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セイラム



「聞き間違いか。生きておる……そう言ったのか?」


 若旦那のウィロアム様が、声を震わせてます。

 顔に流れてるのは玉のような汗です。


「母上は死の床についており今日にも天に召される。バーゲンベノムは言っていたのでないか」

「その通りにございます」


 家令さまがうなずきました。


「しぶとい母親のことだ。万が一に備え毒も用意しておくと。言っておったな?」

「若旦那さまのおっしゃる通り」

「その毒薬をバーゲンベノム自身が浴びて、それで灰になったと? そのような毒聞いたことがないわっ!」


 ウィロアム様は葡萄酒のグラスを、

 とても高価なグラスを家令さまの足元に投げつけました。

 グラスは粉々に割れて破片が飛び散ります。

 葡萄酒が絨毯に広がってキツネ色の絨毯にお酒の紫色が染みこんでいきます

 色を落とす作業がとってもたいへんそうです。


「貴様。レベッカだったか?来い」


 若旦那さまが、後ろで控えていたわたしを呼びました。

 わたしはたしかにレベッカですが、いまは違います。

 そのことは申しあげたほうがよいでしょう。

 恐ろしさで声が震えますが、間違いは直してあげないといけません。

奥様のコメカミ攻撃の後ちからが入らなくなった足をどうにか動かして若旦那さまの前にいきます。


「いえ、セイラム……と、若旦那さまは名前を変えるよう、お、お、お言いつけになり、なりました」

「そうだったか。ああ。そうだったな。貴様の村の名前を背負えと変えさせたのだった。生き残りの貴様を拾い我が屋敷で使ってやってる恩義を忘れるな、とな。ならばこそっ!」

「きゃっ!」


 若旦那さまがわたしの頬を殴りつけました。

 ただでも強い殿方の力に、いまのわたしが絶えられるはずもなくガラスの飛び散った床にうち倒れました。

 着いた手に破片が刺ささるのを感じます。

 痛いです。


「なぜ、我が命に背いたっ?」


 あの時、奥様と一緒に逃げたとき、

 廊下の奥にいた家令さまと目が合いました。

 その目はと言ってました『奥様を殺せ』と。

 失敗したドクターの代わりをやれということです。


 家令様が、冷ややかに見下ろしてます。

 この方は若旦那さまの命令を、私に実行させようとしただけ。同じように目でなじってきます。


 人殺しなんて、そんな恐ろしいことできません。

 ですが。

 若旦那さまには逆らうことなど、もってのほか。

 恩義に報いることだけが、わたしの全てなのですから。

 そして。

 武器などもってないわたしはとっさに、アイスナイフを作ったのです。


 結果は失敗に終わりました。

 どうしたことか、奥様に触れた氷は水に変わったのです。

 よかったとホッとしたのですが、若旦那さまの命をやぶってしまうことになりました。


 わたしは乱れたスカートの裾を治して床に座り直します。

 そして、お許しを請いました。


「申し訳ございません。氷ナイフは確かに、刺さったの……」

「聞く耳などもたぬわっ」


 頭を押されつけられました。

 踏んでいるのは足のようです。


「ぐっ」

「王宮からの使者が我が領内に到着するのだぞっ。三日後には! 母上が生きてると奴らに知れたら……」


 頭に重みがかかります。

 よけたいけれど、できません。


「役立たずか。しょせんはただの魔法使いよ。果物を冷やすくらいしか脳が無いないなら、冷えた井戸水のほうがマシなくらいだ」


 顔が、破片だらけの床に押し付けられます。


「痛いです、痛いです、お許しください、お許しください」


 ガラスの破片が顔にもめり込んできます。腕にもちからがはいらず、もち耐える事すらできません。


「よろしいですかな若旦那さま」

「言ってみろ、セバス」

「このセイラムが言うのには、奥さまはこう申したそうです『お腹が空いた』と。この七日間、ヨーグルトしか喉を通らなかった奥様がです」

「……何が言いたい?」

「せっかく入った部屋しかも書物部屋です。食べるものなどございません。ですからそのままにしておいても、よろしいのでは?……と」

「なるほど、ふん。母上のお体では三日ももたぬか……うむ」

「旦那さまには、おつたえに?」

「父上だと。あのような色ボケ、いらんわ……」




 若旦那さまがようやく足をどかしてくれました。

 悲しいです。

 わたしが何をしたのでしょう。

 いえ、なにもできなかったことが罪なのです。わかってはいます。

 



 お二人のお話しは続いてます。

 今度は奥様を飢え死にさせるおつもりのようです。

 しかしそのような策、元気を取りもどしたあの奥様に通じるのでしょうか。


 わたしにはわかります。

 奥様の、雰囲気は変わりました。

 死の床で、死にたくないと八つ当たりされていた奥様とは、別人のようです。  10代の年頃の、お茶目な感じすら漂わせてます。


『自分をもってないと犬死するよ』


 この屋敷にきてから、初めてわたしを見てくれた方。

 向き合ってくれた方。そのような気がしてなりません。

 できることなら、お助けしてあげたい。


 血と葡萄酒が顔からぽたりと落ちます。

 その色は、涙で薄まった淡い色をしてました。



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