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勇者の姉・ユア

 草が頬や首元をくすぐる。

 村の端にある丘の上にはちょっとした草原が広がっていて、そこはエアとユアの鍛錬所でもあった。

「エア、型がなってないぞ」

「姉さんが強すぎるんだよ……」

 ユアに叩きのめされ、草の上に転がっていたエアは痛む足をさすりながら起き上がる。

 いくら練習用の木刀とはいえ、打ち付けられれば青痣もできる。

「む。痛むか? 少し肉の方にずらしたつもりだったが」

 エアも止まっていたわけではない。動いている人間に対して戦いの中でそういった気遣いをし、実際に行うことは考えているよりも難しい。けれど、難なくこなす姉のユアと対峙するたびに、エアはユアの強さを痛いほどに再確認していた。

「大丈夫だよ」

 多少の怪我に耐えられる体を作ることも勇者になるために必要な鍛錬の一つだ。

 それに、足が痛むのはユアの打撃のせいではない。

「それにしても、姉さん、また剣が早くなったね」

 男みたいな筋力がない分、ユアは剣のスピードを極めている。

 隼よりも早いその斬撃から「疾風のユア」と村内でも次期勇者候補として有望視されているのだが、ユア自身はまだ未熟だと勇者の剣を巡る戦いへの参戦を毎回見送っていた。

 強さを誇り、強さだけで生き残ってきた村。エアたちが生まれ育った村では強さこそが金になると教え込まれてきた。

 魔王退治に赴き、一定の成果を出せば国から村へ報奨金が出る。エアたちが生まれ育った村は他の産業を全て捨て、その金だけで食べてきた村だ。特に村にある数少ない剣を勝ち取り、村を旅立ったソフィア様が歴代の勇者となってからはその傾向に拍車がかかった。村の数少ない剣を巡って争い、最も強いもののみが外の世界へ旅立てる。それがこの村の掟だった。

「私も次の剣争奪戦に加わるつもりだからな」

「ほんと!?」

 エアは勢いをつけて立ち上がる。

「姉さん、とうとう旅立つんだね!」

「勝ち上がれたらな」

「姉さんが負けるなら、俺は八百長を疑うね」

「そんなことを言っていると足元を救われるんだぞ。怪力のサムもいるし、両刀使いのガイは最近足にも刃物を仕込んでいるらしいぞ」

「……サムはこの間怪力を自慢しようとして大きな石を持ち上げてギックリ腰になったし、ガイはその足の刃物で自分の足のアキレス腱を切って全治2ヶ月らしいよ」

「む。そうなのか」

 ユアが生真面目に頷く。エアはやれやれと首を横に振った。

 村の掟は健在だが、村の中で本当に強い者はほんの2、3人しかいない。

 戦闘能力は天性のものであると、ユアを姉にもつエアは苦しいほどに痛感していた。

「でも、よく参加する気になったね。姉さん、剣ならあるから別に争奪戦なんていいとか言ってなかった?」

「ミリアに戦わずして旅立つのは負け犬のすることだと言われた」

「……それはまたすごい直球だね。剣を守り切ってるんだから、強さは示しているとか言えばよかったじゃん」

「……そういう切り返し方もあるのか。勉強になった」

「姉さん……」

 立ち上がってユアに弾き飛ばされた木刀を取りに行く。

「じゃあ、あの剣、俺にくれない?」

 傷が無数についた刀を拾い上げながら、エアがぼそりと呟く。

「何か言ったか?」

「なんでもなーい」

 エアは木刀を肩に担ぐとユアに向かってニヤリと笑った。

「昼ごはん、森で食べる?」

 ユアの表情がパッと明るくなった。

 固すぎる表情が多いユアはその剣の腕とずれた発言から遠巻きにされることが多いが、その分表情が現れた顔にはとても魅力がある。

「食べる! 今日は何だ?」

「りんごのサンドイッチと現地調達かな」

「りんごは大好きだ。エアの料理も大好きだ。今すぐ行こう」

「ちょっと待った! 俺、姉さんにはついてけな――」

 止めようとした時にはすでに遅く、ユアは風のごとく森に向かっていってしまっていた。エアはため息をつき、森へと歩き出す。足にズキリと痛みが走ったが気にしないことにした。

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