ヴァーサ村の死闘
「へっ、やるじゃねーか。事務屋のくせに」
「ジムオンです。事務屋ではないと訂正しておきます」
「おう、オレたち3人相手によく善戦したぜぃ。事務屋のくせによ」
「ジムオンです。事務屋ではないと訂正しておきます。それと君たちを見逃したのは、ぼくのほうだと、何度いったら理解できるんですか」
「げっはっはっ! また言った、また言った」
「ぷふっ、頭ん中にオウムでも飼ってんじゃねぇのかっ」
アクスーワとアムブロのからかいに、ジムオンが律儀に返答している。タイムトラベラーをいじるやり取りは、ドワーフ二人のお気に入りになった。脳みそオウム疑惑が浮上するほど、一字一句の言葉を違えないジムオンの返しが、二人には可笑しくてたまらないらしい。
ヴァーサ村の死闘。ドワーフ達が命名した廃村での戦いは、ジムオンの予想に反した一進一退の長い攻防となった。時間差異で時間を制御できるジムオンだが、主にタイムキーパーに出くわした対戦を想定したものだ。碧ですら、たやすく看破できたことからも分かるが、シンプルな一般的物理攻撃には、それほど強く無い。
姿と気配を時間の影に自在に隠すジムオンに対し、ドワーフたちは、背中を触れあわせた三角形状で防御する陣形を徹底した。一枚上手をいったジムオンがアムブロを手中にするが、残るレサルテ、アクスーワの二人がすかさず斧を交差させ、ジムオンのあたりを連続でなぎ払う。
ジムオンの視界の隅に投影されたグラフと数字。時間制御回路がモニターするエリア占有状況だ。ジムオンがいる時間位置は1033ゾーン。過去へ一方的な干渉可能な存在エリアだ。だが、現在時間かだ0.1秒先までを25525分割した1033番目のここは安全な異空間のようでそうではない。0.1を超える滞在異物には侵食されていくのだ。時空占有率は、斧にひと撫でされるたび、1.25パーセントづつ低下していった。ゾーンは時空維持の法則によって修復はされるが、1秒あたり0.72パーセントがMAXだ。一回につき0.53パーセント不足する計算なのに、それがドワーフ二人の連撃だ。
ジムオン自らが認めたように連続攻撃にはもろい。占有時間のきわめて短いレーザーや弾丸ではおこりえない、原始武器ゆえの弱点だ。1033ゾーンを放棄して別のゾーンに切り替えることはいつでもできるが、コマンド発行から放棄・移設・設定変更までには2.8秒を消耗する。
みるみるうち、数字とグラフは減っていく。存在エリアを異物に一定時間、ジムオンの体格であれば32%以上占有を失えば、ゾーン時軸を維持できなくなり肉体が破損。著しくダメージを受けた部位から欠損していく。斧は、闇雲ながら頭と胴体を狙っていて、欠損は即死を意味した。
安全なブルーだったのが、レッドに突入。トータル時間ではほんの3秒ほど。窒息させることどころか二人から引き離すことも無理だ。原始的な金属刃が、次に空を切るまえに、アムブロから手を離して退いた。
6秒ほど間を置き息を整え、滞在ゾーンの設定をやり直す。268ゾーン。桁を変えたのは気分の問題で数字に意味はない。獲物と決めたアムブロを再度攻略にかかる。が、レサルテが頭を抑えて覆い被さる。仕方なくジムオンは、ターゲットを変更した。
「二人とも、手を休めるな!」
「お、おう!」
「わかりっ!」
レサルテは陣形から外れて身代わりとなったぶん、足が宙に浮いてる。小柄なドワーフくらい、と、ジムオンは力任せて引きずるが、アムブロが足にしがみついて離さない。その間も、アクスーワの執拗な斧攻撃にさらされ、またしても存在エリアは時間切れとなった。8.9秒。
「なかなか、しぶといですね」
ジムオンは平静を保ちながら正体を現し、「話しを聞くまで死なせたくないのですが、しかたありません」と、短剣をアピール。すぐまた姿を霞ませた。夕暮れの紅をバックに、見えそうで見えないジムオンの体躯が、ドワーフたちに斬りかかる。
「目を凝らさず、ぼんやり眺めろ! ヤツの動きがわかる」
ジムオンが動くと背景がややボケることに、冷静なレサルテがいち早く気づいた。仲間の助言にしたがって、一点注視でなく、半眼で全体を広くボンヤリと捉えるよう意識するアクスーワとアムブロ。すると、見えなかった敵の姿が、確認できなくなることもなくなった。
「いけるっ。アクスーワ!」
「お、おう!」
「あいつだって、無敵ってわけじゃねぇんだ」
ふいを突かれる瞬間はあるが、腕や足をかすられながらも、3人の陣形は崩れなかった。息のあった連携で凌ぎ深手を負うことのない防御、言い換えれば終わりの見えない長期戦へと突入した。
「……ったくよぉ災難だな。運が悪すぎるぜレサルテは、よっ!」
「オレのせいかよっ、いつも、巻き込まれんのは、アクスーワだろう、がっ!」
「はぁ? 盗賊に捕まったのは、もたもたしたアムブロのせぃだぜ、おりゃ!」
「そうかも、なっ!だが、セイラムちゃんたちに遭ったのは、オレの運だぜ」
「はぁ、やめようぜ。堂々めぐりだ。体力が削られる、ぞっ!」
「そだな腹も減ってきたしよ。運といえば、この村を破壊した王は急逝したぜぃ、あれこそぁ天罰だ。神はみているんだ 、よっ!」
「だったら、こうしてここで戦ってるのも神とやらの思召しかぁ? 」
繰り出される緩急つけた剣をいなしながら、毒舌をかわす三人は、疲れがたまってきていた。何でもいい。何かを話していないと疲労で意識が飛びそうになる。ジムオンとの接触から1時間以上。数合で決まるとされる個々人剣技の戦いでは考えられない、消耗戦。時の経過に斧も重く感じられ、金属の塊を支える両手の筋肉は、とっくに限界を越えて震えていた。紅い空には暗闇が混じる始める。魔物の暴れる時間がそばまで迫ってきた。
いつまで続くんだこれは。
生きて帰れるのか。
帰る?
忘れてた。ここが故郷の村だったよ。
レサルテの心中が、72回目となる一連の自動思考つぶやいた。斧を持ったまま肩をあげて汗をぬぐう。繰言が73回目になろうとしたとき、敵の態度に変化がおこった。
「きりがありませんね。いつかは勝てるにしても、三人同時で出血多量の死にかけでは肝心の尋問ができない。夜になって魔物の餌にされるのも癪ですし。そういうことなので攻撃は中止とします。その代わり、会話には僕も加えていだきましょう」
側仕えの黒服が実体を現したジムオンも、流れる汗をぬぐいながらそう言った。汗は適度な運動後の爽快感といったふう。土に汚れたドワーフ達とは対照的に、憎らしいほど涼しげだ。正面にいたアクスーワが、怒りのまんまつっこんだ。
「ルセエ! 仇のテメエとする話なんかねぇ!」
ドワーフは人間よりはるかに力が強くしなやかだ。三角陣から跳び出したアクスーワは、斧を、筋肉の許すかぎり大ぶりに振りあげて、きゃしゃな人間の首元めがけ袈裟切りに叩き落ろす。真っ二つだ──、斬ったと確信した口元に笑みがこぼれる。だが、手ごたえなく、ジムオンの体をすり抜けた。パワーの乗った斧は、勢い、地面からわずかに頭をだした切り株に、がっきり刺さる。慌てて引き戻そうする。腕は衝撃でジンジン痺れて力がはいらず、生木に食い込んでるから、斧はまったく動かない。
「無駄ですよ。君の攻撃は通じませんって」
背後に回ったジムオンは腕を抑えつけ、さらに取り出したナイフを首に押し当てて、完全に動きを封じた。
「くっ」
「アクスーワぁ!」
「二人とも動かないで。近づいたらアクスーワさんの命はありませんよ」
「レサルテ、オレごと殺せぇ! 不気味な魔法を使うが不死身じゃねえ」
「パカ言うな、 やれるか」
片腕だけで器用に抑えつつ、一方では短剣でけん制。ことのほか上手く決まった事態には、実行者のジムオンのほうが驚いてる。
「はは。最初からこうしとけばよかった。学習が足りないな」
「……」
「僕からの質問です。王が死んだみたいなことを話してたようですが。それが本当ならば、僕の歴史よりも3年は早い。どういうことか教えてください」
「?バカかお前は…………知るか」
いい捨てるレサルテ。歴史がなんだ。どうにも言葉がかみ合わないいぶかしい男だ。新たに出没した短刀に眼が釘付けになるが、態度にぶれはない。それはそれ。村の仇、脅す敵に耳をかすつもりはないのだ。埒があかないなぁと、感じたジムオンは大幅な方針転換を提案する。
「さすが大斧のドワーフさんたちだ。口が堅いなぁ。ならばこうしましょう」
そう言って、首にあててる短刀をすっと消した。
「僕を殺してください」
「何っ?」
「でめぇ正気か」
「だ、だまされるな」
ジムオンは、どよめくレサルテとアムブロを剣先で制し、よじって逃れようとするアスクーワを膝で圧迫。口は変わらず平静に応える。
「僕のことは殉教者だといっておきましょう。正気ですよ。本気だし騙すなんて考えもしません。使命させ果たせれば今すぐ死んだっていいのです。────話を戻したいのですが。王が死んだのはいつの情報です?」
アムブロとアスクーワが怪訝そうに顔を見合わせてると、レサルテが強い口調で条件をだす。
「そ、その、いま消した珍しい短刀をみせれば教えてやらなくもない」
怪しい行動をとれば即座に殺すと確約させたドワーフたちは、なんと、ジムオンと行動をともにすることに決めた。
一行は現在、手に入れた馬にまたがって街道を駆けていた。二頭の馬は道すがら出くわした村人から穏やかな交渉で譲り受けたものだ。いかに高貴な貴族に使えていそうな従僕と、屈強で髭の豊かなドワーフ。この領地で貴族は絶対だし、生来ドワーフは短気で有名だ。4人の暫定パーティーに出会った穏やかな農民は、運が悪かったとしかいえない。ジムオンが渡した代金は、後時保管に格納した賞味期限2年のクッキーだった。
「お前らの関心は間違ってる。ドワーフならあの短刀の素材に驚けよ」
「それどころじゃねぇ。時間差異だっけ、魔物の目さえ欺くなんてたいしたもんだ。夜だってのに、すんなり森を抜けられたぜ」
「同行するオレたちも一緒に見えなくしちまうんだからな、おったまげだ」
レサルテに渡した短刀は一種の魔道具であるが、大量製造されたナノステンレスの市販品。安物ではないが、ジムオンのいた時代では刃物専門店で誰でも購入できた。探究心を刺激され、鍛治魂を抑えきれないのは本音だが、興味はいつしかジムオンという存在の不思議なあやふやさほうにシフト。王都へ急ぐ五人は、緊張を残しつつも打ち解けていった。
「そんなことよりも、僕としては、君たちがエリザバトラーと行動を共にしてたことのほうに驚いてます。あれの中身は七草碧といって、別人ですよ」
「ああ、あれも面白かった。転移に異世界だっけ。助けてもらったし助けたし。なかなかいい仲間だったぜ」
「オレは、あんな年齢不詳の婆さんより、魔法メイドのセイラムちゃんだな」
「いや、チャーリーさんもきれいだったぜ。斧もくれたしな。あの、ツンとしたところが、死んだ妻に…………ぐずっ」
「はっはっ、こいつ自爆してやがる!」
開けっぴろげな女性観を惜しげもなく披露するドワーフたち。深い闇を走る馬の上で、ジムオンは、しばらく忘れかけていた記憶が刺激され、未来で分かれた恋人の顔を思い出していた。
「殉教者とかいったな?」
馬に同乗するレサルテがふいに訊ねた。まかせた操馬も巧みで、短い手足を起用に動かし馬との意思疎通を図ってる。
「さらわれたクリア様を助けにいくのか?」
「それはどうでもいいです。気にかかってるのは、王の死因のほうですね」
「おまぇなぁ。辺境領の次期領主だぜ、助けないのか?」
「王都だってバカじゃない。彼を殺せばウィドネス家がどんな行動にでるか、読めないはずがないでしょう。あらゆる政治力と繋がりと、武力を総動員して、本気で反乱をおこしますよ。それこそ、エリザバトラーの実家のラベンド家にも報せをだしてね」
「ラベンド家ってのは、知らんな」
「隣国の貴族です。エリザは他国から嫁いできてるんです」
「うそだろ。そんなのまで加わるなんて、ただ事じゃねぇな」
「国を巻き込んだ本当の戦争がおこりますね。クリアの命は、担保されてるんです」
「だったらよ、クリア様が誘拐さる理由ってなんだよ。おかしいじゃねーか」
「それを突き止めにいくんです」
裏で動いて王の死を早めた人間がいるはずだ。おそらくそれは、タイムトラベラーだと。ジムオンは推測した。
新規魔法を発展させたセイラム村も、魔術道具を開発したヴァーサ村も王軍の派兵で滅ばさせた。技術拡大に協力したとされる有力商人らも、王に取入って壊滅させてる。もっとも可能性の高かったエリザバトラーは死に、亡骸に転移した七草碧は文明人だが無害。文明の隆盛を左右した魔素鉱石は、結局みつからなかった。唯一の手がかりは後にしたヴァーサ村のシンボルの石柱に埋めてあったもの。レサルテたちに言わせれば、生まれたときからあったもので由来や採掘場所を知るものはいないという。
歴史に影響を及ぼす物や人物は登場してない。それなのに、王の死が史実と異なる。
何か、見落としているんだ。自分はすでにタイムトラベラーに遭っていたのか。それともまったく無関係の誰かが、知らない事情で暗躍して…………
答えのない自問。そんな暗く沈んだジムオンを、併走する馬上の二人がからかってきた。
「よぅすげぇ考えてるな、事務屋のくせによっ」
「さすがだな、ドワーフは酒と鍛冶が好きだが、事務屋は頭を使うのが好きみたいだ」
思わず、ふっと笑いがもれた。
「ジムオンです。事務屋ではありません」
馬にも人にも休息は欠かせない。小川で水分補給し、抜け目のないジムオンがいつか町で買って後時保管に格納した出来立てパンで食事をすまして、ほぼ一本道の街道をひたはしる。夜明けだ。東の空が明るく白ずんできてる。
「ベヒモスの森がみえてきた。あれを抜ければもう王都です」
「ベヒモス?」
「伝説のでっかい化け物のこと。王宮の召使が教えてくれました。王都の守り神なのだとか。天然の防壁となってる森をたとえたのでしょう」
「おいおい、お前、ウィドネス家のフットマンだって言ってなかったっけ。王宮の人間とも知り合いだってか」
「僕は、臨時雇いで先王のフットマンもやっていたのです。でなければ謀反の進言なんかできませんよ」
「なんなんだよ、お前は」
「なんだといわれれば……タイムトラベラーですね。進出気没の」
森のほうから二頭の馬が駆けたきた。鞍には誰も乗せておらず、まるで競争でもしているかのように速い。このままじゃぶつかる。ジムオンとドワーフたちは、馬を一列にしてやり過ごした。
「なんだありゃあ。暴れ馬か」
「そうかもな。追いかけて、もらっちまうか」
「急ぎたいんで、このまま進みます」
「そうか。残念だな」
クリアをさらった使者たちの馬の二頭だが、彼らが知るはずがない。
またしばらくいくと、別の障害に行き当たった。
「停まれ!」
「今度は貴族か? 人と馬が道を邪魔してるぞ」
貴族が2人と4,5人の兵が道をふさいで大きな声と身振りで停まれと合図する。クリアの誘拐と追うスキレードの一隊。レサルテたち三人が知ってるのはそこまでだ。その後、辺境伯がどう動いたのかの推移は不明。場合によっては東の森への進行は始まっていて、王都に近づくものは片端から尋問と拘束を受けることも考えられる。
目配せした4人は騎士に従い、馬から降りた。
「通行止めですか」
「演習だ。王都軍が演習をやってる。この街道は今日いっぱい通行禁止となる。しばらくこの道は使えん。ひとつまえの枝道から迂回しろ」
槍の石突を地面に立てて威嚇する兵士。演習だというとおり、ずっと奥には貴族と兵士の部隊がずらりと整列しているのが見える。100や200という数じゃない。500、600、いや1000以上か。
「だってよ、どうする?」
「街道の、こんなど真ん中で戦争訓練か。迷惑だな」
「不自然きわまりないですね。迂回はできますが時間がかかります。森を回りこむから速くても半日っていっておきます」
「半日もか? 事務屋。そっち行くのか?」
「事務屋じゃありません、…………いいえ、いきません」
ひそひそ話し、立ち去る様子のない4人に、兵士がまくしたてる。
「貴様ら早々に戻らんと、」
「あ? あれはなんだ!!!!」
ジムオンが何かを指差して叫んだ。森の方向で王軍がある方角だ。貴族と兵は、なにごとが起こったかと、そちらを振り向いた。しかし、いつもの黒い森と王都の壁がたたずむだけの、いつもの見慣れた光景があるだけだ。
「なにもないじゃないか……いない」
兵士がジムオンたちのほうに直って、文句をいうが、そこには誰もいなくなっていた。
4人も二頭の馬もだ。




