災厄の姫君
エアの背中にくくりつけてあったはずの剣は、目の前に鞘から抜かれた状態で浮いていた。
エアの頬からは赤く染まった血が流れている。スノウが光を発しなかったら確実に目が見えなくなっていたはずだ。
燃えるように熱い血に一瞬ぼうっとする。エアを正気づけるかのようにスノウが叫んだ。
「エア! つかんで!」
スノウの放った緑の光に魅せられたまま、エアの手が吸い寄せられるように剣の柄を掴む。
黒装束の男がちっと舌打ちをしたかと思うと、後ろに飛びすさった。
「逃さない!」
翡翠の石が怒り狂ったように明滅し、エアは何も考えていないのに、剣を横へとなぎ払っていた。
一陣の風と共に、かまいたちにも似た刃の残像が黒装束の胴をえぐる。
「――ッぐは」
衝撃と肉をえぐられた反動で、黒装束の男が血を吐く。腹から出ている血は瞬く間に床を赤く染めた。
「あなた、操られてないわね」
エアは剣に引っ張られるように膝をついたままの黒装束の男に近づき、腹に剣を突き立てる。
ぐりぐりと剣の切っ先が腹の傷を押し拡げる。エアは肉を押し切る感覚に思わず目を閉じた。
「――!」
「ほら、痛いでしょう? 解放してやるとでも言われたの? グリムも爪が甘いわね」
剣を避けるように横に転がる男の足の裏を寸分たがわず床に縫い付ける。
勢いのまま突き刺された剣はシールドの反動を受け、エアの手に痺れが走った。
「う、ああああああああああ!」
痛みから男が獣のように咆哮をあげる。男の絶叫に耳を塞ぎたいにも関わらず、エアの両手は剣から離れようとしない。
「ス、スノウ……」
「スノウ、それではエアの手が!」
「逃げていいなんて言った? なぜエアを傷つけたの?」
「や、やめ」
エアとジオの声が耳に入っていないかのように、スノウは剣を閃かせ次は右の手の平につきさす。
「が、ああああああああ」
「次はどこがいいかな? 痛みを感じながら死なせてあげるね」
怒りに瞳を染めらせたスノウの姿が見える。
白銀だった髪は鮮血の色に変わり、蛇のようにうねうねとスノウの周りを動き回る。
「スノウ……スノウ! やめてくれ!」
ありったけの声を出して、エアは両の手に力を込めた。
エアの静止にも関わらず、振り上げた剣が降ろされようとした瞬間。
「ダンプ、鞘を!」
カイの声が響く。と同時に、背中が浮き上がった。
「おらよ!」
ダンプが器用に槍で鞘を取り上げ、宙に放った。エアは決死の思いで、剣ごと横に吹っ飛び鞘めがけて剣を突き出す。
まるで、鞘に意思があるかのように剣の切っ先から緑色の光とともに刃が収められていく。
ぐるぐると剣を胸に抱きながら、エアが横に転がる。辺りは静寂だけが残り、黒装束の男のうめき声だけが聞こえる。
他の敵たちは戦意を失ったかのように床に転がったままだ。
「エア、大丈夫か!?」
ジオが駆け寄ってくる。エアは片手を床につき、いつのまにか上がっていた息を整えながら、胸に抱いた剣をゆっくりと胸元から引き離した。
「スノウ?」
「……ん、んー。あ! エア大丈夫!?」
まるで何事もなかったかのように、翡翠の石が明滅する。
「俺は、大丈夫だけど……、スノウ、覚えてないのか?」
「え? 何が? あれ? 戦い終わったの?」
とぼけたような声にエアの肩がゆっくりと落ちる。いつのまにか、肩に力が入っていたようだ。ゆっくりと剣を抱き直す。
「これが、災厄の姫君、というわけですか」
カイがぽつりと言葉を漏らした。




