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勇者、剣を盗られる

 夕飯は白米とダチョウに似た魔物の生んだ卵だった。宿の食堂では、テーブルの広さ以上の人間が皿を並べてご飯をかきこんでいる。

 カイは、いつものようにダチョウの卵を割って米にかけ、醤油を多めに足して味を濃くした。エアは先ほどの女のことを引きずっているのか、箸の動きが鈍い。

「いつまでもメソメソしないでください。もうすぐ、南の大物と戦うというのに、覇気がなくては困ります」

 ダチョウの卵は弾力が強い。白米を白身で包むように掬って、カイが口に運ぶ。

 背筋を伸ばしたカイの箸を持つ手がキレイで、食べているものはただの卵かけご飯なのに、何かのフルコースを食べているかのようだと、エアは感じた。

 いすが足りないので、エアもカイもそこらに転がっていた空樽と裏返した瓶ケースに座っているが、カイは妙に品がある。

 エアはそんな様子を観察しながら、カイの言葉を反芻した。

 メソメソするな。大物と戦う。大物と?

「え……、じゃあカイ、とうとう出発するんだな!?」

 米と卵をつつき回していたエアが大きな声をあげた。

「はい。調整はすみました。缶詰め貧乏生活も終わりです。チームメイトを増やしに行きましょう」

 エアの暗かった表情に生気が宿る。

「やっと、始まるんだ!」

 エアが立ち上がり「がんばるぞー」と叫ぶと、ガツガツと米と卵をかき込んだ。

 周りから「うるせーぞ!」という声が上がったが、それもご愛嬌とばかりにエアは終始ご機嫌な様子で夕飯を終えた。

 部屋に戻ると、早速装備を整える。エアは、マントを羽織って回ってみたり、自分の持ち物から身につけておくものを選んだりと、まるで遠足気分だ。

 カイは、部屋の隅に据えてある金庫を手に取った。これでもかと厳重に鎖を巻いた上に、無理やり開けようとすると手に電撃が走る仕組みになっている。

 金庫をひっくり返し、底のくぼみを引っ張る。底の一部が引き出され、中の紙幣を取り出した。

「いつ見ても、厳重だよな。その金庫」

 エアが後ろから顔をのぞかせ、金庫に手を伸ばす。

 ぐるぐると回して、側面の通常の扉側に手をかけ開けようとする。

 思わず、うぎゃっと声をあげ、金庫を放り投げ、そこそこに重みのある金庫はエアの足に直撃し、さらなる呻き声をあげていた。

「最後にはお金がモノを言いますからね」

 うずくまるエアに5000ゴールドを渡しておく。エアは涙目になりながらも、明かりにすかして紙幣を見上げる。

「おお、久々に見た。スカイ様のご尊顔」

 紙幣には歴代の戦歴を残した勇者の顔が描かれている。

 スカイ様は、紙幣に描かれた勇者の中で生存する唯一の勇者だ。エアの故郷の英雄でもある。

「落とさないでくださいね」

 エアは「よっ」と声を出して立ち上がると、首から下げている小さな袋に紙幣を詰めこんだ。お守りだとエアはかつて言っていたが、そこに何が入っているかはカイも知らない。

 カイは、自分のスーツの手入れをし、靴にワックスをかける。

 そろそろ準備ができそうだと、エアを見やると、申し訳程度の広さの押入れに頭をつっこんでいた。

「おかしいんだよなあ。ここに置いたと思ったんだけど」

 押入れの中をのぞくと、エアは首をひねりながら、次々と物をひっぱり出しては戻すことを繰り返していた。

「どうしたんですか?」と言うカイの声に振り向く。

「なあ、俺の剣知らない?」

「……え?」

 カイの動きが止まる。エアが持っていたのはごく普通の剣だが、それでも剣であることに変わりはない。

 この国では、魔王を討伐する勇者には、剣を持つことが義務付けられていた。勇者でなければ、国からの報奨金は出ず、歴戦の勇者として名前を連ねることもない。

 その剣の生産は国の権限で厳重に管理され、本数の限られた剣を取り合い、人間同士でも争いが起きているが、魔王を討伐する上で、弱い者が無謀な挑戦をしないようにする配慮だと説明されている。

 それがたとえ柄に翡翠の石がついているくらいの簡素なものであろうと、勇者の最大の象徴である剣がなくては、これからのプランに影響が出る。

「確かにここに置いたんですか?」

 押入れは広くない。一目見ただけでも、ここに剣がないことはわかる。

 それでもエアは納得いかないから、中を引っかき回しているのだろう。

「うん。あの女の人が来た時に、ここに置いておいたの覚えてるから確かなんだけど……」

 拾っては投げ、投げては確かめてを繰り返し、エアの唇は生気のない白色に変わっていった。

 血の気がなくなる、と言うのはこういうことだろう。

「エア」

 思わずため息が出る。性懲りもなく探し続けるエアに怒りを通して呆れるしかない。

「それは、率直に言って、盗られましたね」

 エアの手が止まる。一拍おいて――。

「えーーーーっ!!」

 エアの声が響き渡った。

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