濡れ衣
◇
「あ、ああ⋯⋯いやああああああああああっ!!!!」
「先生!早くホイッスルを鳴らしてください!!俺の勝ちですから!鳴らしてくれないとまた死ぬことになってしまいます!」
『ええっ!?で、でも君はまだ攻撃をしてないのでは?』
「いいえ!俺は確かに攻撃しました!斬りつけて女の子の肌を傷つけることなく、更に殴ってもいない!そう!『羞恥的攻撃』です!」
「『この変態!』」
この日を境に、俺は学校中で変態として扱われるようになり、周りにも嫌われて、しばらくアルマに口を聞いてもらえなくなるのは当然だった。
その後の話、アルマが観客席から降り立ったネコ科の女の子二人に回収されて、俺は現在アルマの親衛隊と称する男女も種族も様々な集団に、襲われていた。
「貴様!アルマたんの服を溶かして恥をかかせるとは!入学したばかりと言って許すとでも思っているのか!!」
「そうだ!この変態!」
「女の敵!!」
その親衛隊とやらの隊長の第一声から、他の仲間も俺に誹謗中傷ワードを飛ばしてくる。
なんだろう。どことなく、うっすらと槍のようなものが俺の胸に向かって飛んできて、痛みはないがめちゃくちゃ突き刺さっている⋯。
「俺はあくまでも攻撃をしたまでだ。それもかなり平和的なやり方でな。というか、これで良かったんじゃないのか?皆のいう、アルマたんの体に傷がつかなかったんだからな───」
「いや、傷がつく前にお前は多分しんでたわ」
「確かに。聞いた話、オークにも逃げていた雑魚らしいからなあ〜。アルマたんに助けてもらっていたにも関わらずその態度は失礼極まりない」
⋯⋯⋯⋯。
「そんな非力で無能のわけのわからない人間がこんな学校に湧いてくるとか、笑い話もいいところだ!!家に帰れ!」
『そうだそうだ!さっさと帰れ!!恥晒し!!!!』
⋯⋯⋯⋯めちゃくちゃ腹立つし、悲しいやんけ。こんなこと元の世界でもなかった⋯。
仕方ない。半殺しにされてもいいからあの隊長だけはしめてやる!
「⋯⋯さっきから非力やら雑魚やら恥晒しだと、うるせえよ!!なんなら相手してやるよ!お前らなんざあのダンジョンのワイバーンと比べたら誹謗中傷ワード飛ばすだけで全然怖くねえ!何人でも構わねえからさっさとかかってこいやこらぁっ!!」
『『ボム』!!』
煽って顔からしてマジギレている親衛隊の皆様が一斉に両手に丸くて青い火の塊を作り出し、俺に向けて投げてきた!こんな時に教師は何をやってい⋯⋯逃げ出してる!!あいつら教師じゃねえだろ!!
「うわあっ!!」
小さめの球体のくせして爆発の範囲はわりと広い。俺とアルマがいた場所は完全に小規模のクレーターが完成していた。その爆風で爆心地から十メートル飛ばされて、瞬間体が宙を舞う。
⋯⋯まずいことになった。部活で培ってきた持久力と速さで逃げ回ることは出来るものの、確実に俺は数に負ける自信がある!
「一か八かだ!おい黒い剣!!さっきのアルマの時みたいに俺が剣を投げたら酸を適当にばらまいてくれ!」
⋯⋯。分かっていたが、剣に話しかけても反応するわけがない。
「行くぞ!!うぉりゃああああああっ!!」
四方八方から飛んできたメイドイン親衛隊の無数の爆弾。俺は折れた剣を自分の真上に向けてぶん投げる。
投げた直後、この前の時と同じくドス黒い粒子を纏い、折れた所からどんどん再生されていき、再び黒い剣が完成した。
「ナイスだ!!そのまま酸をばらまいて、爆弾を⋯⋯あれ?」
剣が生えたのはナイスだ!!とか言いながらも正直予想だにしない出来事が起き、結局液体をばらまくことなく俺の目の前に見事に突き刺さった。
「ちょっ!⋯⋯やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやば───」
後でアルマを更衣室に連れていった二人の生徒に聞いた話、更衣室で更衣しているアルマを外で待っていたら、演習場から壮大な爆発音がしたのでその方向を見たところ、今までに見たことのない青い光の柱が出来上がっていたそう。
もちろん、親衛隊の『ボム』が一点に向けて投げられて、それが爆発したからである。
◇その頃アルマはというと⋯⋯。
アルマ・カディックは恥ずかしいという感情にあった。
「⋯⋯いや、その⋯⋯⋯⋯アルマ。ごめんなさ───」
「ごめんなさいなんて、そんな軽いもので済むと思っているのですか?元はと言えばあなたが彼に悪口ばかりたたいていたからこうなったのですよ!?しかも、裸だと気がついたら隠れて私に変わるしどうなっているんですか!」
彼に自身の裸体を二度も見られ、更に同じ学校の人達にも見られて、正直死んでしまいたい気分であった。
更衣室で急遽持ってきてもらった仮装用の純白のドレスを身に纏う。学生寮までの距離はかなりあり、前提に、アルマの寮部屋が絶対領域なので他の生徒に取ってきてもらうなんてまず不可能だからだ。
「ごめんっ!ほんとに調子に乗りました!」
「乗りすぎです!というか、なんであなたは出会った時から彼に雑魚とかガキとか言ってたんですか!?」
「⋯⋯それは。例えアルマでも言えないことがあって、聞かれたくないっていうかなんというか」
「答えて」
「今は無理だ」
まだ言うことはできなかった。例え自分の体と共有しているもう一人でも。
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「ど、どうなったにゃ?程よく死にかけてくれたのかにゃ?隊長。見えるかにゃ?」
「いやー。爆煙が酷すぎてどうなったのかもわからん。演習場の装置を作動して、一度地形と煙を消さない限りはな。誰か頼む!」
「へい!!」
演習場全体がその装置とやらを起動したことによって大きく揺れ出し、排気口のような穴から淡いピンク色の煙が吹き出し、演習場を埋め尽くす。
埋め尽くされて、その煙が完全に消え去ったあと、演習場は見事なことに俺とアルマが戦う前の、それ以上に綺麗な状態に戻っていた。
「どうだ!あの罪人はいた───」
「お前らのスキをついて観客席に逃げ込んだんだよ。親衛隊隊長殿」
『ぎゃああああああああ!!いつの間に湧いてやがる!』
「誰が湧くだと!?虫じゃねえんだから言葉に気をつけろ!」
親衛隊が揃って発狂しだす。そりゃあ観客席にさっきまで爆弾投げられて逃げていた男が親衛隊隊長に向けて剣を突きつけていたら当然のことか。
◇実はあの時⋯⋯
「ちくしょう!こんなところで死んでたまるかよ!剣でガードなんてしたら剣が折れるだけじゃすまないし、俺だって当然助からない!」
素直に諦めかけていたその時。
『破壊すればいいのに⋯⋯』
「え?」
『⋯⋯前みたいに魔法使って破壊すればいいのに』
突然、俺の脳内に誰かが話しかけて来た。なぎ払う?前みたいに?何がなにやらさっぱりだ。
はて、この声どこかで聞いたことがある⋯⋯⋯黒い剣なのか?
「ま、魔法なんて無知の俺が知るか!」
『⋯⋯ドリューロクス』
「そ、それが魔法の名前なのか!?それ唱えながら剣を振ればいいんだよな!?いいっ、行くぞ!『ドリューロクス』!!!!」
剣を目上の爆弾に向けて振った瞬間、黄色い衝撃波のようなものが剣から出てきて直撃した爆弾は空中で爆発した。
それからその爆弾を最初に連鎖的に他の四方八方から来た爆弾も起爆し始めた!
「なにがなにやらわからないが、死なずにすんだああああっ!!」
それでも爆弾の爆風だけはえげつないもので、前方近くで爆発した爆弾の爆風で俺は吹き飛ばされて演習場の壁に衝突してした。が、こうなる生徒がいることを想定しているのか、壁がクッションの様に柔らかくて痛みは全然なかった。
「今のうちに⋯⋯観客席に!」
◇
という、にわかに信じがたい一連の流れがあるのだ。
もし今持っているこの剣がただの、そこら辺の剣だったと思うと俺は確実に魔法が打てずに死にかけているという、恐ろしい話である。
「悪いがもう帰らせてもらうからな。お前らのせいで実際死にかけたことだし、これ以上攻撃してくるなら一日一人ずつ、隊長殿を最後にする形で親衛隊メンバーを殺しに行くぞ」
親衛隊は顔が真っ青になり、何も言わずに演習場から出ていった。公衆の前面で女性の服を溶かすような破廉恥極まりなく、更に自分達の最大の技が効かない人間だからやりかねないと思ったのだろう。
俺は観客席に座り、改めて自分の持っている剣を見る。どす黒い粒子を纏って剣が生えること以外はどこからどう見ても普通の剣である。さっきのは、単なる幻聴だったのか?だとしたら俺は病院に直行してしばらく寝込むことにする。
「⋯⋯あの声はお前か?」
⋯⋯⋯⋯。
もちろん反応はないし、声も聞こえてこない。
やはりあれは俺の幻聴だったのだろう⋯⋯。この世界に病院なんてあるのだろうか───
「誰に話しかけてるの?」
「うひっ!?⋯あ、アオイか。なんでもないです」
「ほんとに?昔からあなたは嘘をつく時、または何かを隠す時は絶対敬語になるのは変わってないね」
「⋯⋯えっと、アオイ。多分お前の知っている人物と俺って、別人だと思うぞ。俺はあのダンジョンでお前に初めて出会ったんだから。後々変に信じている状態で本人が登場したらお前が恥ずかしくなるだけだから今のうちに言っておく───」
「知ってるよ。あなたは確かに「彼」じゃない」
「じゃあ、どうして俺に関わるんだ?違うと分かってて俺に接してくるのは、俺としてはなんとも言えない気分なんだが」
世の中同じ顔した人が三人くらいいると聞くが、アオイはどうやら俺にめちゃくちゃ似てる人と仲間だったらしい。
「関わったらダメなの?そうやってまた一人になるの?」
「関わるなとは言ってない。逆にこんな世界に来てからアルマという狂人に出会い、ワイバーンにこされかけたりして来た中で誰よりもマトモな人に出会えて俺は素直に嬉しいと思ってるさ。⋯⋯って、今一人って───」
「スド・タクミはいるか!」
演習場の入り口から、いかにも怒っているような声が聞こえてきた。その方向を見るとローブを身につけたいかにも頭の良さそうな人がいた。
「なんですかーーー!」
「今すぐ学校の屋上まで来なさーーーーい!」
⋯⋯なんでだよ。
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私、藤川 碧は、あれから魔王討伐軍に所属することになった。
なんでも、私のすてえたすが常軌を逸しているからだとかで、何もわからないまま鎧を着させられ、「ダンジョン内の調査」以外何も伝えられないまま、私と他数十名はは見るも無残に崩れ去っている洞窟前に来ている。流石にまだ見習いという扱いなのか戦場には出してもらっていない。というか出たくないし帰りたい。
「⋯⋯ほんとにここってどこなの?」
「おーい新入り!ボケっとしてないで調査始めるぞー!」
「は、はーい。⋯⋯あの、一体ここで何を調査するんですか?崩れ去ってめちゃくちゃ危険じゃないですか」
「いや、崩れ去ってめちゃくちゃ危険なのは外側だけで、ダンジョン内部は完全には崩壊していない。今回の調査は⋯⋯調査というか埋葬だ」
「埋葬?」
大量の岩や砂を除去しながら私たちはダンジョンに入る。先輩の兵士さんの言う通り外と比べたら中はところどころ穴があって崩れているところはあるものの、全部崩壊はしていなかった。
少し歩いていると、黙っていた先輩の兵士さんは口を開いた。
「このダンジョンのボスは先日、冒険者でもなければ勇者でもない。更にどの街にも住んでいない男一人、種族は珍しく人間によって倒されたんだ」
「たった一人にですか?このダンジョンってそんなに簡単な所だったんですか?」
「いや、このダンジョンは全ての街が六段階の内、三番目に高い難易度、VERYHARDとして扱っていたダンジョンだ。複数人のパーティーで挑めという警告が出るレベルだと思っていてほしい」
後で聞いた話、この世界のダンジョンという場所には全ての街指定の難易度が存在しており、弱い順に、EASY、NORMAL、HARD、VERYHARD、DANGEROUS、NO Trespassing(立ち入り禁止)がある。立ち入り禁止レベルになると入った直後死ぬらしい。
「じゃあ、その人はどうやって一人でそのボスを倒せたんでしょうか⋯⋯」
「先日、二人のある学校の生徒が『ワープポイントを踏んでしまってダンジョン内部にワープさせられた装備をしていない男がいる!』とギルドに助けを求めに来た」
「⋯⋯じゃあ、その人は偶然そのダンジョンに入ってしまって、偶然ボスを倒したってことなんですか?」
「そうだ。モンスターは死ぬ時には基本粒子になって消えるからどうやって倒したかは誰も知らないが、その男は運がよかったんだろうな。⋯⋯⋯⋯そのボス部屋が目の前だ」
適当に話しながら歩いていたらいつの間にかダンジョンの奥のボス部屋に来ていたらしいです。
その部屋はかなり広いことはわかるのですが、薄暗くてなにがなにやらわからない。めちゃくちゃ帰りたい。
「新入り。今からこの辺照らす魔法使うから、目を閉じるんだ。⋯⋯閉じたか?『フラッシュ』」
フラッシュという言葉とともに、目を閉じていても周囲が明るくなったことがわかった。
「よし、開けていいぞ。初仕事から嘔吐なんてするなよー」
「⋯⋯⋯⋯ひっ!?」
初仕事にしては、私の精神を一気に削るような光景が目の前に広がっていた。
そこには一体何人の人がいたのだろうか。何人殺されたのだろうか⋯⋯。手が変に曲がった人、顔以外が無い人、目を開いて涙を流しながら右半身がなくなっている猫耳の女の子───
「う゛え゛えええええええ⋯⋯」
「新入り!まじまじと見たらダメだ!俺達でももう一人に頼るのに!」
別の先輩の兵士さんが私の元へ駆け寄り心配してくる。
吐きそうで吐けないという状態が今私の体のなかで起こって⋯⋯言葉では言い表すことができなくて気持ち悪い。
「おい!」
「ちょっと⋯⋯流石に⋯⋯⋯⋯や」
その言葉を最後に、私は出せるものも出せずに気を失った。
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屋上に呼ばれた俺と、呼ばれた俺についてきたアオイはその場の光景に目を疑った。
目の前の人集りの中心に倒れている女子生徒の頭が、そのまんま『なくなっている』。同じ制服だからこの学校の生徒であることはわかるのだが⋯⋯。
「な、なんだよこれ!!」
「スド・タクミ。この生徒を殺したのはお前と聞いているのだが、本当か?」
「し、知るか!さっきまで名の知れぬあんたに呼ばれるまでは俺は演習場にいた!ここにいるアオイが証人だ!」
「そうです!さっきまで私は彼と話をしていました。だから彼が校舎にいるわけがないんです!」
展開が早過ぎて素直にワロエナイ。入学早々誰かに罪を着させられるとは⋯⋯俺が何をしたと言うのだ。
『嘘つけ!この学校にお前という人間が来たこと自体おかしいんだ!だいたい魔法も知らない、武器もろくに扱えない口だけ達者な十七歳の男なんてありえない!どうせなにか隠してるんだ、こいつは!!』
「はあ!?流石それは強引な理由過ぎるぞてめえ!」
同じクラスにいたような気がする男子生徒に確実に俺が犯人だと決定ずけることを言われた俺は流石にキレて男子生徒の胸ぐらを掴み上げる。犯人がこいつという証拠はないが、今みたいに周りの生徒や教師に言ったのは間違いなかったからだ。
周りの人達が全力で俺たちを止めに入るが俺はそいつを離すことは無い。
「適当な言い分ばっかり言いやがって!エリートだらけの学校のエリートな生徒なんだろ!?少しは頭を使ったらどうだ!入学したての俺が、なんであの生徒を殺さないといけないんだよ!逆に武器も扱えない魔法も打てない俺がどうやって頭を吹っ飛ばしたんだ───」
「落ち着けお前たち!」
俺を呼び出した教師であろう人が全員を黙らせる。俺も本能的にヤバいと察知して掴んでいた手を離す。
「スド・タクミ。お前は本当に何もしていないんだな」
「もちろんだ!まず俺は、『魔法すら使えねえよ!』」
「⋯⋯では、お前の魔力はどうして減っている」
「!!」
完全にミスった。俺は親衛隊の爆弾をなぎ払うためにドリューロクスを使ったのだった。この時点で魔法は使えないと言った俺の証言は嘘になって、完全に不利になってしまった。
「⋯⋯スド・タクミ。お前を今日から五日間、寮部屋から出ることを禁止する」
「⋯⋯待ってください!彼は嘘をついてしまいましたが、この生徒を殺すために使ったわけじゃないです!親衛隊から身を守るために魔法使ったんです!」
「⋯⋯⋯⋯アオイさん。何もしていないあなたもこの罪人と寮部屋を共にしますか?」
この教師!金髪碧眼巨乳の女教師エルフというわりと豪華な設定を持ってるくせに中身がウザすぎるわ!寮部屋隔離という、まず自分の寮部屋すら分からないのにそんな所にアオイまで入れられてたまるか───
「いいです!というか⋯⋯お願いします!」
よほど親しい関係だったのだろう。涙を流しながら首のない女子生徒を運ぶ白衣の人でさえ、立ち止まってアオイに向けて驚きの視線を送るほど場の空気が凍りついたのだった。
結局、抵抗虚しく俺とアオイは学校から少し離れた学生寮の一室、長いこと使われてなかったのかカビ臭くて歩くだけでホコリが舞い、汚いという言葉しか出てこない寮部屋で五日間、現実の時間で一ヶ月の間停学処分を受けることになった。