家令の計画
「喜んでくださいますよね。私の計画が成功したのですから」
家令が、静かにそう告げた。
プラン……計画?
どういうことかな。いまおこった事態のうち、どれが計画なんだろ。
私の代わりにツィンラムさんを拉致、引き渡そうとしか件かな。
まさか、王都の使者を呼びよせたことが計画だっていうんじゃないよね?
「聞こうじゃないか、セバス」
ウィロアムが目を細め、傍使いが馬車から運び出した椅子に、どかりと座った。
王都の使者はウィドネス辺境伯を謀反ありと確定してしまった。謀反っていうのは、下克上とか反乱のこと。王を倒して政権を盗るとか、奪うとかいうやつだってことはわかる。最大の危機なんだろうけど、いまいち傍観者の私には実感が湧いてこない。
私の知ってる謀反っていえば本能寺の変くらい。織田信長が、本能寺って寺で部下の明智光秀に討たれたっていう、戦国系ドラマでひとつの見せ場になる有名な史実だ。明智光秀はすぐ衰退したけど、長い日本の歴史において、もっとも成功した下克上だろう。
現代日本の謀反といえば、せいぜい芸能プロダクションからタレントが独立するって話が思いつく。大手プロダクションの対応はいつも、仕事を回さないよう業界に圧力をかけたりする。謀反なんか考えるなよっていう、他のタレントへの見せしめだ。この世界はもっと単純で凶悪。謀反となれば、本気で殺しにかかってくる。可能性から絶つどころか、気に入らなければ、言いがかりをつけてでも抹殺しにくる。
騒がしい声がした。そっちへ目をやると、引っ張られるように駆けつけた医者と看護人が、けが人の治療にあたりはじめたところだった。9割がたはレベッカの魔法ダメージだけど、私には治す気が無い。攻撃してきたやつらが悪いんだ。
騎士らへの治療が行われたことで、手当てしかできない仲間騎士ができることが終わった。群集対策や情報収集などの対策にも一区切りがつき、なにもすることがなくなった手隙きの騎士たちや、お庭番たちが、不安そうな表情で、セバスと呼ばれた家令を遠巻きに見守っていた。
家令の「成功した」はどこにかかるんだろ。緊急事態を前にして、どんな計画を立てて、何が成功したのか。私でも気になるところだ。実は謀反と言った使者は仲間で、裏取引ができてるとか。この地に住んでるのはこの人たちだ。気にならないはずがない。
期待に満ち溢れて面白そうな目のスキレードも、眉間にシワを寄せたヨーハンも、聴衆として耳を傾けてる。思うところは違っても自分たちの未来がかかっていると認識してる点は共通なんだと思う。
「ミドリちゃん。その座り方は?」
レベッカが、私の体育座りに首をかしげた。
人の話を聞くときの行儀の良い座り方です。
「レベッカも、一緒にここに」
「オレたちも聞くぜ」
レベッカを隣に座らせると、ツィンラムさんを医者に任せたドワーフ3人も後ろで真似して座った。不安を抱えてるほかの人たちと異なり、この4人は冷静だ。村を滅ぼした王の意思を、ほんの欠片でも拾おうとしているようだ。
チャーリーが、ヨーハンから隠れる位置に加わった。話すことさえできないなんて、お付き合いは諦めたほうがいいよ。私は目で訴えたが、分かってない顔だ。
けが人の微かなうめき声の中、大勢の視線を浴びてぽつんと孤立した家令が、はぁっと息を漏らし、話しが始まった。
「この東の森は、知っての通り昔は貧困にあえぐ土地でした。安定して豊かになったのは、この30年ほどのこと、エリザバトラー様がお興しいれされてから、かれこれ20年ほどの月日が過ぎてからでした────」
う、わ…………。
背中に悪寒が走って、私の脳裏に、正しくは前頭葉の海馬あたりに、夕べの悪夢がカムバックした。校長の挨拶時間を大幅にぶっちぎって新記録を打ち立てたチャーリー父の演説のことだ。先祖が始めた店が大きくなるまでのサクセスストーリーは長かった。この人は、50年分を話すつもりだ。長くなる。これも長くなるぞ。
「そんなことは知っておるセバス。わたしとて母上や騎士、文官、民たちと共に苦労をしてきたのだからな。ときには民に混じって汗を流したこともあった。だが、いま聞きたいのは、そんな昔話ではない」
そうだ、私が聞きたいのも昔話じゃない。
いまだけは応援しよう。がんばれ長男。
「────エリザバトラー様、大奥様と言い換えましょう。大奥様は類まれなる頭脳と行動力でもって、領都をこの地に移し、作物を麦から米へと転換し、いまある農業と工業の一大領地に変貌させていきました。初期のころは、反発も多かったのです。ですが、まずは自らの庭園から作物を育てるところからはじめ、領主様の信頼を勝ち取り、大きな流れを作っていったのでございます。微弱ながら、私目も途中から参加させていただきました。周囲の理解を取り込みながら、一歩一歩、積み上げていく姿勢には子供だった私は感服いたしたものです。平民ながら、家令に取り立てていただいたのも、身分にこだわりをもたない大奥様ならではの采配でしょう──」
「セバス…………」
長男、弱っ。
ぜんぜん聞く耳もたずで、話しを進めちゃってるし。
家令が淡々と話していく。
私は、こっくりしそうになりながら、必死な気持ちで目を開ける。
セバスの家は、辺境伯領の誕生からある貧しい領地に住んでる一家という。セバスが抜擢されてからは身を粉にして内側から支えてきたらしい。急速な発展はエリザバトラーあってのことと、誰よりも理解してた。慎ましいが、貴族と平民が支えあって暮らす辺境伯の領地が好きだったという。裕福になって他領から受け入れた貴族が増えてもそこは変わらなかったしみじみ語る。身分差が大きいほかの領地では考えられないことだと、何度も何度も繰り返す。
エリザバトラーは、敵や邪魔者には容赦ないが、意見を聞く耳はあるし、なにより身分制度を無くそうと考えていたそうだ。
「エリザは、民主化を導入しようとしてたんだ」
「左様。王にも具申したようですが、受け入れられなかったと肩を落としておられました」
そりゃそうだ。
貴族が既得権益を手放すはずじないじゃん。
家令は続ける。
この5年ほどは、老人特有の猜疑心と癇癪が強くなっていて、生への執着がみられるようになってきた。若さを取り戻すことに大きな関心を示したのは当然のことだったろう。魔術を学んで自分の若さを取り戻そうとしたのだそうだ。ひそかに家令に研究をいいつけ、数々の失敗を繰り返しては落胆する日々ばかりが続いた。
やがてエリザに記憶障害が始まりだす。己がいいつけたことさえ次々に忘れてしまうが、家令と魔術師は淡々と秘密裏に研究を推し進めていったそうだ。確信をこめて最後の最後に行ったのは、三日前のこと。
「ですが…………それも、成功には至りませんでした」
魔方陣は複雑きわまるそうで、通常は時間をかけ修正を重ねていくという。エリザの死期が迫る焦った状況で、親族が集まる部屋に書き込む魔方陣。年老いた犬では成功したした魔法の陣だが、夜のうち人目を盗んで画くのは難しいと私でも思う。
エリザバトラーは若返るどころか魂が行方不明となった。抜け殻となった身体に憑依した魂というのが……と、家令はそこまで言って私を見た。
トラックに轢かれた場面が、ゆっくりと蘇ってきた。
私をいじめてたクラスメイトに押され、車道でバイク、自動車の順で撥ねられ、トラックにひかれた場面だ。そして唐突に七草碧から老婆になっていたあの瞬間のこと、暗殺が始まったあのときのことも思い出す。
レベッカはじめ、周囲の目が私に集まったが気にならなかった。
「……いい迷惑だ」
どういう理屈。二つの世界がどう繋がっているのかはわからない。だけど、死んだはずの魂がこの身体に呼び寄せられてしまった原因だけは分かった。あほなくらい偶然だったってことが。
14歳になるんだ。そう言ってわき目もふらず、それしか考えてこなかった私は、どこか期待してたんだ。神の思し召しっていうか、この世界にやってきた運命や宿命、役割みたいなものがあるんじゃないかって、心のどっかで思っていた。だけど。私がここにいるのはまったくの偶然。神に呼ばれたわけでもなければ、勇者の使命を帯びたわけでもなく、運命でもなんでもない。人間たちによる魔術の、ヒューマンエラーによって、すいっーって呼びつけられただけだった。
がっくりうなだれる。
意識が遠くなっていく。
若くなれば、ホントの年に戻りさえすれば、なんとかなると信じていた。ゲームシステムの救済っていうか、マスター的な誰かが降臨してきて、こんな世界に呼んでしまってすまないって、私に謝罪するんだ。そして、都合のよいアイテムとか魔法とか剣とかをどんとプレゼントしてくれる。私はそのチートでもって、この世界で思うように大暴れして爽快な人生を突き進んでいく…………。
そんな、ラノベやアニメで見たような子供っぽい異世界の夢が、画面が歪んだようにまだらになってぐるぐる回っていって、画像データを読みこむ次のシークを見失ったように、ぽっつり消えていった。
ばかだな、私。
ああ、眠いや。
「ミドリちゃん……」
レベッカたちが肩を支える温もりを、幾重にも着重ねたような遠い感触として感じた。
自分の体がやけに冷たくて、包み込んでくれる腕はやけに温かかった。
山の木霊のような儚く反響する演説が、聴くともなしに耳に入ってくる。
「大奥様のいない辺境伯領に、未来などあるでしょうか! あるはずがない!! 王や王都は、下から搾取するしか能の無い、考えなしのバカの集まりだ。難癖ばかりつけ大奥様と私たしが築きあげた大地を奪うことに知恵をしぼってくる。辟易した私は考えに考え、ある結論に達したのです。いっそ本当に反逆して、華々しく散ったほうがいいという結論に。戦力は及ばずともここには国内最高の技術武装がある。王都といえども、ただではすまないはずだ!」
使者がくるなら好都合だと、家令の声が雄弁に語る。
よく似たと評判の老婆を処刑するといえば、正義感の強い騎士団長は必ず反対し使者に刃向かうだろうという目論見。領主よりも人気の高い騎士団長が立てば騎士も市民も後に続くだろうという予測。その勢いで、代行たるウィロアムを説得し、後にひけない、謀叛を起こさざるを得ない状況をつくりだす。
その計画が大成功を納めたのだと、家令は結んだ。
ややあって、ウィロアムの掠れ声が、確認するかのように問い詰める。
「死体ではなく生きた人間を準備したのは、そういうことか」
「はい」
「私に嘘の時間と場所を教えたのもか」
「はい」
「目立つ公園に群集を集めて煽ったのもか」
「場所を公園に決めたのはそうですが、集めたのも煽ったのもわたしではありません。おそらくは使者に雇われた喇叭でしょう。お庭番に探させましたが取り逃がました」
家令は淡々と、激情の演説をした人物は別人だったかのように感情を消して、ひとつひとつの質問に答えていった。
「なんということだ。謀反を画策などとつまらぬことをしたものよ。セバスよ。そんな手に私が乗ると思うか。皆の物、こやつをひっ捕らえよ! 身柄を王都に引き渡し、こやつこそ謀反の首謀者であると、王に慈悲を請い、使者の言を取り消してもらうのだ」
眠いなぁ。
どうでもいいや。




