生きてるよね?
ドレススカートも切り取られ、ロープで吊り下げられ、血だらけになってるチャーリー。
頭上の友人を素早くおろしたいけども、生き物がうっとうしく薄気味悪い。固まって動かず、だけども襲ってくる雰囲気もない獣だか魔物どもだ。襲ってくるなら成敗あるのみ。どうでてくる。試しに足元の棒切れを投げつけてみると、動物園のサルが散らばるように、キーキーと叫んで散っていった。
今のうちだ。
「チャーリー! チャーリーチャーリー!! 生きてる? 生きてるよね」
助けるんだ。生きててよチャーリー。
獣に襲われ、片足を失った子牛のように、切り裂かれた衣服の切れ目から、剥かれた肌の赤い傷が見える。真下に血溜り。
誰のでもない、チャーリー自身の血であり肉だ。痛みで麻痺してるのか、半目を開いた状態で、私にも気づいてない。出血が多すぎる。死んじゃうよこれ。
とにかく早く下ろさないと、縛ってるロープ。
眼でたどって、端っこのつながり先を探す……みつけた。
「いまロープはずすから、ちょっとだけ辛抱してて、助けるから」
死なないで。生かせてみせる。絶対、死なせない。
縛りがきつい。ロープがなかなか外れない。私、レンジャーでもガールスカウトでもないんだよ。どうやって結んだんだ。やさしく解けるリボン結びしとけよ。こういうことなら、師匠にでも教わっておけばよかった。
ほどけろ、ほどけろよ。
一刻を急ぐんだ。
ぐっ、えいっ、ほどけた!
ばさばさ、どすん。
何かが落ちる重い音がした。
え?チャーリー、なんで落っこちてんの?
「チャーリー、チャーリーったら、息してる?」
「…………」
答えてくれない。返事がない。
うそでしょ。
「返事、してよ」
「はぁはぁ、ぐ、いきなり……落とす馬鹿が……、どこにいるのよ!」
生きてた。
さすがチャーリー。息が絶え絶えであっても、ツッコミだけは忘れない。
でもというか、やはり血を流しすぎたのがキツク堪えているようで、息を継ぐだけのことすらままならない。虫の息って言葉があるけど、はぁはぁと、速く小さく呼吸が痛々しい。そして、息をついて身体がすこし動くだけなのに、肉のあいだから血がほとばしる。
「ごめん」
謝ってみけど、何がごめんなんだろう。遅くなったことか、痛みを代わってあげられないことか、それとも私の身体がエリザだってことか。
倒した毛むくじゃらの男を、急いでにらみつけた。
獣人ってヤツかな。犬や猫のような、気持ちよさげなもふもふを想像してたけど、なにこれ。この毛艶のない、それどころかあちこち毛のない、もふ感ゼロの萎びた生き物は。
こいつが、これが、チャーリーをこんなにしたんだ。
「夢を……みていたわ。
わたしが身体を壊して寝込んでしまったことがあって……お母様もお父様も忙しくて、お見舞にいらしたお婆様が、看病してくたのよ。そこにね。どうしてだか、バトラーも……一緒にいたのね。
いろいろ、手伝おうとしてくれるのだけど。ぜんぜん役に立たってなくて……邪魔になるからどいてと、お婆様が怒ってね。バトラーがね。どよんと床の隅に座っていたわ。ひざをかかえてね。
あのバトラーがよ。なんだかおかしくて、笑っちゃったわ……ははは。
お婆様が亡くなったときのこと。バトラーだけは、お葬式に現れなったのよ。誰も、それを咎めることはなかったし、不思議にも思わなかった。みんな、バトラーのことを、血も涙もない独裁者と思っていたから。
でもあるとき、お墓の前に立つバトラーをみかけたの。お酒をかけてね。こう言ってたのよ。『死ぬまで一緒だって言ってたのに、嘘つきって』
これは夢よね、思い出ではないはずよね。夢に決まってるわよね……」
げほっ。
咳にも血が混じる。
「はぁはぁ……まったく……助けにくるのが遅いのよ。わたしはもう……ダメだわ、息をするのさえ……苦しい」
息が苦しいなら、しゃべるな。
黙って体力を温存してろ。
「口を閉じてろ、ばかチャーリー。助けるっていってんだから」
「ありが、とう。その気持ちだけで……幸せよ」
「なにを、照れくさいことを言ってんのかな」
今際の言葉。今生の別れを告げたつもり、なんだろうね。
だめだよチャーリー、そんなこと言っちゃダメだ。
「わたし、あなたに……会えてよかったわ。本当のお友達が、できたようで、セイラムも……3人で、バカを言いあえて、楽しかった。ほんとうに……」
瞳は潤んで、そして一滴の涙が、頬を流れた。
チャーリーマジやめて。やめてよ。
じゃないと私、がまんできない……。
「黙ってチャーリー。お願いだから……」
「言わせてよ、ミドリ、最後なんだから。わたし、死んでもあなたのこと……空の上から見守っているから……」
「…………」
チャーリーはそう言って、瞼を閉じた。
…………。
瞼を閉じてからきっかり一分後のこと。
チャーリーがまぶたを開けた。
それはもうばっちりと。擬似シャッター音がハシャっと聞こえる勢いだ。
「ねぇ、ミドリ?」
「…………」
「わたし、死んでるの?」
「……くっ」
「く?」
私は、なんて答えればいい?
言葉が出ない、あまりにも、あまりにも、がまんし過ぎて、
「くっくっく…………くっくっくっ! わーっはっはっは、はひーっ」
がまんし過ぎて、笑いが、こらえきれない。
いや、不謹慎だってことはわかってるよ。そんなのくらいわかってる。
でも、でも言ったはずだよ、助けるってね。絶対だって。
「い、いたい、お腹が、痛い、チャーリー。チャーリーがかわい過ぎる」
むっとするチャーリー。
それがまた、心地いいくらいかわいくみえた。
年上で西洋人顔だから、かなりのお姉さんに見える。
でもいまは、とても愛おしい。
「…………何を笑ってるのよ、死ぬって言ってるでしょう。わたしは瀕死の重症を負ったのよ、命のともしびが消えかかっているのよ。それを笑うの、あなたがそんな人でなしだったなんて、見損なったわ」
「ご、ごめん、でも、でもね。動けるようになってるよね」
「そんなこと、あるがないででしょう。ゴンプームとかが従えたオイデココに襲われて、つり下ろされたのよ! 肌が引き裂かれて出血多量なのよ。生きててたまるものですか!」
たまるものですかって言いって、すくっと立ち上がり、びしっと私を指差した。
「はい。治療完了! よかったね」
「なにを言って……」
チャーリーの全身を覆っていた金色の光が、収束した。
神気搾奪逆流。
再誕にあたって身に備わった未知の能力。プラマイの同居。相反するアビリティの混在。回す向きによって、留めるも外すもできる命のネジを司るドライバー。
生き物の生命力を奪い去り、命を削り取り、私の肉体的な若さ帰りを保障している精力吸収。吸い取ったエネルギーを逆転させて回復することも可能な異能だ。
狐につままれた顔。この場合、オイデココにつままれたというべきか。
言い返そうとしたチャーリーは、指差した自身の腕をみたまま固まった。
驚嘆から呆然となり、しばし言葉がでない数秒を経て、体中を確かめまくる。
それから驚喜に、声を上げた。
「わたしの身体、あれだけ重症だったのに痛くないし傷がない。ひとつもなくなってるわ」
レベッカを助けたときもだけど、このスキルのありがたさを、今回も心の底から感謝した。
「ミドリ、これはあなたがやったの?こんなことができるなんて、一言も言わなかったじゃない、うわっ」
抱きついたチャーリーの身体はとても温かかった。
私は大切な、とってもたいせつな友達を助けることができた。
そのことが、ただただ嬉しかった。
「じゃーりぃ、うぇっ、うぇっ」
「ミドリ汚い!涙でぐしゃぐしゃじゃないの、いますぐ離れなさいよ」
チャーリーはそういいながらも、私を離そうとはしなかった。
怒りんぼチャーリーが、泣き虫チャーリーになってる。
生きていればもっと、いろんなチャーリーに会えるよね。
ありがとう。チャーリー。死なないでいてくれて。




