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濡れ衣 1,5


「いいです!というか⋯⋯お願いします!」


よほど親しい関係だったのだろう。涙を流しながら首のない女子生徒を運ぶ白衣の人でさえ、立ち止まってアオイに向けて驚きの視線を送るほど場の空気が凍りついたのだった。

結局、抵抗虚しく俺とアオイは学校から少し離れた学生寮の一室、長いこと使われてなかったのかカビ臭くて歩くだけでホコリが舞い、汚いという言葉しか出てこない寮部屋で五日間、現実の時間で一ヶ月の間停学処分を受けることになった。


「アオイ。俺としては一ヶ月の間こんなに汚く隔離されてる部屋で一人孤独に生きるのは嫌だったけど、無実のお前まで来なくて良かったんじゃないのか?」


「無実の罪を着せられているのはあなたもでしょ!それに、カビ臭くてホコリが舞い狂う部屋でも、掃除さえしてキレイにすれば大丈夫だよ!さあ、掃除しよ!」


寮部屋零号室。広さは推定1DK。見えない結界によって外に向けて魔法を放っても無力化される、もちろん外部からの攻撃も無力化される、出入りも禁止、部屋のどこかにあるパネルから食べ物を注文することができ小さなワープポイントから注文した食べ物が召喚される。

アオイ曰く、出入り禁止と汚いと内部と外部からの攻撃が無力化される以外は他の寮部屋と同じらしい。


「まずは床から始めるから、私が洗剤と水を創るから、あなたは私が洗剤と水をばらまいた所を洗う。いい?」


「洗剤と水もないのかよ⋯⋯」


「水はあるにはあるけど、長いこと使われていないらしいから蛇口から何が出てくるかわからないよ?⋯⋯⋯⋯よし!水から出すよ!」


というわけで、俺達は無実の罪については一旦忘れて、まずは自身の部屋を掃除することから始めたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「⋯⋯⋯⋯お!気がついたか新入り!」


「う、うへぇい」


「なんだその「うへぇい」ってやつは。遺体の埋葬は今終わったぞ。⋯⋯新入りにやらせる仕事じゃなかったな。悪かった」


気を失った後先輩の兵士さんの一人に救出してもらい、壁際に運ばれて横になっていたらしい。

後で聞いた話、私の入隊した魔王討伐軍は、魔王軍のことだけでなく、今回のようにダンジョンで亡くなった人たちを埋葬し、家族が居ればその家に遺骨を届け、身内すら居なければ墓を作って埋めるまでやっているめちゃくちゃ素晴らしい部隊だった。


「⋯⋯いえ、初仕事だから簡単な物だと油断していた私が悪いんです。すみませんでした」


「立てるか?今からこのダンジョンを破壊するからその前に脱出するぞ」


「は、はい!⋯⋯あの」


「なんだ?」


「あの宝の山は回収しないんですか?」


「ああ。あれはこのダンジョンのボスを倒した人間も物だからな。ダンジョンを破壊する前にはその人間の所にワープされる仕組みだ。時間がない、行くぞ」


遺骨の入った箱も全て家族か身内の元へ転送され、私たちはダンジョンから脱出した。

ダンジョンは魔王軍がこの世界に限界して一年後に突如現れたもので、そこからモンスターが湧き出てくる。だから私たちや冒険者はそれを破壊し、近くの村や街の人を安心させるために活動するのだ。



「新入り!」


少し重い鎧を着させられて更に馬車に揺られて意識が朦朧としていたらいつの間にか王都に戻っていた。

そして馬車から降りて深呼吸をし、凝った首をボキボキ鳴らしていると、犬耳と尻尾をフリフリしながら兵士のコスプレをした女性の先輩兵士さんが私を呼んできた。


「は、はーい!」


「入隊したてのお前にいろいろ検査やらなんやらしろという上からの命令がきた。ちょっとついてきてくれ!」


そう言われて女性の先輩兵士さんについて行くと、私がこの世界に召喚された時にいた訓練場に来ていた。


「⋯⋯えっと、検査って主に何を?」


「検査というか、お前が正式にこの軍に就いてからやっていけるのかを試させてもらう。なんせまだ十七の女の子だからな。とりあえず剣を抜け」


「はい!」


「⋯⋯いいか。では私にかかってこい。私は基本的に防御しかせずにお前の攻撃を受け止めることにする。なんならもう一人を使ってもいいぞ」


もう一人とはなんのことなんだろう。もしやサポートに先輩兵士さんAがいるのだろうか?


「質問でーす!もう一人とはなんですか!?サポートしてくれる先輩兵士さんがいるんですか?」


「⋯⋯⋯⋯は?もう一人はお前の中にいる別のお前だろ?⋯⋯まさか、居ないなんておかしな事を言い出さないだろうな?」


「そんなもんいませんよ。私はいつだって一人ですから」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯(何者なんだこいつは)。まあいい、とりあえず私に『攻撃』してみろ」


「じゃあ、遠慮な───」


遠慮なくを言いきる瞬間に地面を蹴って走ろうとしたら、私は先輩兵士さんの背後⋯⋯の壁に衝突していた。じわじわと来る顔の痛みの後鼻血が出てきてめちゃくちゃ痛い。


「新入り!?大丈夫か!」


「ら、らいりょうふれふ(だ、大丈夫です)。はんは、かららのひょうひがおかひいれふ(なんか、体の調子がおかしいです)」


「『ヒール』!!⋯⋯とりあえず鼻血とダメージは消えたはずだが⋯⋯一体どんなスキルか魔法を使ったんだ?」


「いえ、なにも『すきる』やら『魔法』なんて使ってないです。というか『すきる』と『魔法』自体使えないし知らないです。先輩に真正面から攻撃しようと走り出したらとんでもないスピードがでて壁に当たりました」


おかしい。私はこんなスピードなんて出せるわけがない。それは十七年生きてきた自分だからわかる。


「新入り。ステータス画面を見せてみろ」


「はい。⋯⋯(すてえたす、すてえたす)。ど、どうぞ───」


「メンタル以外のステータス値が私の知っている数値の二倍、速力が七倍に跳ね上がってるじゃないか!⋯⋯だから『神速』なんてものがついてるのか」


「神速?」


どうやら、私には『神速』というすきるが付いているらしい。⋯⋯待てい。これから先私は壁に衝突する人生を送ることになるの?


「『戦闘時のみ』発動する、取得できる者も少ない極めて稀なスキルでな、一言でいうと自分の目にも止まらない速さで移動できる。ただ、お前の場合はその有能スキルに遊ばれているから訓練が必要だな。よし、速さの異常具合はわかったから、今度は神速を使わずに攻撃してこい」


「はい!行きまーす。⋯でりゃあっ!」


───ズバアァァンッ!!!!


「ぐうっ!」


剣を盾替わりにガードの体制になった先輩に私の全力で剣を振り下ろしたところ、剣と剣が当たる音ではない音がして先輩の剣は斬った所からへし折れ、更にそこを中心にヒビがはいりどんどんボロボロに崩れて見るも無残な姿になった。

先輩にケガは見当たらない⋯⋯いかにも愛用していた剣を折られたことで傷ついた心以外は。


「⋯⋯この刃こぼれもこともなかった剣をへし折って朽ちらせたのはフジカワ、お前が初めてだあ」


「⋯⋯⋯⋯本当にごめんなさい」


後で先輩に聞いた話、この時速力は七倍から二倍に戻り、今度は物理攻撃力が大抵のモンスターは簡単に倒せる七倍の数値に上がっていたらしい。

私は入隊早々先輩の剣を折ったことで始末書らしき解読不可能の書類を書くことになり、先輩の剣は改めて作られることになったらしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


停学処分から一時間、俺とアオイは掃除を黙々と行い、ほとんどの部屋の掃除を終わらせていた。


「⋯⋯アオイ。ここはジャンケンだ。勝った方が何もせずに嘲笑いながら負けた方が終わらせるのを待つというのはどうだ?」


「い、いいよ?私はジャンケンだけは得意なんだよねえ〜」


『ジャーンケーン、ポイ(ポン)!!』


「嫌だあああああああああああ!!俺はこんな汚くて笑えないトイレの掃除だけはしたくない!」


「負けたのだから潔く掃除しなさーい!洗剤と水の入った容器だけは渡してあげる。終わるまで笑って苦しむのを見ててあげるから!」


ほとんど掃除した中で唯一終わらせていなかったのは、長いこと誰も使っておらず、テレビだとまず映してくれることは決してない、映したらネットが荒れる規模に汚いトイレである。


「⋯⋯キレイに出来たら、一番最初にこのトイレを使うのは、僕だからな!絶対に僕がファーストトイレだからな!」


「そんな涙目で一人称僕になるまで大変なことじゃないんだから頑張ってよ───」


「うおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」



「⋯⋯トイレの水を流したら、Gが1匹流れたんだよ。俺の見てきたGより大きなGだったんだよ⋯⋯ひっく⋯も゛う、むりい゛い゛い゛いい⋯⋯!」


「⋯⋯泣くほど嫌だったのね、フフッ」


あれからトイレ掃除をしていたのだが、壁や床もキレイになり、あとはトイレの水を流すだけになった時にいくら水を流しても便器に引っ付いて這い上がろうとする巨大なGが現れて、なんと飛んできて俺の制服に飛びついたのだ。

アオイは慌てて発狂する俺を見ながら笑い転げてバカにし始め、最終的に制服を脱いでその制服ごとゴミ袋にぶち込んだのだが、昔からGが嫌いな俺にはダメージがでかく、掃除されてキレイピカピカになった寮部屋のリビングのど真ん中で泣きながら転がっていた。


「アオイ」


「ん?」


「もうGはいない?」


「えっと⋯⋯あ!壁に一匹引っ付いてる!」


「ぎゃああああああ゛あ゛あ゛!!!!」


「というのは嘘」


俺はアオイが食べ物を注文するパネルの場所とワープポイントを発見するまでアオイが話しかけてきても口をきかなかった。



「食べ物っていってもあくまで作りたい料理の素材しか出てこない。料理して美味しく食べたければ、今日はカレーだからこの火属性魔法陣の上に鍋を置けばいい。火加減は魔法陣が勝手に調節してくれる。いい?」


「この世界にもカレーを食べれる時が来るなんて思ってもいなかった。ていうか自分が気を失ったり寝たりしてたこともあってこの世界に来てからご飯を全く食べていなかったぜ」


「⋯⋯そんなんでお腹が全然鳴ってないのが不思議なくらいだね。座って待ってて。料理スキルがレベル3の私なら十分も経たない内にカレーを作れるから」


料理スキルレベル3。最大でレベル5まで取得することができる。ちなみに俺にもこのスキルが付いており、高校生になってから一人暮らしで自炊していたことがあるからかレベル2である。

アオイ曰く、レベル1と2は大した変化は無いものの、レベル3からは使用者の技術によって料理の時間が半分になる。それ以降のレベルは更に短縮され、料理の味も絶品になるらしい。


「⋯⋯レベル5までになると、冒険者なんて目指さずに自分で店を開いて客の喜ぶ顔を見て幸せになった方がいいのかもな」


「⋯⋯⋯⋯そんな世の中じゃないから無理だよ」


「そんな日が来るといいな」


「そうだね。⋯⋯カレーはまだ出来ないから、もう少し待ってて」


俺は席から立ち上がり、キレイになった寮部屋を改めて徘徊することにした。

テレビもなく、スマホもない。ガスも電気もなければトイレにウォッシュレットすらない。お風呂は出入り禁止のため自分で必要な量の水を作らないといけない、更に魔力を湯船に注いで湯船の下に敷かれた魔法陣を発動させないと水は温まらない。

そういえば、俺の黒い剣はどこに行ったんだろう。この寮部屋に連行されて最初の頃は腰に付けていたのに。


「なあ、アオイ。俺の剣はどこに───」


「はあっ!!」


場所的にキッチンに目をやると、アオイに向かって飛び上がったブタが俺の剣を持ったアオイに頭部から突き刺され、声を発さずに血潮をばらまき絶命するグロテスクな光景が映った。


「⋯⋯え?ちょっ!だだだ大丈夫!?タクミ!」


食事前に笑顔でブタを斬り殺した狂人を見てしまって、対戦に負けたトレーナーよろしく目の前が真っ暗になったのだった。

⋯⋯アルマと同じような雰囲気があるとは思っていたが、やっぱりこいつもそっち系の人間だったようだと俺は確信したのだった。

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