スチュワードプラン その2
ヨーハンは、いぶかっていた。怒りで震えてもいた。
そして、体じゅうが傷だらけだった。
北公園のちょうど真ん中。柱に縛り付けられた女は、エリザバトラーの身代わりに連れてこられた老婆だ。家令が繰り返す「年格好の似た遺体を用意します」との提案に、しぶしぶ同意したのは昨日のこと。だが今朝、そこに用意されていたのは命ある老婆だった。
年恰好や髪の色まで似た、都合のよい遺体が、そうみつかるわけがない。甘み屋の女経営者ツィンラムがエリザに似ているのは、城下で有名な話。冒険者ギルドへ行く所要をいいつけ、女経営者を見せるのは新人騎士の定番肝試しだったくらいだ。もちろん、ヨーハンが知らないはずがない。それどころか、ちょくちょく部下たちに席をとらせ店に出向いてる顔なじみなのだ。静かな怒りを灯す瞳が、涼しい顔の家令をにらみつけた。
「私は、領主さまの騎士ではあるが民を守る騎士でもある。こんなのは間違っている!」
「田舎騎士めが、いいかげんに、どかぬかぁ!」
ヨーハンが静かに叫んだとき、王都使者も怒りを露わにした。真新しい革製のムチがうなり、騎士団長のヨーハンの肩をえぐる。群衆から黄色い悲鳴があがった。
騎士。君主に仕える武士で下級貴族の称号だ。建前上は騎馬で戦う戦士だが、絶対というわけでない。功績を挙げた者が騎士に取り立てられると、その身分は子供から孫へと代々受け継がれる。ひとつの家には一人の騎士。父親の称号を嫡男が引継ぎ家を盛りたてていくというのが一般的だ。領地を守る武力幹部という意味合いも強く、融通の利く称号でもある。王しか与えられないほかの爵位と違って、騎士の身分は、王の認可を必要とするものの、各貴族の裁量で与える自由が許されている。
騎士団長ヨーハン・ヴァイヤー。代々続いた騎士の家系に生まれた三男で、黒髪のくせ毛が特徴の28歳だ。幼いころより正義感の強い性格をもち、正しくないと思ったことには相手が誰であれ、後に引かない少年だった。
頑固な気性を心配した父親は9歳の息子を”騎士見習い”に着かせた。”見習い”と付いてる身分だが騎士になれる保障などなく、たいていはこき使われる日々に嫌気がさして辞めるか、経験を積んで冒険者か傭兵に転職する。父親は、あくまでも鍛えなおすつもりで放り込んだのだ。騎士の、厳格な上下関係に揉まれれば、幾分か機転のまわる人間に成長するだろうという親心だった。
騎士たちの便利屋として働く傍ら、市井や町村のいざこざを調停したり、魔物を退治したり。ときには隣国との小規模戦争に借り出されたり、なかなかなハードな経験実戦で学んだ。心も身体も大きく成長したが、父の思惑と違い、正義感の強さだけは治らなかった。正しくないと思い込むと身分など一切省みず、相手が誰であろうと、不正は不正だと、真正面から挑みかかっていった。
よけいな生傷が耐えないヨーハンを見出したのが、現在は領主代行の身分をもつ、ウィロアム・トルメン・ウィドネス。エリザバトラーの長男だった。
ウィロアムは真っ直ぐな性格を好ましく感じたのだろう。なにかと気にかけては傍に置き、だが、正義感だけでは貴族は勤まらないことを教え込んだ。裏表の無いヨーハンは、容姿とあいまって、人から好かれる性格をしていた。辺境伯のお気に入りということを別としても、男も女も、慕ってくる者は後を絶たなかった。18歳になったヨーハンに、ウィロアムが騎士の称号を授けたとき、一番驚いたのはヨーハン自身だったという。その後もたびたび暴走をするものの、順調に経験を重ねていき、歴代最若の騎士団長が誕生した。
実家ヴァイヤー家の騎士爵には、予定通り長兄が収まってる。成り上がった弟の下で副団長を努める、いびつな形になってはいるが、兄弟の関係は良好だという。
騎士団長は、領内の防衛を任されたトップ。各拠点に散らばる警備隊や傭兵、冒険者などとタッグを組んで魔物や盗賊を倒し、治安を維持する権利と義務を持たされている。いっぽうで領内の町村は、男爵や子爵など、より高い身分の貴族が収めている。さらにそれぞれにも忠誠を誓った騎士がいる。複雑な身分の封建社会ををわたり歩くには、正義感だけでは足りないことは、嫌というほど思い知らされていた。
硬軟あわせた手腕で、男でさえほれる男。睨まれただけで魅力にとりこまれる──”殺される”ことから、ついた二つ名が”睨殺のヴァイヤー”
自分の立場を100%理解し、騎士の品位を貶めぬよう、辺境伯に不利益を被らせぬよう、手抜きなしで最大限の勤めに取り組む男。騎士の役目を果たすべく努力を怠らない騎士団長。それがヨーハン・ヴァイヤーだ。
だが……子供の正義感に大人の服を着せたような男でもあった。ときおり、自らの立ち位置を忘れてしまい、正義を暴走させることがあった。
たとえば、今がそうだった。
休暇中だったヨーハンの耳に、事態のあらましが届いたのは昨日のこと。
報告してきた部下は恐慌寸前で、感情を抑えられない説明は、つぎはぎだらけ。状況つなぎ合わせ、ヨーハンが理解するまでにはかなりの時間を要した。
大奥様の謀叛疑惑。瀕死状態からの生還。乱心。侍女の魔法開眼。主要騎士の壊滅。
お庭番リーダーの失態。遠方視察から戻ったばかりで、半年ぶりの休暇を楽しもうとしていた彼にもたらされた報告は、破滅への連鎖にも等しいものだ。すでに、後戻りを許さないところまで進んでしまっていたのだから。
ようやく話がわかったと一息ついたところに、別の部下による悪魔の所業としか言えない新たな報告がもたらされる。
”アイル家によれば、エリザバトラーの身体には転生した別人が居着いてるそうです”。
心の容積が限界を超え麻痺。理屈での思考を放棄したヨーハンだった。
謀叛の真為はわからない。わからないが、事実として、疑いをかけられた村が知るだけで2つ滅ばされている。セイラム村にはヨーハンも随行しており、生々しい記憶はいまでも彼の正義を苛む。王家には恭順を示さねばいけない。完全に完璧に、一片の疑問も抱かせてはならない。欠片でも王から疑われる点があったならば、容赦なく辺境伯は滅ぼされてしまうだろう。王都はただの中央集権システムではない。大きな超えられない力の差があるのだ。
そうしたことを踏まえ、エリザバトラーの身代わりを立てたのは、苦渋の決断だった。
彼女の蘇生後、いや転生後か生まれ変わり後か。手を出した者はすべて返り討ちの目に遭っていたという。死人はでていないが、捕らえようとした部隊は壊滅し、皆、しばらくは使い物にならなくなった。触らぬ神に祟りなしという。伝え聞いた”新生エリザバトラー”は、放っておくことが最善だ。そう結論づけたのは仕方のないことだろう。これはウィロアム・トルメン・ウィドネス領主代行の結論でもある。
だからこその身代わりなのだと、騎士団長ヨーハン・ヴァイヤーは理解していた。理性ではわかっているのだ安いものだと。5代続いた辺境伯を、30万人以上と推定されるの領民を、たった一人を生贄にすることで守れるならば。ただ、彼に寛容できるのは、不幸な亡骸であったならばだ。
猿轡をかまされ、薬で眠らされた老婆が引き出されたとき、彼の正義感が頭をもたげた。王都使者の前に立ちはだかった。嘘をついた家令への怒り、王家への訝り。
時刻は10時になろうとしている。引渡しの予定時刻から、鞭を浴び始めてから、1時間が経過していた。
王都派遣使者団のリーダーは息を荒らげ、膝をついくヨーハンを見下ろした。指先は、新たに血のりの増えた鞭をもてあそぶ。
「辺境伯騎士団長殿。王都にもとどろく勇者”睨殺のヴァイヤー”よ。まぁっこと、ほれぼれするような肉体美に、憂いた瞳よのぉ。主の奥方をかばおうとする貴公の姿勢は、天晴れだ。しかしその身はすでに限界であろう。わしとて、喜んで貴公を痛めつけてるわけでないのだいいかげん、騎士らしいあきらめをみせてはくれんかな?」
「はあ、はあ……この身で、よろしいのなら、いくらでも、痛めつけてください。されど、後ろの女人には、手を出さぬとーーぐぁっ!」
リーダー使者の鞭が、ヨーハンのキズをえぐり取った。
助けに動こうとする、バーリィ・スキレード以下副騎士長騎士たちを、睨んで制止させるヨーハン。こんな繰り返しが、かれこれ1時間になる。
「はぁ、はぁ。ほれ、ほーれ。貴公のせいじゃ。貴公がさがらぬから、鞭が跳ねたのだ。やりたくも無い仕打ちに腕を振るうわしの辛さがわかるか。わかるなら、下がってはもらえると助かるのだが。貴公よ。いや────貴様。そこをどかぬかぁ! どいて謀反人エリザバトラーの身柄を渡さぬか!」
謀反人という言葉に反応し、成り行きを見守っていた群衆の中から、呼応するような声が聞こえた。「エリザバトラーは謀反人だそうだ」「大奥様は王に牙を剥いたようだ」「領主も謀反人かもしれない」と。
一部のヒソヒソ話がさざなみのごとく拡散。ありそうだと頷く者、まさかと首を振る者、騎士らに罵声を浴びせる者。反応が別れるが一様に驚きを隠せないでいる。声には意見が加わってさらに拡散。炎上するように人々を飲み込んでいった。
群集が叫ぶ声を聞いた使者の顔には、言葉と裏腹な笑みがこぼれていた。愉悦と満足。力でかなわぬ相手を蹂躙するどす黒い喜びが心を満たしたのか、広がる声に納得したのか、笑みには影が差していた。
さきほどから、騎士団長の目線は家令に固定されたままで離れない。長髪のくせ毛が垂れてその目元を隠した。
「家令どの……。領主代行さまは、いかが、されたのです?」
「ウィロアムさまはお忙しい身の上。このような些事に貴重なお時間を割くなどありえません」
「些事……だと」
「左様。使者の方に大奥様の身を引き渡し、お引取りいただくだけの簡単なお遣い。赤子にさえできます」
「き、さ、ま。民を、なんだと思っている!」
「はて」
雲ひとつ無い青空だ。
家令は、ゆっくりと首を動かし、すっと風が通った公園を見渡した。
「民とは誰を指すのでございましょう。なるほど、周囲には大勢の民がおりますが、公園の中央には、貴族と騎士しかおられません。おお、私は平民でしたな。代々ウィドネス家にお使えしており、つい、自分が偉いのだと勘違いしておりました。これは反省しなければいけません。団長殿。延びた鼻をへし折っていただき感謝しますぞ」
「そんな、バカ話を、聞きたいのでは、ない。ぐぉっ……」
リーダーの鞭が唸った。ちぎれかけていたヨーハンの耳が切り落とされた。
鮮血がほとばしる。すでに赤に染まった足元あたりに、新たな模様が追加された。それを最後にヨーハンは意識を手放した。
「客のわしを他所に、勝手な会話をするとはな。つくづく田舎者は躾がなってないの」
王都側から失笑がもれた。
倒れ込んだヨーハンの身体を、のっしり近づいた副騎士長バーリィ・スキレードが助け起こす。
「まったくなぁ。ほどほどってヤツを知らないのかよ、うちの団長は」
よっと肩に担いで後ろへ下がろうとしたバーリィだが、思い直したようにこう言った。
「偉い人同士が決めたことに従うのが騎士です。だが、超えられない一線ってものもあるんですぜ。ま。ひとつ貸しってことで」
そしてのっそりと、大剣を背負ったまま騎士たちのところへ戻って行った。
えーと。今回から投稿は、月金にしたいと思います。
決して、三日に投稿に間に合わなかったからとか、そういうことではありませんから……。




