ブレイク
殺すなら、さっさと殺してほしい。
ただし、理由をきっちり申し述べてからに限る。
元の持ち主には申し訳ないけど、
こんなろくでもない身体に未練なんかないんだよ!
転生直後のいまならクーリングオフが適用されるかも。
女神が現れて、涙ながらに平謝りするんだ。
『申し訳ありません七草碧さま。本当の身体はこれでした』
5歳の魔法少女になって人生を最初っからやり直す。
生まれ直しサービス実施期間だね。
テレビの保障期間は3年ある。
まして人間なら、もっと、もっと、もっと、もっと……なんて。
そんなことに、ちょっと期待している。
期待している。期待してしまってる。
涙がこぼれた。
「ちくしょう…………まだ14歳なの……になぁ」
泣くなよ私。
そんなの、らしくないだろ。
適当に入ったこの部屋は、図書室だった。
寝室のとなりのとなり、並んでいるからてっきり寝室だと期待してた。
休む気でいたのに、がっかりだなあ。
意外と片付いてて、埃っぽくないのが救いか。
個人の邸宅に図書室なんて。
さすがわ貴族様。
わたしが住んでた街にあてはめれば、地区図書館くらいの蔵書量。
教室ふたつぶんの室内を埋め尽くしてる。
風取りの木窓が両端に二つ。
真ん中にどんとひとつある窓は、大きなステンド調だ。
井戸と釣瓶がデザインされてる曇りガラスで、
本を読むには十分な明かりを透してくる。
読書向きの堅めな椅子とテーブルに、釣瓶の影が映る。
読めそうな本は……ないよね。
高い天井まで届く五段棚に並んだ背ラベルには英語だかフランス語ばかり。
読めないんだからね。
言葉が通じてるのに文字は読めなってのも、異世界転生の定番かも。
おー驚きっ!日本語らしいのもあった。
取って見てみよう。気が向いたらだけど。
室内をくるりと巡ってみつけた扉は3つ。
ひとつ目の入ってきたの以外は、両隣の部屋に続くんだと思う。
私のご寝所はさらに隣になるのか。扉ってあったかな。
2つに鍵をかけた。
ソファーみつけた。ラッキー!
柔らかな革とふかふか生地タイプの二脚。
とうぜん、ふかふかのに横になる。
「極楽極楽。あー……ババくさいなあ」
体が老体だからか、考えることもなんか年寄りくさくなってくる。
身体に魂が毒されてきてるような、
とろい行動に思考が引っ張られてるような、
鉄の鎧の人形を操ってる感じで脳内ネットワークがもどかしいんだ。
それでも、最初のときよりずいぶん動きやすくなった。
身体が馴染んできたのか。動いたことで筋肉がほぐれたのか。
どっちにしろいいこと、凝りでガチガチよりましだ。
……風前の灯な命、だとしても。
怪我の具合でも、たしかめるか。
私は薄い服を着ている。
ネグリジェかな。
寝たきりだから寝衣には違いない。
左腹んところが破れてた。
うっすら血のあと。
でも、怪我してる様子は無い。
痛いと感じたのは、ナイフが当たった衝撃だったってことね。
濡れているのは、氷のナイフが溶けたからだ。
瞬間的に氷が水になった……ってことでいいのかな。
氷がそんな素早く溶けるはずないのに、お腹に穴は開いてなかった。
「内蔵飛び出て死ぬかと思ったのに。意外としぶとい身体よね」
何か変だ。
何が変なのかわからないけど。
こっちきてから変が多すぎて、絞れないんだけど。
っつーか、変か変で無いか。住人で無い私にわかるはずがない。
そんでも、整理しておくしかないんだね。変なところっぽいのを。
転生?
なってしまったことは仕方ない。
ここはどこ?
貴族の屋敷らしい。
立場?
奥方さま、名前はエリザバトラー。
高齢者。死にかけ。
命が狙われてる。
理不尽だ……。
なんで、わざわざ殺そうとするのかな。
ほっとけばそのうち死にそうなくらい脆いのに。
ああ、そうか。
ホントは一回死んだんだ。
死んだと思ったら生き返ったから、予定が狂った?
私が生きてると不都合があるらしい。
都合よく死んだ。願ったり叶ったりだったのが、生き返った。
だから……殺す……だね。
私の転生が原因なのね。私、罪な女。
でもいきなり毒を飲まそうそうとするか。
失敗したからって、魔法刺殺するか。
死の床を前に、用意周到すぎるだろ。
もしかして――――
エリザが死んだのも毒とか盛られたってこと?
うーーーーん。
意外としぶといよね。白髪の老婆のくせに。
背格好は私の生前と同じくらいの、小柄なくせに。
手を、何気なく見た。
「気のせい?」
シワが減ってる気がする。
まさかね。
ステンドグラスの日差しが心地よい。
井戸と釣瓶か。飢饉のときには水を汲んで領民に与えたのかな。
まぶたが重くなってきた。
…………
コンコン。
ん?
何の音?
「奥方様。お食事をお持ちしました」
「ぬぉっ寝てた?」
がばっと身を起こした。信じられない!
いつ暗殺されてもおかしくないのに、のんびり昼寝って。
私は、ソファに坐り直した。
そして、居住まいを正す。
大きく深呼吸。
リラックスと適度なストレスは、試験に成功するコツだ。
そして試合でも。
ひとつたりとも、見逃したりしてはいけない。
「どうぞ」
次のラウンドの幕開けだ。
修正しました 20170925