宝石箱
俺は昨日と同じくトルの森に来ている。
相変わらず森の中は薄暗いが、来るのも二回目とだけあって慣れている。昨日のように尻込みはせず、奥へと進んで行く。途中、首が折れたローウルフを見つけた。もちろん変化はなかった。
ローウルフの死体から近くに大きくはないが、池があった。池の回りを見渡すと水を飲んでいるまま静止したローウルフがいる。
自然と握る剣に力が入る。
剣を使うのは初めてなのだ。心の中で「上にあげて、下に降り下ろすだけ」と何度も唱える。唱えているときに気がついたが、この動作は鍬で畑を耕す作業と似ている。鍬の動作なら体に染み込んでいる。畑を耕すときは、重い鍬に力を無駄なく入れ、最小限の力で最大限のパワーが出るようにしていた。この動作は、手に握るのが剣でも自然と行うことが出来た。
降り下ろされた白銀の刃は、ローウルフの首を空気でも切るかのように滑らかに切断し、勢い余って、地面までも切りつけて停止した。
「す、すげぇ…」
自分で降り下ろしておきながらも、驚嘆の声が漏れる。
ローウルフ一匹倒すのに手間取っていたというのに、剣を使ったら数秒で倒せてしまう。昨日の俺が馬鹿みたいだ。
再び辺りを見渡すと、水色の物体が目に留まった。これは有名な魔物、スライムだ。もしやと思い、池の中を覗いてみると、水中でスライムが何十匹も停止しているのを見つけた。セカイはスライムの説明を始めた。
「これはスライムですね。弱い魔物ですが、スライムが所持しているスキル、『下級水術』は、冒険者必須のスキルとよく言われています」
セカイが言うには、『下級水術』は、攻撃などには向いていないが、自分で水を作り出し、旅の途中で風呂が無くても体や頭を洗えて衛生を保つことができるらしい。
これは是非とも手に入れたいスキルだ。
まずは水辺にいるスライムが標的だ。スライムに近づき、剣を降り下ろす。剣でダメージが通るかと心配だったが、スライムの体は真っ二つに割れ、形を保っていられなくなり、ただの水と化した。随分と呆気ないが、これで倒せたのだろう。続いて池の中にいるスライムを倒すべく、俺は服を脱いでパンツ一枚となった。
パンツ一枚で手には剣を握りしめ、池の中へと入って行く。水中のスライムは見えにくく、さらに剣も振りにくい。だが、一撃で仕留められるのでそんなに時間はかからなかった。
池の中の最後の一匹を水に変えたとき、やっとスキルを手に入れることができた。頭の中に文字が表示される。
『下級水術』 【水に慣れろ】…精密さや水量には限度があるが、水を操る。
三つ目のスキルにテンションが上がる。手に入れたからには早速使うしかないだろう。とその前に服を着ておこう。
俺は腕を持ち上げ、前方の木に掌を向ける。掌から水が出ているイメージをする。そして、「『下級水術』!」と唱えた。
俺の掌からは、ホースから出たような細い線の水だった。
まぁ、名前に下級って付いてるしこんなものか。俺はある程度、予測はしていたのでそれほどショックではなかった。
次にシャワーのようなイメージをしたところ、出ている水も、一本の細い線だったのが、何本にも別れ、イメージした通りの形状になった。
だが、セカイの言うとおり攻撃には使えそうにない。
池から離れ、再び魔物を探す。
まだトルの森では、ローウルフとスライムの二種類としか遭遇していない。といっても、トルの森は大きいので多種多様な魔物が生息しているはずだ。
俺は捜索を続ける。捜索の途中、セカイが「先ほど、『下級水術』は、冒険者必須のスキルと言いましたが、実はまだ必須スキルがあるのです。まず、『下級水術』の他にも下級系スキルはあります。その中でも、大抵の冒険者が所持しているスキルが、『下級炎術』『下級風術』なのです。水、炎、風のスキルが無ければ長旅をするのは厳しいでしょう。つまり、長旅をする冒険者にとって必須なのです」
セカイの説明を聞き、俺は冒険者必須のスキルを一つしか持っていないことに気がついた。
よって、俺の目標が決まった。それは、「とりあえず、必須スキルを揃えよう」という目標だ。 そのことをセカイに話すと、「小さな目標としては良いと思いますよ。でも必須スキルを揃えるのに長い時間をかけるのは良くないですね…。そうですね…決めました。ベンには一年以内で必須スキルを揃えてもらいます」と新たな目標設定をしてくれた。
だが、ここで一つ疑問が沸いた。残り二つの必須スキルを揃えるのに一年も必要なのか、という疑問だ。
その疑問をセカイにぶつけると、「確かにあの三つのスキルは必須です。ですが、旅をするだけが冒険者ではありません。他にも冒険者として揃えておくと便利なスキルは、たくさんあります。それらを全部集めるのに一年では足りないくらいです」と答えた。
もちろんだが、セカイは時間の感覚があるらしい。セカイの中で変わらない秒針があると言っていた。
ひとまず、一年の目標は、簡単に言えばスキル集めだ。セカイは、一年では足りないくらいだと言っていたので、かなりハードな一年になる予感がする。
目標も決め終え、スキルの練習をしながら探索をしていた。スキルの練習として水の形を変える実験を繰り返していると、急に目の前の景色が歪み、まるで時が動き出したかのように感じた。だが、実際には時は止まっているのだ。そう考えると、これは目眩だと分かる。あとになって吐き気もやって来る。俺は立っていられなくなり、その場に膝をついた。
「う…ぅ」
俺が吐き気に喘いでいると、セカイは思い出したかのように喋りだした。
「あ、忘れてました。魔力って枯渇するんでした。今のベンの魔力量ではすぐに魔力発作が起きてしまいます」
何分かすると目眩も少し引いてきた。もちろん気持ち悪さは健在だが。俺はおうむ返しの形で聞き返した。
「ま、魔力発作?」
「魔力発作です。魔力を限界まで使い果たすと、さっきのベンのように目眩など、酷いと気絶することもありますね」
なんでそんな大事なことを早く言ってくれなかったんだ…。だが、これで気がついたこともある。それは、俺の魔力量が雀の涙ほどということだ。スキルを数回使っただけで枯渇してしまったのだ。これには相当ショックを受けた。
スキルをたくさん揃えても魔力量が少いのでは、宝の持ち腐れだ。魔力量を上げたい。
「セカイ、魔力量ってのは上げられるのか?」
「はい、もちろんです。魔力量を上げたいのなら、方法は一つです。そう、レベル上げです。レベルが上がれば、ステータスも同様に上がります」
「結局レベル上げしかないのか…」
「そうですね…しばらくの間はスキルの多用はしないほうがいいです。充分な魔力量になったら存分に使いましょう。それまでは、ひたすらに魔物を倒して経験値稼ぎです」
うん、先ほどのハードな一年というのを訂正しよう。超ハードな一年になりそうだ。
魔力発作を起こしてからしばらくの休憩を挟んだ。まだまだ体の底が重く感じて怠いが、動けないほどではない。俺は体に鞭を打って魔物の捜索を再開した。
森の中を歩いていると、体感的にかなり森の奥まで来ていると感じた。時が動いていなくても、森の雰囲気が暗くなっている。明らかに最初より空気が淀んでいて、息苦しくも感じる。魔力発作を起こしたからなのかもしれないが。
辺りを見回すと、俺の近くには巨大な岩があり、その先には倒木した大樹がある。そこには新たな芽が生えている。横になった大樹を越えるとそれ以降は道が続いてなく、傾斜の緩やかな崖になっている。
俺は大樹を跨いで崖の側まで近づいて、崖の下に視線を向けた。
崖の下には平地が広がっていた。だが、その平地には地面を覆い尽くすほどの魔物の姿があった。
視認できるだけでもローウルフやスライムが数十匹は居る。それだけではない。見たこともない魔物同士が互いに争い合っている状態のまま停止している。少し見える地面にはどす黒い血が飛び散っている。まさにこの世の地獄のような光景であった。
俺が崖の下の衝撃的な光景に唖然としていると、セカイは、これまでにないテンションで言った。
「経験値の宝石箱や……!!」