輪郭があやふやになる。
猫の――お化けだ。
「これと同じ魂が関係している剣を探してくれませんか?」
猫お化けが前足でお守りに触る。と言っても、実体はないので、お守りに傷がつくことはない。
口を近づけ、お守りをパクリ。飲み込んだ。
「って! おい! 食べるな!!」
「食べてなどいません。会話しているだけです」
「は?」とエアから声が出る。いつのまにか、カイの口調は丁寧なものに戻っていた。
スーツの裾もしっかりしまわれ、背筋が伸びている。
「ほんっとーに、食ってないんだろうな?」
「問題ありません。少し黙ってあげてください」
ジロリと睨まれて、思わず口をつぐむ。自分の失態であるとわかっている分、強くは言えない。
ひとしきり、口の中でこねくり回して満足したのか、猫お化けがお守りを吐き出した。
さっと取り上げて確認したが、傷も唾液もついてはいない。胸をなでおろしながら、首の後ろで紐を厳重に結び直す。
「では、猫さん、お願いします」
ひらり、と猫が階段を飛ばし飛ばしに進んでいく。
「俺、カイのその力、まだ慣れねえわ」
ふわふわと浮いた猫を追いかけながら、エアが独りごちる。
「意外と便利ですよ。幽霊」
「召喚獣とかだとかっこいいんだけどなあ」というエアのつぶやきは無視することにした。