オンリーお食事会
コンコン。
「奥方様。お食事をお持ちしました」
「ぬぉっ寝てた?」
くぐもった声がした。男の声だ。
奥様?
誰のことだってなったけど、私のことだった。
シワのある自分の手を見て、転生してたんだと思いだす。
眠気をふり払って、ソファに坐り直した。
本棚の影になってる扉に尖った声をかけた。
「どうぞ」
次のラウンドが幕を開けたのだ。
扉の開く音がした。
三つのうち、廊下の扉だけは鍵をかけなかったんだ。
左右の扉を閉ざしたのは、進入経路を一個にするため。
忍び込んでくるとすれば右か左のどっちかの横からだろうと。
いちおう奥様なので、廊下という”正門”から来るには大義名分がいる。
だから、そこからの”客”はいきなり襲っては来ないはず。
そう考えたんだ。
廊下の空気と一緒に美味しそうな香りが入り込む。
鼻をくすぐり、おなかがぐぅとなる。
腹へってたんだなー。
「失礼します」
食事を運んできたのは、20代くらいの男性。
魔法侍女が言ってた『家令』じゃあなさそう。
そんな気がする。たぶんだけど若すぎる。
男は一人だった。両の手は器用に載せた食べ物の器などで塞がってる。
扉を開けた誰かがいるはずだが、一人で入ってきた。
「そのテーブルに置いて」
「はい」
ステンドグラスのテーブルにやってきた男。
木窓の横のソファに座る私からは動きががよく見えた。
手際がいい。これが優雅っていうのかな。
パンに、シチューに、野菜に、果物。
ほとんど音を立てずに、子気味良く置いて並べていく。
ただし食事器具はスプーンだけ。
武器に使えそうなナイフとフォークは無しか。
なるほど、やるね。
置いたワイングラスに、ぶどう酒を注がれる。
私、未成年なんだけど……ま、いいのか。
「毒なんか、ふりかけてないでしょうね」
「毒?ふりかけ? もちろん害のある危険なモノなどはいっておりません。お疑いなら、ぼくが味見をしてみせましょうか?」
にこやかな笑顔が木漏れ日のように漏れる。
美味しそうな食事に誘われ、ソファを立ってテーブルへ。
椅子がそつなく引かれたので、素直にしたがった。
図書室だけにテーブルも椅子も機能優先。
だけどそれがまるで高級レストランの洒落た家具だと錯覚しそう。
味わったことのないエスコートに軽く緊張する。これがプロの給仕か。
全てを並べ終えた給仕は、私の視界から消え去るように退いた。
14歳女子は男子の気配には敏感だ。斜め後ろにいるのがなんとなくわかる。
『準備できたから食べてもいいよ』という暗黙の位置なんだろう。
いまの場合、物騒な暗殺ポジだ。
「聞きたいんだけど」
パンに手を伸ばしたい気持ちを抑えて聞いてみた。
毒の可能性は捨てきれないからね。
口に入れる前に質問だ。
言い換えると、毒で死んだら聞けないことを、今のうち聞いておく。
……なんて考えてたんだけど気がついたらもう食べ始めていた。
美味しそうなのが悪いんだ。
パンはまあまあ。コンビニパンのほうが美味しいくらい。
野菜はしゃっきり新鮮で、豚肉シチューがとても美味しい。
氷に乗ってるパイナップルに似た果物が楽しみだ。
「答えられることならば」
「なぜ、私を殺そうとするのかな?」
「奥様を害そうと考えるお方など、この屋敷には一人たりともおりません。考えすぎでは?」
答えは、一拍とあけずに返ってきた。
惚れ惚れするきれいな声が流れるように語る。だけど。
「なにその回答」
意外すぎる言葉だ。
政治家の答弁か。
ぶどう酒を口に含んだ。
ごくん……
酸ッパー!、あと苦がっ!
舌が渋柿食べたようにジンジン痺れる。
毒か? いやこれが果実酒ってやつか。
大人はよくこんなの飲めるな! ぺっ。
寝室と廊下の騒動を見てなかったのか?
それとも、関係の無い下の人間には知らせないよう情報規制がなされてるのか。
まったく知らないのか、知っててとぼけてるのか。
そんなアンサーに納得しろってか?
整った顔立ちの表情からはぜんぜん本心が読めない。
「覚えがないの私。なんかしたのかな。あなた知ってる?」
給仕がきれいな顔の中に眉をひそめる表情をつくる。これはわかる。
バカを言うな、だ。
年寄りだからね。
このボケはマジボケと受け取ってくれる思ったんだけど。
これだけはっきり受け答えしていて『忘れた』は通じないか。
いや、婆さんがやらかしてたと考えるほうが自然かも。
鏡に映った面構えの印象は”女帝”だったからなぁ。
う……、めげるな私。
「ウソじゃないよ。ほら私、死のとこから戻ってるし。一回死んで記憶がないの」
ほら吐けよ。
全部ゲロして楽になっちまえ。
あ。食事中だった。うげ……。
「それなら、ご本人にお聞きくださったほうが」
「誰? 子供たち?」
「カスティリオーネさまでございます」
首に、冷たい感触があたった。
なに?
「お一人で、御ボケになったのですか。そうは言わせませんわよ」
ナイフ、なんだろうな。
喉にあてがわれたのを強く感じた。