ダンプ、仲間になる
「それで、このおチビが翡翠の石に憑いたと」
エアが具現化したスノウを、マーガレットはしげしげと見つめる。
指でつつこうとして、その指はスノウを通過した。
「あれ、私は触れないのか」
「もう! それ、ダンプにもやられた!」
スノウが指の残像を振り払うかのように首を激しく振りながら抗議する。
「ダンプにも説明しましたが、触れられるのは共鳴者だけなんです」
「そ、そうか。それで、よくそのグリムとやらが大人しく帰ってくれたな」
急に話を変えたマーガレットに、気恥ずかしかったか、とジオだけが気づく。
マーガレットが自分の三つ編みの先をいじりだす。
「それが、緑色の光が辺りに広がった途端に、グリムの動きが止まりましてね」
「面白いことになった。もう少し生かしておいてやるってさ」
それがグリムの言葉の全てではなかったが、ダンプはあえてその部分には触れずに話を通す。カイが腕を組みながら、ダンプにだけ見えるように指で丸を作った。ダンプも一つ頷く。
「あ、あの、その時――」
エアは思わず口を噤んだ。緑色の光はスノウが発した。そのあと、とても残虐になったことを言った方が良いのか。スノウをそっと横目で見ると、スノウは無邪気にエアに笑いかける。ジオがそっとエアの肩に手を乗せた。スノウの異変については話さない方がいい。そう言われていると理解した。
「ん?」
「あ、あのー、そう! ダンプが助けてくれたんだ」
マーガレットの問いかけに慌てて答える。
嘘ではない。ダンプが鞘を投げてくれなかったら、スノウは暴走したままで、ここらあたりは血の海になっていただろう。
「なんだ、うちのバカ!息子も役に立つんだな」
「うるせえな」
ニヤリとした顔を納めてマーガレットがカイを見た。
「深追いしなかったのは懸命だ。たとえアリアが奪われてしまったとしても、全滅では助けにも行けないからな」
これまでの話でグリムがどれだけ規格外の強敵なのかはマーガレットにも想像がついている。引き際を見誤って待っているのは勝利ではない。死んで守れないのなら、死なずに渡して取り返す方が何百倍もマシだ。今すぐに殺されるわけではないのなら、体制を整えた方が利がある。
「それで、助けに行くんだろう?」
マーガレットの問いにエアが力強く頷いた。
「グリムっていう奴も魔王を狙ってるなら、俺たちと目的は一緒だからな。先に魔王のところまで行って、アリアを探してくるよ!」
だからさ、とエアが続ける。
「ダンプも一緒に行こう! 人数は多い方がいいし、俺たちも心強い」
カイがため息をつく。
「本当は厳選したいところなんですけどね。仕方ありません。スノウの石や武器もみてもらえますし、まあ及第点というところでしょうか」
「ほら! カイもオッケーだって! 言い方悪いけど、照れ隠しだから!」
「ちょっと、エアは黙っててください」
それで、どうします?
カイとエアがダンプに笑いかける。
「うちのことは任せておけ。俺と母さんがいれば大丈夫だ」
「むしろ、腕が鳴るな。今度はどんな罠を仕込んでやろうか」
ジオとマーガレットの許可も取った。あとは頷くだけだ。そうわかっていても、ダンプはなお首を縦に振ることができない。一緒に行けば、きっと楽しい。それがわかっていた。わかっていたから、頷いていいかがわからなかった。ゴクリと唾を飲み込む。
「俺は、ここに――」
「あーあ。あなたがそんな腑抜けだとは思いませんでした」
「なっ!」
「もういいです。行きましょう。引きこもり自宅警備員にいきなり外に出ろなんてムチャだったんです。少しは骨のある奴だと思っていましたが、見込み違いでしたね。助けてくれとどうして言えないのか、とアリアに言った人とはとても思えません」
カイが踵を返す。エアはダンプの顔を覗き込んだ。手をつないでいるからか、スノウもダンプの顔を覗き込んだようになる。子ども二人に心配されているみたいだ。
「何か、気になることがあるのか?」
その言葉に思わず、マーガレットの顔を見た。
目が合って、マーガレットに軽く小突かれる。
「バーカ。いいんだよ。行ってこい。お前はお前の人生を生きていいんだ。ダンプ」
笑いながら背中を押される。それを待っていたかのように、一歩よろけてカイの横に躍り出た。
「マザコンはもっといりませんよ」
横目で睨まれる。
「俺はマザコンじゃねえし、腑抜けでもねえ」
「へえ、それじゃあ、どれだけのものかこれから見せていただきましょうね」
「望むところだ。俺についてこれなくてベソかくなよ」
「あなたこそ、途中で母親が恋しくなって泣いても帰れませんからね」
「バーカ。誰が泣くか」
そんなやり取りにスノウがキュッとエアの手を握り直す。スノウと目があうと、緑の瞳を細めて笑った。
「楽しいね」
「そうだな」
ダンプの背中越しでは、ジオが眩しそうに皆の様子を見ていた。




