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「碧」14歳。さきほど65歳の老婆に転生しました!  作者: 北佳凡人


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逃げるのも戦いなんだよ




「紋章の07プラス闇抜(ジョイン)。王都サカトエールデ転移の間へ」


 その指揮官、ドットライデン将軍は碧を連れて転移していった。

 碧たちがいなくなった直後の王都郊外、風を阻む森のはずれでは、近衛騎士がひきいる合わせて2000人超えの軍は、無言で命令を待っていた。


 副騎士長バーリィ・スキレードは、折れた大剣を地面に突き立てると、2メートルある体躯を力みなく直立させた。二歩ばかり前にいるのは騎士団長補佐クリア・ファイ・ウィドネス。自らを大きくみせようと11歳の小ぶりな背中をせいいっぱい伸ばすと、2000人の威圧にも負けない声で、将軍の副官へ主張した。


「そちらの言い分に従い、辺境伯代行の妻であり、我が祖母、エリザバトラー様をお渡ししました」

「うむ。たしかに受け取りました」


 副官が鷹揚な態度で返答。地方の領主の子供と明白に侮ってる。その心中を隠そうともしてない。


「では彼女と将軍が交わした先の約定、果たしていただきましょう。ただちに我々を解放して辺境伯領に返していただきたい」

「それは、できかねますな」


 いかにもめんどくさそうに、首を鳴らす。侮蔑的なしぐさだが、いちいち気にかけるクリアでもない。


「は? なぜでございましょう。理由をお聞かせください」

「そなた方が、新しい謀反をひきおこすからだ!」と半眼で、今度は面白いものでも見るようにしてから、『やれっ!』と魔術で拡声した。


 すると、その左翼30メートル。騎兵の列が分かれて後ろから二人の魔術師が現れた。一人が黄色のギザギザの棒を空中に投げつければ、一人が両手平で20センチ大の円を形つくり、レンズの焦点でもあてるように片目で覗き込んだ。


「クリア、下がれっ」

 バーリィ・スキレードが、好奇心の瞳でみつめるクリアの頭を地面に押さえつけ、自分は上に覆いかぶさる。


「紋章の08 闇雷(ライトニング)

「紋章の07 闇抜(ジョイン)


 魔術師二人が呪文を唱えると、ギザギザの棒は空中に消え、そのわずか一瞬後。


 ピカっ!!!!

 ガガガガーーーーーンンン!


 雲の無い天空から、大きな落雷が叩きつけられたのだった。

 雷光で眼がくらむ。十分に明るかった日中の草原を、草の影を一蹴する光が完璧に消し飛ばす。間髪おかない雷鳴の音が暴力となって、鼓膜どころか衣服さえも押し揺らす。


 しばらくして、息を忘れていたスキレードが眼を開いてすぐさま庇った少年を抱き起こす。


「生きてる、よな? クリア」


 護衛対象の名を呼ぶと、身体の下から非難の声が漏れてきた。


「お」

「お?」

「お、重いです、スキレードさん」

「ああ、わるい」


 かぶさったスキレードがどくと、王都軍の副官が同じタイミングでうめいた。


「ちっ、外したのか? おいそこの。魔術具も無料では作れないんだぞ」


 地面を蹴って立ち上がったクリアは、発達してない肩を怒らせながら抗議する。


「どういうつもりですか副官殿!『この場の件が辺境伯の謀反嫌疑判断に利用されることはない。』とエリザバトラーを連れていった指揮官がおっしゃってたのはウソですか?攻撃するとは、冗談ではすみませんよ」

「左様。先程の場の件はあれで収めた」

「ならば……」

「知れたこと。新たな謀反の疑惑の受け付けたまでだ」

「謀反の疑惑? 受け付ける?」

「疑惑認定されぬよう肝に銘じ、一語一語、一挙手一投足に気を配るのだな」

「何をバカなことを……」

「バカと言ったか? 王都騎士を侮辱する言葉しかと聞いたぞ。ほう、どうした。その攻撃的な眼は。かみ締めてる歯も牙を剥きそうだな。謀反の意思ありとする材料が勢ぞろいだぞ。ちと歯ごたえは足りないが、謀反であれば粛清するのが王都軍の勤め。蹴散らしてやろう。ふふふふ。はっはっはっ!」


 副官は、こだまが跳ね返りそうな大声をさらに拡張し、高笑いにわらう。クリアは拳を握る。血の気が失せた真白の拳を、爪が食い込むほど握り続ける。騎馬に護られた副官はとの距離はそう遠くないが、怒りにまかせて単身で猪突したところで、屈強な騎士らにあしらわれ、一点の傷さえ負わることができないだろう。


「これが王都の、国のやり口なの、か……?」


 副官の笑い声が鼓膜の底に反響する。自由と理性が行き届いが辺境伯領でのびのび育ったクリアにとって、生まれてはじめての理不尽だったのかもしれない。


「ムダだ、クリア揚げ足を取られるだけだ。つーか。最初から生かして返すつもりは、ないんだとよ」

「はっはっはっ。そうでもないぞ豪腕の? そこで動かず大人しく眺めておれば、貴様たち二人の命くらい助けてやらなくもない」

「そうか?ならばじっとしておくか。俺は、こいつを助けるためにここに来た。せっかくなんで、このまま五体無事でお家まで連れ帰る」

「刃向かわないと?。拍子抜けだが、まぁ貴様の命だ。好きにすればよかろう」

「そうするよ」


 副官は、折れた大剣を転がしたやる気のないスキレードへの関心を失うと、代わりに、独り言のように、部下へ悪態をついた。


「魔術師めが、予算ばかり食うくわりに使えんな。命令が下りしだい遠征なのだぞ。このような体たらくで、戦に勝てるのか…………魔術部隊長を呼べ」


 眼光を消したスキレードは、その眼の端に背後の仲間をとらえて生存確認。草が燃えてなくなり、掘り起こしたように黒く抉られた地面が雷の落ちた場所。直径にして3メートル。そこからより近い馬車は半壊、二頭の馬も倒れていた。部下たちとはいくらかずれて直撃は免れていたが、いくらか(・・・・)だ。距離はおよそ馬が引いた馬車を3台並べたくらい、何人かは起き上がるのに肩を貸してもらってた。地を貼った電気で身体が痺れたのだろう。


 スキレードが改めて兵の配置をざっと頭にいれる。副官のいる前面の主力は騎兵。左右と後方は歩兵だ。歩兵の数は分けたぶんだけ少ないが、弓兵と魔術師で強化している。そして王都のある背後の森には、形だけの歩兵部隊。仲間が突破できるのすれば薄い陣だが、あの歩兵の服の色が妙に森林に溶け込んでるのが気になる。どうすれば。


(助けにいくヒマは無い。いまはクリアだ)


 本気で突破の算段をしてる自分が馬鹿馬鹿しくなった。2000対10とちょっと。たとえ合流できようとも、どうにかできる戦力ではない。スキレード達だって敵の囲いの中なのだ。中間を見捨てる非常に徹しなければ、脱出はかなわない。


「動けるか? 隙をみてずらかるぞ」

「……ぼくは、ぼくは逃げませんよ」


 クリアと眼が合う。少年は力強く見返してきた。


「はあ? お前さん、何言ってるかわかってんのか?」

「……わかってます。分かってる。だから切り込むんです。せっかく敵のトップがそこにいるんだ。倒すことで主力に動揺がおこれば、たとえわずかでも勝機はあります」


 落ち込んでいるかと思えば、歴戦の騎士でも恐怖で縮み上がる死地にあって、まだ反撃のチャンスをうかがってる。だが、スキレードは小さくかぶりをふる。


「ダメだ。そいつは聞けねえ。勝機があるとすれば、隊長本隊にお前が加わる時であって、こんな負け戦に死ぬことじゃねえ。お前を護っていったん退くのが最上の方法だ。辺境領へ戻るんだ」

「……ぼくは、また、護られるだけなんですね」


 ふっと作った笑顔はさびしそうだった。大雑把に生きて振舞い、周囲を自分に合わせてきたスキレードには、頭でっかちに生まれた弱弱しい子供の葛藤はうかがい知れない。珍しく戸惑いをみせた。


「なに?」


 戸惑いに乗じたクリアが、持論でたたみ掛ける。


「スキレードさん。ぼくだって、死ぬ気はありません。ですが、ほっといても王都軍は辺境になだれこむ。途中の貴族領から兵をかき集めながらね。常に魔物相手に戦っているウィドネス軍は精強かもしれません。お婆様が残した兵術や武具もあるでしょう。ですが、数の暴力には勝てませんよ。魔法村のようにあっけなく蹂躙されてしまうでしょう」

「だから、その作戦を練るため、お前がいるんだろうが」

「あてにしてくれるのはうれしいですが……対峙しては勝てませんね。それよりも、ここで、かき乱しておくほうがいい。それこそがぼくの戦略です。けが人を抱えた王都郡、人数の減ったぼろぼろの王都軍をみれば、あたりの貴族領は中央の力を疑って、兵をだすことを渋るかもしれないんです。いや、きっとそうなる!」

「クリア……すげぇな」


 祖母似だろうか。スキレードは、アリの行列でもいじるような気安さで立案を語るたくましさに、しばし呆然となる。全滅が確定してても悪あがきはできる。スキレードは頭をかき、少しばかり反省すると、純粋に賞賛の声をあげる。


「ぼくたち隙を突けば、あっちのセイラムたちが、なんとかしてくれます」

「セイラム? ああ。広場で成長してた侍女だな? ありゃなんだ」

「お婆様……じゃないか。ミドリさんの入れ知恵で恐ろしい魔法使いになりました」

「そうか頼りになる女がいるのはいいことだ。ははっ。お前には負けた。突っ込むか」

「じゃあ!」

「──なーんて言うと思うか? この場は逃げる! 決定だ!」

「スキレードさん!」

「話しはここまで。俺が合図したら走って逃げる。いいな?」


 死にに行くのではない。背後の味方を、領地を救うため、前に進むのだ。クリアは、わかってもらえなかった悔しさに視線を落とす。小さく震える手で、ウィドネス家の紋章が刻まれたショートソードの柄を硬く握った。スキレードはやる気のない体をだらりと演出しつつ、逃げだすタイミングを探る。

 でこぼこコンビの少し先には、副官に頭を下げる魔術隊の指揮官がいた。


「面目ない副官殿。次は絶対に外さない……」

「もういい。こんなところで貴重な術具をムダにするのば馬鹿げてる。魔術師たちは下がって待機。代わって弓隊を前へ。バカでかい盾で護っていたのは、エリザバトラーだったな。防御役がいないなら矢が効くだろう。『右翼! 第2弓隊攻撃準備だ!。構えろ』」


 スキレードが少年の肩をっぽんと叩いて「いまだっ」とつぶやいた。

 二人は声を立てない。心の中で「だああああ!!!」と気合をいれながら、隙をついた死角から静かに速く前のめりに地を蹴った。陣形の手薄なところをめがけ駆け出したスキレードだったが。


「ぼくだって戦いますよ。この剣で」

「そっちじゃねぇ!」


 クリアは後に続かなかった。

 陣の突破して逃げるどころか、目指したのは真正面、あの副官。一人で切り込むなんてありえない。多勢に無勢どころではない。アリが踏み潰されに、犬や猫の、いや、像の行列に飛び込むようなものだ。「あちゃー」と、自分の額をなでたスキレードは、折れた剣をぶらりと回して、ステップを踏み、方向転換した。


 護衛の騎馬兵らは副官と魔術師の話しに気をとられ、よそ見をしてたが、それでもクリアの接近には気づいた。その後ろから大男が迫っていることにも。


「バカ野郎が! お前にできるわけねーだろうが!」

「スキレードさん!」

「ちぃっ。しゃーねーなぁ。折れた剣でどこまでいけるか。やってみるさ。今度カードで負けろよ!」


 クリアを追い抜き背後にかばったときには、護衛騎士は目前だった。大型馬車もかくやという重厚な体躯を急停止させたスキレード、反動の勢いを借った重い剣は、迅速に、右下手から馬上の左上手の騎士へ、跳ね上げられた。


「つっ」


 一閃。半分に折れた大剣は暴力性を増した大鉈のようだ。騎士の腹から胸を切り裂き、命を刈り取る。痛みを認知する先に絶命したのは、騎士にとっては幸せだったろう。


 振り上げきった勢いを殺さずスキレードは身を翻し、すぐさま、反対の騎士に狙いともいえない狙いをつけると、今度は脚を腿を半分残して切り落とした。ここまでの所要時間は3秒ほどか。大男の接近に気づいたことは、役にたたなかったようだ。二人目はバランスを崩してあえなく落馬。落ちながら騎士があげた悲鳴は警笛となって、動きを認知していた騎士ら意外にも届いた。


 だが『放てっ!!』拡声で号令を下したときにはもう、豪腕スキレードは副官のすぐ左に迫っていた。


「ようっ来たぜ。自分の命、好きに使わせてもらいになっ!!」

「副官殿!」


 血まみれの剣が横に薙ぐ。副官の首はたやすく切りおとせたかにみえた。が、それは、横からでてきた兵のクレイモアに阻まれてしまう。


「我が名はアンガルド・モブライド。剛勇で名を馳せたラズバール・モブライドの末裔だ! 豪腕スキレード! その首打奪り、家名を高めさせてもらう!」


 剣を押し返すのは、スキレードより頭一つほど低い騎士。スキレードの力を折られずに受け止めたことから腕のほどがわかる。大剣同士、力がこもる一合だ。この鍔迫り合の隙をのがさない別の護衛の一人が、危険きわまりない前線から副官を退かせた。新手に舌打ちしつつ深追いを諦めたスキレード。


「名乗りを上げるとはさぞや腕に自信があるとみえる。それだけに残念だ。一人にかまってるなんて贅沢、できんのよ」

「なにを、、うぐっ」

「影から失礼しますっと!」


居るだけで目立つスキレード。おかげで、特段、意識して隠れなくても注目は大男が引き受けてくれる。邪魔を受けないクリアがひょっこり顔を出すと、ショートソードを突き刺した。非力な少年にみえても訓練を受けた騎士の端くれ。皮鎧の継ぎ目からひと突きした剣は、驚く暇も与えずアンガルドと名乗った男の鼓動を止めた。


「最高のスタートだな。手加減なしでいい手札がそろいそうだぜ。わざと負けなくていいぜ」

「僕に勝つのは100年早いです!」

「そうか……なら、長生きしないとなっ」

「はいっ!」


 血に浮かされたような狂気じみた冷たい笑いを二カッと返す。


 矢が放たれた直後、スキレードは周囲に混乱をおこした。クリアの計算どおり、スキレードの存在は大きく、目立つ大男の首を狙った王都軍で腕に自信のある騎士や、手柄を得んとする兵士が殺到したのだ。一時的とはいえ副官の指揮が停まったことも拍車をかけた。


 乱戦は当初、クリアとスキレードに味方した。騎馬は並列の突撃にこそ威力を発揮するが、小回りがきかなず混乱に弱い。歩兵が入り込んでしまい、引くも進むもできなくなった。しかし、動きがとれないのは、二人にもいえること。一撃ごとに離れては次なる敵を狩る動きは、やがて、統制のとれないなだれ込んだ兵らによって、阻まれてしまった。


「下がれよ。おい後方! 押すな!」

『ええい弓隊もか!なにをしてる。右翼騎馬隊押し出せ!やつらを踏み潰すんだ!』


 副官の拡声は聞こえてくるが、実行されているのか、どなっているだけなのか、まったく状況がわからないスキレード。

 剣を振ろうと腕を動かそうにも、敵の身体が邪魔をする。敵も手に手に剣を持ってはいるが味方を傷つけるの恐れて、攻撃できないでいる。いやむしろ、男たちのむさくるしいバトルロワイヤルまがいの押し合いに呼吸すらままならない。それでも、武器は武器。かすったり触れたりしているうち、よろいは切られ腕はとうにむき出しだ。切り傷は確実に増えている。


「く、クリア、いるか? ……おいクリアっ!」


 足元にくっついてる相棒に安否を確認するが。返事がない。


「クリア返事しろ! くっそぉが。こんなんでおっ死ぬってか」


 身動きのままならない団子状態。焦るばかりで、できるのは嘆くことだけ。久しぶりに後悔という言葉が頭を持ち上げてきたとき、ぽんぽん。脚を叩く感触があった。


「クリア……か。い、生きてるな」


 もう一度、ぽん。

 声さえ出せない少年からの、メッセージだった。

 無事を知って安堵するが、事態が好転したわけじゃない。混乱させる目的は達成できたが、これが限界。起立したまま出血多量で気を失うのは眼に見えてる。


(もう満足したろ。足元をすり抜けて、今度こそ、脱出しろ)


 そういいたいが、肺がつぶされ声にならない。

 片手を伸ばし少年の手を振りほどき去れの意思を伝えようとした。


「うああl、なんだ、森が、森が!!!」




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