命乞い
クリアが、B隊弓使いボローズから、とどめを刺したという報告を受けたのはウィロアム伯父の執務室で、客室での顛末を語っていたときだ。副騎士長の言葉があたったものの、結局は死に至らしめたわけだ。心がすこしちくりとした。だが、王都使者の到着に間に合わせられたという安堵、オジの失敗した案件を片付けた嬉びが、肉親を葬った痛みよりも勝った。
涼しげに歩いてくるカスティリオーネ・アイルと廊下で会った。侍女が運ぶ菓子を何気につまみ食いしている。4つ上の気ままな従姉だが、少年とは意外と気がった。
「あらクリア。倒しにいくの? 倒されにいくの?」
「もう終わりましたよ。カスティ姉」
「あらそう?だといいけど。」
「そういえば、一戦交えたんでしたね。何か知ってるんですか?」
「さあぁね。バトラーはしぶといわよ」
「いくらしぶとくても、人は死にますよ? カスティ姉」
「私のことはチャーリーって呼んで。じゃあまたね」
「チャーリー? なんですかそれは」
彼女の予感が当たったのか、現場に到着してみれば報告とは事情が違っていた。とどめを刺したどころか、仕掛けたB隊のほうが小川のそちこちに散らばり全滅していたのだ。バーリィ・スキレードが窓から叩きだして10分ほどしかたっていない。
「マグさん! なにがあったのですか」
意識を回復した魔法使いを助け起こす。彼は混濁しながらも言葉をふりしぼった。セイラムがタダならない魔法を使うこと、エルザバドラーの怪我が回復したこと、魔法も槍も効かないこと。そうした驚くべきことをうわ言のように語ると、ふたたび気を失い芝に伏せた。どれこれも、記憶に無いことだらけで、にわかには信じられない。
腕を組んであぐらをらかいたクリアは、うーんと8秒、首をふりふり唸りまくった。
知恵をひねるだすときのポーズだ。
「御庭番はお祖母さまの位置を確認して僕に教えてください。それから編成を替えます。A、C隊で弓も使える10人は正門北の高台で準備、残る6人は正門の警備班と合流して誰も通さないように。それと、今朝がた魚を持ってきたロッキーさんが帰ってないなら呼んできてください。漁の道具もわすれずに。みなさん急いでお願いしますね。さあ、合理的な戦いをはじめましょう」
エリザバドラーとは接近しないて戦ったほうが良いと、クリアは結論付けた。遠巻きに弓で追い立て、ワナへと追い詰めるのだ。
クリアたちはいま、ロッキーの投網にかかった老婆を丘の段から見下ろしている。
「レベッカは、殺さないで」
「奥様!」
「レベッカ?」
クリアは誰のことかと考えたが、共に捕らえた侍女でしかありえない。
そういえば元はそんな名前だったと思い返した。
「そこにいるセイラムのことですね」
「この子は、私がムリに従わせたの。一緒に殺される理由はないから」
”セイラム”という名の元となった魔法村は全滅していた。
王の命令によって、滅ばされたのだった。
辺境領から30名を率い従軍した伯父、ウィロアム・トルメン・ウィドネスは、帰参後に語ったものだ。その過剰なまでの兵の投入と、容赦のない殲滅――虐殺を。 王都からは完膚なきまでに殲滅し一人も生かすなという御達しがあったという。命乞いする者もかまわず命令は追行された。
「伯父さん。セイラム村は王さまにはむかったのですか?」
「いや、なにもやってはいない」
「なら誰か、はむかった人をかくまったのですか?」
「いや、静かに暮らしていただけなのだ。むしろ貢献すらしていた。国には率先して魔法使いを派遣していたのだ」
「ではなぜ?」
「よくわからん」
「わからないのですか?」
「だが……王都の指揮官は言ってたよ」
「なんておっしゃってたのです?」
「”そのうちに、もしかすると謀叛をたくらむかもしれんと王は心配なされていた”と。笑いながらな」
村人は全て殺され遺体はすべて焼かれた。ありがちな略奪は一切ゆるされず、わら一本残らず燃やし井戸の痕すらも残さず破壊した。かつてそこに村が痕跡すら消すべしという、徹底した粛清ぶりだったらしい。
ある種の予言か気まぐれか。王の命によって、この5年の間に複数の村が版図から消えてなくなっていた。その矛先がウィドネス辺境伯に向けられたのだ。事実上の支配者エリザバトラー・レイス・ウィドネスの首を献上せよ、さもなくば……と。
エリザバトラーは使者の目前で大きくうなづいた。冥籍に記されるのも間近な身、領民の礎になれるなら本望だと高笑いしてみせたくらいだ。クリアは祖母の背中に戦慄を覚え、指導者のあるべき姿をみた。そうして自ら食を細くし衰弱した彼女は、いったんはたしかに死の床についたのだ。
しかし息を吹き返したエリザバトラーは、抵抗に次ぐ抵抗をみせ始める。
誰もが思った。まるで人が変ったようだと。
セイラムは自らの意思でオジの元を離れたとクリアは承知してる。どこを気に入ったのか、年寄りの死地へ飛び込みつきあっている。死にゆく者の最後の頼みは、魔法使いの少女を救ってほしいという。以前の激烈な祖母と重ならない願いだが、貴重な魔法使いだ、もとより殺すつもりなどまったくなかった。
ともかく、祖母の首級のまえで、そんな瑣末はどうでもよかった。
「奥さまぁ! そんなのありません!」
「いいの。最初からこうするべきだったの。あなたと会ったあの時みたいに」
援護に回っていた五人の騎士がやってきた。クリアが手を挙げると、網に囚われたエリザバドラーを取り囲んで、油断なく武器をかまえた。弓ではなく槍だ。
いかに接近が得意であろうと身動きがとれない。効果の薄かった弓でたらたらいたぶるよりも、一息で禍根なく奪命できる。
「楽しかったですよ。さらばです」
手が下ろされた。
五本の槍がエリザバトラーの胸、腹、頭、背中を突き刺した。




