潜伏
中央街の外れにある路地を背の高い男が曲がっていく。
そちらには店も宿もなく、寂れた建物が続くばかりだ。
霧雨の視界の悪い中、男はローブの下に隠れた何か武器のようなもので扉を叩く。
薄く開かれたドアをすり抜けるように通り、男は建物の中に消えた。
「ダンプ、遅いよー」
「デザートを買いに行くだけでどれだけかかってるんですか?」
「いいなあ。私も食べれたらいいのに」
まだ男の子と呼べそうな成長半ばの子どもが一人に、スーツを堅苦しく着こなした姿勢の正しい男が一人。さらに、柄に翡翠の石がはめられた剣が宙に浮いていた。子どもは両頬に三本の刺青が入っているが、それよりもそのキレイな顔立ちに目が行くほどの容姿をしている。本人はそのことには無頓着なのか、片?をテーブルに押し付けて顔を歪めながら突っ伏している。スーツの男は丁寧な言葉にバカにした笑みを浮かべることで、ローブの男の神経を逆撫ですることに成功していた。
「うっせえな。仕方ねえだろ。あの映像のせいで、満足に出歩けないんだからよ」
男は目深に被っていたフードを下げる。後ろに束ねられた三つ編みはしっとりと雨に濡れていた。
「ダンプは追われてはいないと思いますけどね」
スーツの男、カイがとぼけた顔をしている。全ての元凶はこの男だ。
「でも、困ってるのはほんとだよな。普通の宿にもいられなくなったし」
机から起き上がった子ども、エアが今度は?杖をつく。
「すごかったもんねえ。みんな暇なのかなあ」
剣の柄にはめ込まれている翡翠の石が明滅する。スノウは、翡翠の石に宿った霊魂だ。エアによって具現化することができ、その際には白い髪に緑の透き通った瞳を持った女の子として皆にも見えるようになる。
カイがセッティングした南ガーランドのオオトカゲの魔物との戦いは、街中で上映されると瞬く間に人気となった。リアリティある魔物との戦いに美形の勇者。その映像は戦いに心惹かれる男性にも、心の恋人を探している女性にも受け入れられた。
「俺はお役人に追いかけられると思ってたんだけど、そんなことなかったね」
「中央はこんなの茶番だと思ってますよ。こんなことを咎めていられるほど暇でもありませんしね」
誤算だったのは、その映像で獲得できたファンの数とその熱意とパーティに入りたいという冒険者の押しかけだった。映像化するときに稼いだお金で、ふかふかのベッドに熱々のお風呂、食事はいつでもフルコース、の充実した宿をとったのだが、ファンやパーティ加入希望者に殺到されて数日で追い出された。
そして行き着いたのは、安宿よりも寝心地の悪いこの隠れ家だった。
「カイが霊気を操れねえってのがなあ。あのモヤが出せれば俺と戦おうとする奴らが減るんだろうけど」
「その点については、すみません。冒険者については完全に想定外でした」
ただ加入したいというだけならなんとでもなるが、好戦的な人間が多く、その場でなぜか戦いを挑んでくるような輩が多かったのだ。それらをダンプほぼ一人で蹴散らしたことで、ダンプの強さが一人歩きし、道行く先で我こそはと戦いを挑まれるようになってしまった。エアとはまた違うファンを獲得してしまい、正直、魔王討伐どころの話ではない。
「生気が薄まるんじゃしようがないよね」
カイはこの国では稀有な霊を召喚して使役できるネクロマンサーだ。特に、守護霊であるヴァンが作り出すモヤは、保護用と戦闘用があり使い勝手が良い。ところが、先の戦いで霊気を使いすぎたようで、カイは充電期間に入ってしまった。
「次は、西ダラスの扉を開ける必要があるんですが、この分だと難しそうですね」
「それまでは、できることをやるさ。カイは早くその生気をためてくれよな」
カイが霊を召喚するたびに、カイの生気が薄まっていく。そのため、使いすぎると自分も霊になってしまう、ということをカイはオオトカゲの魔物との戦いの後にさらりと言った。ダンプが驚いたのは無理もないが、付き合いの長いエアまでもが驚き心配していた。
「私がちゃんと見張ってるから!」
「見張ってもらわなくても大丈夫ですよ。私もまだ霊になりたくないですから、頼まれても出しません」
カイが苦笑する。アリアの魂を探す旅でもあるため、ダンプとしては気は急くが仕方がない。
「俺も槍の先を直さなきゃいけなかったし。明日にでも素材屋に行ってくるわ」
デザートに買ってきたキウイとりんごを手早く向く。
カイもエアも料理はからきしで包丁を持つ手が危うすぎて、何かを切るときにはダンプが担当することとなった。エアなどは、神の手と呼ばれるほどに道具作りがうまく繊細な手つきが可能なはずだが、刃物となると勝手が変わるらしい。
「あ、じゃあ俺も連れてって。新しい道具作っておこうと思うんだ」
「私は今後のための情報収集でもしておきますよ。あとは、今回の苦情と対策についてこの前頼んだ映像会社の方と話をつけてきます」
カイ自身は戦いに参加していないので映像に写っておらず、顔を出して出歩いても問題がない。とはいえ、行動を共にしてきたのだから用心した方が、と言いかけてダンプはやめた。ニッコリと笑うカイの顔に怒りが浮いている。
「じゃあ、私もそっちに付いてくよ」
「だから、霊は出しませんて」
「それもあるけど、もしかしたらアリアに関係する噂も聞けるかもしれないじゃない? 私がいればそういうの気づけるかも!」
それは一理ある、ということでスノウはカイに付いていくことになった。
明日の予定が決まったところで、デザートを食す。キウイが程よく熟していて甘さが口いっぱいに広がった。




