オランの嘆き
どうしてこうなったのだろうか。
オランは無残にも真ん中からポキリと柄の折れた槍を見た。
黒一色で埋め尽くされているはずの黒玉の間は強烈な光に包まれ、昼かと見まごうほどの明るさを保っていた。
オランたちオオトカゲの魔物にとっては、眩しくて目が開けられないほどの明るさだ。
オラン含め部下たちは皆、いつもの半分程度の視界しかない。
しかも、周りには人間の匂いが充満していて、いつでも吐きそうなくらいなのだ。
「なんだ! そんなんで終わりか!?」
オランと同じ武器のはずなのに、変幻自在にその刃の形を変える風変わりな槍を持った男が眉をあげながら挑発する。
ギリギリと歯がなる。
あの、黒いスーツの男、カイと言ったマネージャーが戦わないのなら反旗をひるがえすのもありかと思ったが、土俵が相手に有利すぎる。
「はい、カットカーット!! ちょっとそこのオオトカゲの王様、セリフセリフ!」
そして、このふざけた状況だ。オランは憤る。
『カメラ』と呼ばれた箱型のものをオランたちに向け、不遜にも命令を下してくるこの腹の出た男をひと思いに丸呑みしていないのは、ひとえに後ろにカイが大きなモヤを傍らに控えているからだ。
カイは黒玉の間に皆を集めて、巨大な大男を出したかと思えば周りにモヤを作り出し、そこに女子供を入れてしまった。以前に力の差を見せつけたにも関わらず、人質を取ったのだ。オランはどれだけ屈辱的だろうとカイや腹の出た男の言うことを聞かざるを得なかったのだ。
「そこは『これで終わりだと思うな!』ですよ! そして、最後の手段として奥義をだすんです!」
絶対に面白がっている。以前契約を結ばされたときの殺伐とした雰囲気をカイは全て消し去っている。口元には笑みが浮かんでいるのを隠そうともしていない。
「ぐ、グワー! これで終わりだと思うな小僧! 最終奥義、花火!」
もうヤケクソだ。折れた上半分だけで、グルグルと槍を回す。こんな技などもちろんない。
「これで終わりだー!!」
「させるかー!!」
残像とともに振り下ろした槍を、鞘をつけたままの剣でもう一人の男が受けようとする。オランは、この男が一番自分たちをバカにしていると思っていた。鞘を抜かずに戦うなどあり得ない。打撃用武器でないのだから、威力は半分にも満たないはずだ。それで十分、我々を倒せるということなのだろう。そして、腹の立つことにそんな自分の力量を見誤っている、こいつが勇者エアだと言う。
スピードの遅いその動きに合わせて、エアが傷つかないように力を調整し、できる限り強めの攻撃で受け取れるよう加減する。細心の注意を払ったが、やはり力の差が大きすぎてエアが吹っ飛んだ。
「わ!」
しまった、と思ったときにはすでに遅く。壁にぶつかる寸前のエアをカイが受け止める。
「……オラン様、私言いましたよね? 勇者にケガをさせないでほしいと。ここからが稼ぎどきになるんですから、注意してください」
「す、すまない」
物腰は柔らかいが目が笑っていない。そのカイの迫力に思わず謝ってしまった。部下たちの前で面目もないが、部下たちは女や子どもたちのためオランが我慢していると考えているらしい。あちこちで「おいたわしい」といった言葉が聞こえてくる。
「えー、でもカイくん。アクションっぽいのも撮りたいんだけどなあ」
腹の出た男がカメラから顔を外して、クネクネしながらカイに言う。それにしてもあの話し方はなんとかならないのか。人間というだけで臭くてかなわないのに、あの話し方のせいであの男が喋ると頭も痛くなる。
「理想を求めるあなたの姿勢は評価します。それが気に入って頼んだのですから。けれど、私も勇者のマネージャー。そうやすやすと勇者を危ない目には合わせられません。ですので、その話は却下です」
「ええ? そんなあ。ちょっとだけ。あっちのお兄さんでもいいから! ちょっと吹っ飛んでみるとかさ」
なんて命知らずな。オランはその肝の座り方に驚く。カイの負のオーラを前にして、ああも言葉を重ねられるとは。敵ながら感心する。
「それでは、この話はなかったことにさせていただきます」
「ああ! ごめん、わかった! このままやろう!」
カイが踵を返そうとすると、腹の出た男がその腕にすがった。
「このままやる! もうワガママは言わない!」
カイが無表情に腹の出た男の手を払った。
「いいですか。我々は他に頼んでもいいんですからね。魔物のボスとの戦いなんて、撮影できる機会は二度と来ないですよ。あなたのいい画を撮りたいという願望も出世も果たせなくなります。いいですか。その点を肝に命じてください」
コクコクと腹の出た男が頷く。くだらない願望や出世のために、こんな馬鹿げたことを強要されているのかと思うと、オランもバカバカしくなってくる。
そんな気持ちをなんとか抑えているのが。
「オラン様もお願いしますね。これが終わったら、ここを他の勇者が通れなくなるように細工しますから」
そう、この約束だ。戦いのない平穏な日常を。魔王様の恩には報いたいが、部下やその家族たちが傷つくのは見たくない。魔王を倒しに行こうとする勇者たちがこの場所を通ることができなければ。
考えに考えた。そしてそれは、反旗をひるがえすよりもよほど魅力的だった。
オランもこの約束がなかったのなら、殺される覚悟でカイへ挑んでいたかもしれない。
「約束を守ってくれるのならば、私もまた約束を守ろう」
オランは槍を構え直すと、また細心の注意を払って戦いを再開した。




