勇者一行
カイが合流する頃には、エアとカイの迷路づくりは終わっていた。
入り口からは3本の通路があるが、その通路それぞれにギミックを施したらしい。何度か違う道を通って見たが、すべて入り口に戻って来てしまった。
「どう?」
誇らしげにエアが胸を張る。
「お手上げです。私では王座までたどり着けそうにありません」
「モヤがある上に薄暗いからね。わかりにくくするのが簡単だったんだ」
両手を上げるとますますエアが嬉しそうだ。ダンプはいくつかのギミックの導入と複数のトリガーを踏んだ場合にオオトカゲたちに侵入者を知らせる仕組みを作っておいたらしい。
「短時間でよくここまでやりましたね」
ダンプがそっぽを向く。何か面白くなさそうだ。
「オオトカゲの人たちが手伝ってくれたからね」
「俺は、魔物と馴れ合うのは好きじゃねえ」
カイが笑みを作る。
「それにしては進んでやっていたようですが」
「お前が! これがオオトカゲとの約束で魔王を倒す最速の方法だっていうからだろ!」
ダンプが腕を組んで言い募る。
「だいたい、魔物との戦いを映像にさせるっていう発想がありえねえし! 戦いは遊びじゃねえんだぞ! 俺はもういつ爆発するかわからないこの気持ちを抱えたまま槍をふるってだな。俺はこんなことしに来たんじゃねえ!」
「だからですよ」
カイの間髪入れない返答にダンプが思わず息を呑む。顔が笑っているようで殺気しか放っていない。瞳に怒りの色が見える。
「戦いは遊びではありません。ですが、中央の人々はそれを忘れている。周辺の村々で魔物たちを抑えているからです。だから、私はこの戦いを最大限有効に使わせていただきます。せいぜい金を落としてもらいましょう」
カイが今度こそニヤリと笑う。先立つものがなければ、魔王までたどり着くのもままならないことはダンプもわかっている。
「はあ。めちゃくちゃ納得いかねえけど、仕方ねえか。アリアのこと忘れてたら殺すからな」
ダンプが槍を担ぎながらカイに釘をさす。
「当たり前です。それでは、そろそろお暇しましょうか」
「オオトカゲの人たちには挨拶していかないの?」
エアが無邪気にカイに問う。スノウは最初にカイが黙っているよう頼んでから律儀にそれを守ったままだ。けれど、エアの言葉に呼応するかのように翡翠の石が明滅した。
「私も馴れ合うのは好きではありません。魔王を討つのなら我々は彼らの敵です。そして、我々を邪魔する彼らはやはり我々の敵です。そのことを肝に命じておかないといつか足元をすくわれますよ」
どんなに気の良い魔物であろうと、敵対する種族であることに変わりない。そして、どんなに気の良い魔物であろうと、相入れることはない。
「でも、それは人間も同じだろ。魔物だからダメなのか?」
――けれど、それは人間も同じだろ。
一瞬、カイの頭にエアと同じことを言った人の姿がフラッシュバックする。彼女はどんな顔をしてそれを言っていただろうか。
「やめとけ、やめとけ。あいつらだって困るぜ。半端に馴れ合って、今後人間がマジで殺しに来た時に戦う迷いを与えるのはむしろマイナスだろ」
ダンプの言葉は確信をついている。エアはしぶしぶ納得したようだった。それでも後ろ髪を惹かれるように洞窟を振り返る。入り口にはサバンとナイルの姿はなかった。どこか裏口があるのだろう。そこまで自分たちが把握する必要はない。
今でもカイは信じている。相入れないものたちとは最低限の線を引くことが、自分たちの安全を守る上で必要不可欠だと。
それでも、エアの様子が気になる。
「何か言いたかったんですか?」
「いや、あの鱗もらいたかったんだ……」
その返答に虚を突かれる。魔物の中でもかなりの硬度を誇る鱗。確かに、素材としてはレア物だろう。
「あー! お前、なんでそれを早く言わないんだよ! こっそり剥いでくればよかっただろ!」
「それは卑怯だろ」
「うっさい! 戻るぞ!」
踵を返すダンプの首根っこを捕まえる。
「ダメです。これからすっごく忙しくなりますから」
ニコリと笑うと、ダンプがげえと口と顔に不満を出す。
「人遣い荒すぎだろ」
「仕方ないよ。マネージャーだからな」
思わず笑ってしまった。声をあげて。
これくらいで良いのかもしれない。これから起こしていく戦いがたとえ悲劇になろうとも、そこまでの道筋はこれくらいの気持ちで良いのかもしれない。
エアとダンプが笑い出した顔を惚けた顔で見ている。
「おい、こいつ大丈夫か?」
「俺もこんな風に笑ったとこはほとんど見たことないって言うか、どうしたら良いのか……」
「ねえ、そろそろ話して良いー? 黙ってろって言うから我慢してたんだけどー」
賑やかな会話を交わしながら一行は森を抜ける。
モヤに覆われた洞窟はひっそりと木々の間に隠れていった。




