入学
◇
ふと、アルマと俺はある一点に疑問を持った。
ステータス画面の右上に、ページをめくるような表示がされているのだ。
「なんだ?これ」
「俺に聞くな。ステータス画面なんて開いたのは今が初めてだ」
気になったアルマがその表示をめくるようにスライドすると───
「⋯⋯大事な事だからもう一度言うぞ。なにこれ?」
「重要なことだからもう一度言う。俺に聞くな」
アルマがこの機能のようなものを知らないのか、それとも俺だけなのかは分からない。ただそれをめくった時、俺の名前の横にKILLERと赤く表示されていたのだ。
「お前、赤い文字のKILLERがなんの意味を示すのかわかってるのか?」
「な、なんだよ⋯⋯?」
「この一週間で50人以上の冒険者か村人を殺していたということだよ!このガキ!やっぱりお前は殺人鬼か魔王軍の幹部のようだな!」
物凄い早さで鞘から剣を抜き、俺の目の前に剣先を向ける。
ど、どういうことだ?俺はこの異世界に来てからまだ二日も経っていない⋯⋯はずだ!
「ま、待ってくれ!お前はともかく、俺はオーク一匹も太刀打ちできない非力の高校生だぞ!?そんなのが人なんて殺せない、だいたい魔王軍ってなんだよ!!」
「魔王軍すら知らないだと!?流石に嘘だろ!日本っていう所は魔王軍の存在すら知らない国なのか!?」
「ああ!魔王軍だなんて生まれてこの方十数年、聞いたことがない!お前がつくのはまだしも、俺は極めてマトモだ!」
「このクソガキいっ!!!!この学校の校則に『人間やエルフといった種族を殺したら違反』というのがあるのに!学園長がもしいたらどうするんだ───」
アルマが血相を変えて俺の胸ぐらを掴みあげ、程よく俺の体が浮きかけていたその時。
「アルマさん。彼との話が終わったら、後で話があるので残るように」
見た目は推定二十歳後半。寝癖だろうかボサボサの頭に薄めの髭。180センチは優に超す見知らぬ男。この人が学園長⋯⋯なのか?
「ひっ!!⋯⋯ちょっとトイレに行ってきます!失礼しました!」
アルマは危険を察知したのかそそくさと部屋から出ていった。どのみちあいつの処分は近いだろう。
「⋯愚か者が。⋯⋯⋯⋯まず私の生徒があなたに危害を加えてしまったことを謝罪したい。すまなかったな」
「あ、頭は下げなくて大丈夫です。ていうか危害といってもよくわからない街で俺を殺人犯にしかけたり俺の溝内を蹴ってきただけですし」
正直この時点でただ事ではない話なのだけど、学園長は眉一つ動かすことなく聞いていた。⋯なるほど。今ここで貯めておいて後でアルマにぶつけるおつもりのようだ。
「今後は二度とそのような事がないよう叱っておく。⋯⋯それで改めて聞きたいことがある。本当にお前は、魔王軍の者か殺人鬼ではないんだな?」
「はい。そもそもこのめくる機能なんてさっき知ったばかりです。実際何故かKILLERが出てるのは確かなので、信じてくれとはいいません。ですがマジで俺は殺人を犯したことも魔王軍に関わった覚えもないです」
俺はアルマに蹴られたところが微妙に痛むもののなんとかベットから降りて、深く一礼をした。
すると学園長は少ししてから、何も言わずに部屋から出ていった。⋯⋯質問に答えたのだからなにか返してほしかった。
「⋯⋯⋯⋯よくわからないが、許してくれたの⋯か?」
恐る恐る目を開けて、顔を上げようとした直後、いつからそこにあったのか、白い紙が置いてあった。その紙には何かが書かれてあって、日本語と英語しか知らない俺には見たことのない言語で構成されていた。
「なんだこれ?」
「この学校の学生になるための書類だよ」
「ふぁっ!?」
背後の窓から声が突然聞こえてきたものだから声まで裏返り飛び上がってしまった。
誰だと思ったらそこにはアルマに腕を斬られた⋯⋯アオイだっけ?彼女はそこにいた。よく見ると何故か腕がくっついている。生えたのか?
「久しぶり。といっても昨日ぶりだけどね。お腹は大丈夫?嘔吐するくらいに思いっきり蹴られてたけど」
「お腹はそれなりに大丈夫だ。お、お前こそなんで腕があるんだよ。記憶が正しければアルマに斬られてたじゃないか」
「『コネクト』っていう、例えば割れたコップ同士をくっつけるようなことに使う魔法を使ったの。普通腕をくっつけることなんて出来るわけないんだけど、アルマっていう人が斬った私の腕はそりゃあ見事にキレイに斬れていたから繋げることができたの」
アルマの手は刃物なのかと思わせるような、わりと怖いことを知った俺だった。
⋯⋯⋯⋯思ったのだが、魔法というのは至ってシンプルというか、詠唱が英単語一つで使えるんだな。
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「ひっ!!⋯⋯ちょっとトイレに行ってきます!失礼しました!」
アルマ・カディックは学園長と拓海のいる部屋から一目散に出ていった後、自身の寮部屋に戻っていた。アルマ以外の干渉を許さない、まさに絶対領域の寮部屋。
「⋯⋯アルマ。いつまで黙ってるつもりだ?」
「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい。学園長がいた辺りから普通に寝落ちしてました」
「いつからだよ。⋯まあいい。多分あのガキは間違いなく、あいつだ」
右手に小さな魔力の塊を作りながらアルマは眠っていたアルマに話しかける。
「⋯⋯本当に魔王軍の幹部なのかなあ」
「KILLERと表示されているステータス画面をあの時見たのだが、どれもあの非力とは考えられないくらいの能力値を持っていて、何より名前が違っていたんだ」
「⋯⋯⋯⋯『ジャック』という名前なんて魔王軍幹部の中で最高峰の実力を持った男の他にいるわけないですよね」
アルマ・カディックは困惑していた。
彼がもしかすると魔王幹部なのではないか?ということに。
今まで見てきた彼は作った人間だったのか、それとも魔王幹部としての記憶を失って現界しているのか、それすらもわからないのだった。
「⋯⋯とりあえず、完全な証拠のないまま疑うのは彼に失礼ですし、私の道徳心が許せないので、様子を見るつもりです」
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俺は、学園長であろう人物が置いていったこの入学手続きであろう書類に目を通し、それらを記入して正式な生徒にならないと殺されるのではないかと思っている。
その為にも、俺は英語よりも難しい言語を覚えることから始めないといけなくなった。
「まったく。今あなたって17歳だよね?なんで文字が読めなければ書けないの!?どこのの出身!?四街の人?それとも六街?⋯あっ、そこはもっと短く。そのままだと「ごめんなさい死ね」という言葉になってしまう」
「え!?まだ縦線引くの長いの!?⋯⋯俺は今あなたが行った街のどれにも該当していない。俺は日本という国から来たんだよ」
「日本という場所はわからないけど、国?国ってまあ懐かしい響きだね。まだ国って呼ばれてる所があるの?あー違う違う!短すぎる。それだと「ありがとい」になっちゃう」
「ありがとい!?なんでや!最後に点つけたらダメなのか!?⋯⋯⋯⋯なんで、国って呼ばなくなったんだ?」
動かしていたペンを置いて、途中で辞めてんじゃねえと言わせない視線を送って彼女に尋ねる。
「それも知らないの?(これは完全に記憶を失っているの?)⋯⋯今から五年前、全ての始まりは、ある魔王軍の幹部の一人からだった」
アオイ曰く、魔王軍の幹部は全員で八人。名前もわからない、顔に俺の世界で言うところのモザイクのような効果が入っていて存在そのものが不明の輩がいるらしく、その中で唯一名前だけ明かした『ジャック』という男が、この世界から国という概念を『消した』らしい。
国を消された人たちは俺の世界でいうところの憲法といったルールを失くしたということなので、各地で窃盗や殺人、戦争が常識と化してしまったらしい。ジャックがこれをやったのは、『自分たちは何もしていない。この世界の人間が勝手に自分たちで滅んだ』という結果を作りたかったのだろう。
だから、国ではなく響きがいいんじゃね?という大人の判断のもと『街』と呼ばれるようになったらしい。
「この世界では、そんな物騒なことが起きてたんだな。お前の説明を理解できるのに数分かかったわ」
「それから五年、いつの間にか初街、二街、そして三から七まで、それぞれ他の街とは定められたルールとは異なる街ができていったのさ。おけ?」
「いや、大人の事情がふざけすぎてるので全然わかりません」
「とにかく!!ジャックが何らかのことをして街にしたということ!わかったなら勉強の続きをやる!」
後で知った話。魔王軍が現界して一年後、人間が勝手に滅んだという結果が作れなかったことで、何故か命令した魔王がジャックの右手を切り落とし、その手から赤黒い血が溢れ、赤血球一つ一つが地上に降り注いだことでその赤血球はやがてモンスターになったという、昔の神話のようなことが起こったという。やがてジャックは魔王軍から突然姿を消したらしい。⋯⋯痛かったんだろうな。
◇
勉強が終わったあと、ひと通り文字の解読や書いたりできる程度の能力を身につけることができ、書類に正直な個人情報を書いたあと学園長と認識できた人物に提出して、半分強制的にこの学校の生徒になった。
「スド・タクミです。魔法や武器の使い方なんてかれこれ17年生きてますが全然わかりませんがよろしくお願いします」
もちろん、同じクラスになるであろう人たちは、無知のまま生きてきた俺に対して口をポカーンとしている。無理もない。なんせここは魔法使いや一流の冒険者になるために昔から英才教育を受けてきた末にやっとここに入学できた、俗に言うエリート達の集まる学校だからだ。
そこに俺という非力の人間がくるのは、かなり場違いな話である。拍手なんてもちろんない。
「あっ!同じクラスだったんですか!?よろしくーーー!」
アルマ・カディックという人間一人除いては⋯⋯。まるで、あるようでないギャルゲーの光景が今起こっている。
国立ならぬ三街立シュノーケリン学園⋯⋯ゴーグルが頭に浮かぶ学園だな⋯。
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「ようクソガキ。特に問題なく入学出来たようだな」
「誰がクソガキだ。⋯えっと、お前の方は───」
「私はアルマだ」
「じゃあどっちがアルマじゃないんだよ。区別がつかないじゃないか。俺的にはお前がアルマという名前ではない気がするんだよな───」
───ドンっ!!
⋯⋯突然アルマに壁ドンをされた今日の昼。
周りの人たちも壁ドンの音を聞いてその方向に顔を向けたものの、壁ドンされているのはアルマではなく初対面かつ誰なのかもわからない俺のため直ぐに顔を元の位置に戻し始める。
「私のことをむやみに口に出すなこのバカ」
「⋯⋯⋯⋯なんか変なことを言ったと思ったのでまずはさっきのことは謝る。だけど⋯!」
俺は壁に手をついたアルマの白くてスベスベしてどこか柔らかくて食べてしまいたいような右手を掴んだ。
「さっきからバカだのガキだの。俺の事を名前か名字で呼べ。同い年のまだよくわからんやつに下に見られるのは許せないんだよ」
「何か間違いでも?17になっても魔法や武器もろくに持てない、魔王軍のことを知らなかった箱入り娘ならぬ箱入り息子みたいなのを下に見て、何が悪い?」
「⋯⋯お、表に出ろ。もう一人のアルマは後回しだ。とりあえずお前だけでも先に服従させてやるよ!」
今日初めて、女の子の喧嘩を買った。
◇
表に出てドンパチやってやろうと思ったのだが、教師であろう人に全力で止められて、俺たちは演習場に向かうことになった。
教師たちの監視のもと、入学初日で全てにおいて無知ということで、ハンデとして俺が一度でもアルマに『攻撃』できたら勝ち、アルマはフル装備でもなく武器も持たず、素手で俺を二十回殴るか降参させたら勝ちというルールが設けられた。
「この前のダンジョンで折れたその剣で戦うつもりかな?タクミくーーん」
「うっ⋯⋯うるせえ!!今に見てろ!この折れた剣は、折れた所からまた生えて来るんだからな!」
そう。少しでも攻撃のリーチを増やし、剣先だけ当てたら勝ちというわけなので、俺はこの前アルマに折られた黒い剣を持っている。
周りの観客からクスクスと笑う声が聞こえてくるが、そんなもの気にも止めることはない。
「生える?嘘をついても為にならないぞ。剣なんて生えるわけがないだろうが。⋯さて、始めるとしようか。かかってこいよザコ」
ピーーーーーッ!!!!
ホイッスルが演習場に鳴り響いた瞬間、俺は走り出した。二十メートル先のアルマに向かって、ただ一回の攻撃をするために。
「特攻のつもりか?」
「ああそうだ!ワイバーンとの戦闘の中で俺が身につけた最高の攻撃方法、それは⋯これだっ!」
俺はワイバーンの時と同様に、剣を投げた。
そしてこの後に折れた所から剣が生えてきてアルマの頬をかすって勝利というわけ───
「⋯⋯剣を投げるなんて、子どもよりバカだったようだな」
なんと、アルマは目にも留まらぬ早さで左に避けて回転している剣の剣柄を掴み、俺のふところまで一気に迫って来た!!
「⋯⋯⋯⋯降参する?」
「⋯⋯いや」
「仕方ない。いつまで私の攻撃に耐えられるか、試させてもらおうか───」
「俺の勝ちだ。実はな、アルマ。今お前が持っている剣、お前たちは聞いたことのない属性を持っていてな、酸っていう属性なんだ」
「だからなに?」
アルマは不思議な物を見るような目で勝ち誇った俺をみてくる。こいつは、まだ自分の状況を理解出来ていない。
「いやーしかし!この剣も実に卑猥な武器だなあ!お前にかかった液体はワイバーンの翼を剣の切れ味と投げた速度に加算されると異常な能力を発揮する液体なのに、モンスター以外には一切害はない⋯⋯服だけ溶かしたがるんだからな」
やっと、観客も教師たちもそれに気がついた。
アルマは、酸の液体が付着したところから服がどんどん広がるように溶けていって、結果、形の良い見事な乳房を露わになっているのである。
それに気がついたアルマは、みるみる顔が赤くなり、結局生えることのなかった黒い剣を落として胸元を隠し───
「あ、ああ⋯⋯いやああああああああああっ!!!!」
「先生!早くホイッスルを鳴らしてください!!俺の勝ちですから!鳴らしてくれないとまた死ぬことになってしまいます!」
『ええっ!?で、でも君はまだ攻撃をしてないのでは?』
「いいえ!俺は確かに攻撃しました!斬りつけて女の子の肌を傷つけることなく、更に殴ってもいない!そう!『羞恥的攻撃』です!」
「『この変態!』」
この日を境に、俺は学校中で変態として扱われるようになり、周りにも嫌われて、しばらくアルマに口を聞いてもらえなくなるのは当然だった。