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「碧」14歳。さきほど65歳の老婆に転生しました!  作者: 北佳凡人


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言わないで



奥様は書物部屋に逃げました。

たて()まれたというべきでしょうか。


 お強いあの方のことですから、

 ご自分の命を狙う方に殺されるとは想像もできません。

 きっと易々と、返り討ちにしてしまわれるはずです。

 わたしが、氷ナイフが通じず負かされたように。


『兵糧責めにする』


 若旦那さまはそう言われました。

 ですが。


「食事を運ぶわよ。誰か何か作って」

「私もお手伝いします」


 言いつけを知らないカスティリオーネ・アイル様が厨房にやってこられました。

 名前を知らない先輩従僕(フットマン)が、それを助力します。


 奥様付きの従僕(フットマン)は、お部屋に運ぶのを手伝うだけでしょう。

 カスティリオーネ様は違います。間違いなく奥様を害する意図がおあり。食事はまさにエサで、図書室に入る口実なのです。貴族はふつう召使いたちの仕事場に足を運びません。変わった方だと皆驚いてますが「これだ!」と私は喜びました。


「あの、カスティリオーネ様?果物をお付けしてはいかがでしょう」


 いらないわ、と断られましたが奥様の好物ですと食い下がると、偽装が増えると思いなおしたようで受諾いただきました。

 ホッとした私は、今朝、敷地の果樹園から捥いだばかりのパイルルとマスカルを盛り付けます。いつものように細かな氷を創って敷き詰めますが、いつもはしない尖った長めの氷を一つだけ混ぜました。奥様にとって吉と出ますように。



 このお屋敷にはたくさんの方が暮らしています。

 建物の中には、旦那様、若旦那さまはじめお子様方。

 それにお抱えの騎士長様ご一家がも住んでおられます。


 お世話を授かった家令様以下、ハウスキーパー、侍女、従僕、庭師などなどは、離れを与えられますが、時には母屋に寝泊りすることもあります。抜かりのないようお遣えするのです。


 いつもの、これだけでも大人数なのですが、七日ほど前からはご弟妹さまやそのお子様達も滞在しています。さらにカスティリオーネ様のような血縁の方々も呼ばれてます。

 大所帯です。出入りの商人も食材や衣装の準備で大忙し。ひっきりなしで食材や衣装や着替え、装飾物などといった品物の運びこまれたり、運び出されたりしてます。洗濯や食事の準備は休む暇もありません。


 本当なら私も忙しい身なのですが奥様のことを思うとお勤めに身が入りません。

 いてもたってもいられず、食事を運ぶのを口実に、奥様のおられる書物部屋まで付いてきてしまいました。


 カスティリオーネ様と先輩フットマンは書物部屋の中です。

 さきほどまで、大きな音と声がしていたのですが今は静まり返ってます。

 どうなっているのでしょうか。

 奥様は、お二人の刃に倒れたのでしょうか。


「…………?」


 中の様子が知りたい。扉にそっと耳をあてます。お話している様子はありますが、何を話しているかまではわかりません。二つの女性の声。ひとつの男性の声。誰も死んではいないことはわかりました。よかった。奥様はまだ生きておられるのです。


「こんなところで何をしている?」


 心を凍らせるくらい静かな声がしました。人が近くにいることなんてまるで気が付きませんでした。部屋の中に気をとられていたからでしょうか。他人の顔色から欲しているものを読み取って、その方が命ずる前に用意できるのが良き僕です。どこの誰かが誰かの部屋を訪ねたりすれば、合わせて飲み物などを準備するのも大事なお仕事。それなのに、人がいることさえ気付かなかったとは、私は侍女失格です。


 ふりむいたそこに立っておられたのは、家令さまを連れたウィロアム様。

 目を細めて私を凝視。誰かのいいつけか、勝手にきたのか探っているようでした。

 いつものようにあまり関心のない眼をなさってましたが、鼻をひくひくしたとたん、顔色が変わります。


 廊下には、少し。ほんとうに、ほんのすこし食べ物の匂いが残ってました。

 厨房や食道のあたりであれば、おかなしことはありません。

 ですがこの廊下には似合いません。奥様のお部屋。使われない寝室。それに書物部屋しかないのですから。そぐわない匂いをかぎつけた若旦那さまは、鼻をシワを寄せました。


「貴様……母上に食事を与えた、な?」

「い、いえ。わ、わたしは」


 用意した言い訳をお話します。


 わたしは、お手伝いしただけです。気ままな振る舞いのカスティリオーネさまがお食事を用意するのを。彼女のわがままは有名で、誰であってもお止めすることは、ご存知ではありませんか。


 そのようにお伝えしたい。

 そうしようと口を開いたのですが、舌が乾いてしまって言葉がでてきません。



 手の甲が飛んできました。

 若旦那さまにぶたれたのです。

 家紋入りの金の指輪がキラリと光って、ほおを抉られました。


「いちいち歯向かいおって。貴様を救い生かしているのは私なのだ。その旨、いまいちど胸に深く刻みこんでやろう」


 こんどは、頭を踏まれました。廊下の冷たい床に顔がのめりこむほど、強く押し付けられます。ふさがってない傷がヒリリと裂けました。


「申しわけ、ございません! 申しわけございません。申しわけございません」


 たすけて。


 謝ることしかできません。

 わたしはあのとき、村のみんなと死んでいたはずなのです。仲のよかった友達と一緒に、やさしい父さんや母さんたちや妹たちと一緒に。助けられた命は、若旦那様のものなのですから。逃げる事はできないのですから。


 たすけて。


 望みのない叫びが。決して口に出してはいけない声が、心の奥の底の深いところから聞えてきます。わたしに訴えてくるのです。切々と。苦しみから解き放ってくださいと。ですが聞き届けることはありません。声にしてしまえば、最後のふんばりが解け、わたしは生きることをやめてしまうでしょう。だからそれはできません。だから口にしてはいけない望みなのです。


 生きなければいいけない。死んではいけない。

 仲間達のぶんまであがいてでも生きていかなければいけない。

 それが村で生き残った最後の一人。わたしに与えられた宿命なのだから。


 た す け て。


 やめて。言わないで。望もうとしないで。

 おねがいだから……。



 バッターん!!

 扉が勢い良く開きました。

誰でしょうか。いえ。この扉ならばあの方しかおりません。


「オマエ? なあにをやってるんだあ!!!」



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