スノウの具現化
カイが「ちょっと失礼」と言いながら、左手で剣をつかみ、翡翠の石に右手の指を伸ばした。
「ちょっと、ちょっと、大丈夫なの?」
スノウは腰が引けたように、心持ちカイの手から離れようと、剣の柄をよじっている。
「霊魂?」
「魂と何が違うの?」
「魂はあくまで生命の核であり、肉体もしくは物体として生きているため、それ自体に実体はありません。つまり、魂が宿っているものから取り出した状態で保つのは無理です。翡翠の石に宿っている魂かと思ったのですが、エアが見えると言うならば、おそらくそれは霊魂。霊魂には実体がある。それならば、石に霊気を紐付ければ宿っているものから外に出せるはずです。幽体離脱みたいなもんですね」
なんだか難しいが、できることはわかった。
「なに、お前、霊魂てやつが見えるの?」
エアは首を横にふる。霊感のれの字もないような人間だ。見えるわけない。
「共鳴ですよ。エアとスノウの魂は近しいみたいです」
「共鳴?」
「ごく稀にありますね。すごく魂の相性が良いとでも言えばいいでしょうか。そして、この具現化にはその共鳴者の力が必要です」
カイが「大丈夫そうです」と言って、エアに剣を渡した。右手の指をウネウネとさせながら、準備体操みたいなものをしている。
「実体があるとはいえ、霊とは違います。霊はこの世ではない世界に生きているものたちなので、私が実体を含めて召喚することもできます。しかし、霊魂は、この世にいるけれど宿る場所がなくなったものたちです。仮初めの住処と霊魂はとても不安定なつながり方をしています。その仮初めの住処と霊魂を紐づけるには、それら双方と共鳴する魂が必要なんです。私が霊を召喚するときと似ていますね」
「わかったか?」
ダンプがエアを横目でみる。エアは剣を持ったまま首を横に振るしかない。
「で、どうすればできるの?」
翡翠の石を明滅させてスノウが弾むように聞く。
「エアは剣を両手に持って。そうですね。構えるときと同じで良いですよ。そこから、右手をゆっくり離してください。私がスノウの気を引っ張り出すんで、それを掴んでくださいね。剣も離しちゃダメですよ。スノウは私が掴んだら出てくるように頑張ってください」
「いやいやいや! まったくできる気がしないんだけど!」
「たぶん、やってみればできます」
「嘘だろ、ちょっと待って!」と言っている間に、カイが翡翠の石に右手を掲げ、ゆっくりと指を宙に絡める。と、一気に引き抜いた!
「スノウ! 来てください!」
「オッケー!」
軽くスノウが答えた後に、翡翠の石からブワッと濃い空気の塊みたいなものが出てくるのがわかった。上空に向かって飛んで行くそれを、夢中で手で掴む。
スルスルと手から抜けていく感覚だけがあった。
「違います! 手を掴んでください!」
「手なんてあるかよ!」
エアは必死で目を凝らすけれど、空気の塊から手が見つかるはずもない。
この間にも、空気の塊は上空に立ち上っている。
「ちょっと、私、まだ消えたくないんだけど!」
スノウが叫ぶ。
「イメージしてください。エアが見えたスノウの姿。それが気のどこにいるのか探すんです!」
空気の塊はいよいよ勢いを増して、風圧が起こっているかのように、周囲の物を震わせていた。
考えろ、イメージ。イメージだ。
空気の塊をじっと見つめる。
白い髪の緑色の瞳、水色のワンピースに白い腕。
そして白い手。
「エア! 早く!!」
「見えたああ!!」
エアは、空気の塊の中に右腕を突っ込むと、一気に引き抜いた。
空気の塊が割れ、衝撃のような風がエアたちを駆け抜ける。
「上出来です」
「本当にやればできるもんなんだな」
気づくと、エアは思わず目をつむっていたらしい。
咄嗟に、右手を見る。そこには――。
「私、大丈夫? 生きてる?」
「とりあえず、迷子にはなってないみたいですよ」
白銀の髪が風もないのになびいている。肌の色が白いからか翡翠の瞳と赤い唇がよく目立つ。可愛らしい容姿だ。右手を胸に当てて、ホッと息をついている。
剣の柄と同じくらいの背丈だ。実態も薄ぼんやりとしている。
これが、スノウ。
「よかったあ」
エアは、自分の右手をもう一度見る。
薄ぼんやりとしているはずなのに、エアはスノウの小さな左手をしっかりと握っていた。




