脱出
◇
「なに掴もうとしてるんですか?」
さっきの女性の右手を自身の左手の手刀で切り落とし、その右手を恐ろしい速さで取った、アルマ・カディックの姿があった。
俺はこの奇行をこれから先『ブロークン・アルマ』と雑なネーミングセンスのもとこう成ったアルマに名付けることになるわけだが、このアルマは何故か激変するのだ。
「ぐうぅ⋯っ!」
手が切り落とされたことに気がついた途端止まる気配がしないほどに溢れだしてきた鮮血。声を殺して痛みに耐える女性を前に、俺はどうにかなりそうだった。
「あ、ああ⋯。アルマああああああああっ!!!!」
「えっ?ちょ⋯⋯きゃっ!」
殺意。
理由はよく分からないが、初めてこの異世界に来た直後のエルフの女の子。そして今、罪のない人を、命の恩人と言って間違いない人をアルマが殺そうとしたということに、今までにない殺意が湧き、黒い剣を握りしめてアルマに向けて振り下ろした。
今自分は危険だと本能が察知したのかアルマはあのオークの持っていた武器であろう剣を構えて受け止めた。
「なんで、こんなことをした!」
「なんでって、この人このダンジョンのボスじゃないんですか!?」
「このダンジョンのボスはワイバーンだ!だからボスがいなくなったことでダンジョンが今でも崩壊しかけている。この女性は俺を助けてくれた命の、命の恩人だったんだ!!」
勢いだけに任せてアルマの剣をそのままたたき落とす。ワイバーンより、いやそれ以上の存在かもしれない彼女から剣を取り上げた。そして、そのままアルマに剣を突き刺せば───
「私を殺せるとでも思ったのか?ガキが」
残すところあと数センチの距離だったはずなのに、アルマは赤い粒子になって消えた。
「ど、どこにいっ───」
「み、右斜めの73度に出てきた!」
女性の声を信じて即座に振り向く。
この世界が基本的になんでもありの世界だとわかってしまったのはこの時で、赤い粒子の残留を纏いながら、一体どんな動きをして弾き飛ばした剣を拾ってここまで来れたのか、今まさに剣を振りかぶって俺を切ろうとしているアルマがいた。
「バレた⋯⋯か!!」
「殺されてたまるかよ!」
───バキッ!!!!
「ああっ!折れた、俺の相棒が折れちまった!!」
本日二度目の剣の折れ。防御できる程度の切れ具合と酸性を持った剣ではアルマの攻撃を防ぐことが出来なかったらしい。
もっとも、俺が非力だから。ということもありえるのだが⋯⋯。
「おいどうした!私を殺すんじゃないのか!?あの女に『バーティカル』を見破られて殺し損ねたのは計算外だったが、『もう一人』を使わないと私には勝てないぞ?」
「も、『もう一人』??俺はずっと一人だ───」
「嘘つくな!初街の生まれの人間は生まれた時からもう一人の人格を持つと聞いている。初街で出会ったお前はもう一人いるはずだ!」
「ぐはあっ!!」
溝内に蹴りを入れられて、雑魚キャラのような声を出してワイバーンがいたところまで吹き飛ばされる。胃の中の食べ物が一気にこみ上げてきた。
「⋯⋯う゛うっ、う゛う゛え゛え゛え゛ええええっ⋯!」
「どうやらここまでのようだな。今回はアルマの誤解が招いたことだし、さっさとここからでるか。⋯⋯そこの!⋯えっと、誰だ?」
「私は、『アオイ』と言います⋯。すいません、接合魔法とか使えますか?あなたの誤解のせいで右手がキレイに切れてるん⋯す」
「悪かったな。⋯⋯⋯⋯⋯⋯よ し。おま⋯⋯⋯⋯か?」
なんだ?嘔吐してサッパリしたと思ったら今度は⋯⋯気持ち悪い。
◇
ここは、どこなんだろう?
知らない人に顔を潰された?後に気がついたら和室のような部屋にいて、はたまた知らない人にオレンジジュースを飲まされて、目を覚ましたら見知らぬ街にいて、ベンチに座っていた。
「私は、生きてるの?」
改めて、自分の顔が潰されてないか、手足もちゃんとあることも確認する。
⋯⋯よし。私は確かに、「藤川碧」だ───
「おい!こんなところで何をしている!!」
「え?」
少し離れた所に、兵士のコスプレをした大人が何人か列を作っており、その中のいかにも指揮官のような男性が私の所に走ってきた。
コスプレをしてる人にしては、かなり鬼のような形相をしているのはどうして?
「何をしているかと聞いている!というかどうやってここに入った?」
「どうって?さっきまで和室にいて、いつの間にかこんなところにいて、おじさんたちは?そんな重そうなコスプレして大丈夫なの?」
「こ、こすぷれ?何を言っているのかは知らないが、ここは王都で、特殊な訓練を終えた兵士の更に上を目指させるための訓練所だ!まさか、侵入者!!」
腰に付けた鞘から剣を抜き出し、私の眼前に剣先を向ける。これは、コスプレでもなければ夢でもなさそうです。
「ま、まってください!私は侵入者とかじゃなくて、ほんとに気がついたらここにいただけで、マジです!なんなら道さえ教えてくれたら直ぐにでも出ていくのでどうか命だけは取らないでくださいお願いします!」
ベンチから立ち上がって必死になって頭を下げる。
「そ、そこまで言うなら侵入者とかスパイではなさそうだな。なら、ステータスを見せろ。人を殺してたら名前の横にKILLERがつくからな」
「す、すてえたす??」
「ステータスも知らんのか!?⋯⋯怒る気もなくなってしまった。⋯えっとだな、頭の中で思い浮かべるんだ。『ステータス』とな」
言われたとおりに頭の中で思い浮かべる。
すると、目の前にB5サイズ程度の大きさの画面が出てきた。
もちろん、名前の横にKILLERなんて付いていない。
「⋯⋯⋯⋯お前」
「へ?み、見逃してくれますよね?KILLERなんて付いてないんだから大丈夫ですよねえ!!」
「それはもちろん。ところでフジカワとやら」
「⋯⋯はい」
「魔王討伐軍に興味はないか?」
後で聞いた話なのですが、私はこの人生の中で培ってきた努力と怠惰の成果がでてるのか、メンタルと速力以外はこの指揮官のおじさん以上だったらしく、私はこれが夢だと信じて魔王討伐軍とかいう軍隊に所属することになりました。
◇
夢を見た。
痛みは感じないが、仰向けになった自分の胸に真っ直ぐにあの折れたはずの黒剣が突き刺さっているという、縁起でもなく、それでもシュールな光景の夢だ。
「⋯⋯⋯⋯名前?」
ふと、名前という言葉が頭に浮かんだ。それは俺のことなのか、この剣の名前なのかは分からないが───
「名前を決めてほしい?⋯ふふっ。剣なのに名前がいるのかよ。⋯⋯そうだなあ。今はまだ考えれないから、少し待ってくれないか?」
まあ確かに、無名の剣は少し可哀想だからな。
普通に黒剣でもいいんだけどなあ。
『⋯出来れば、あなたみたいな名前がいい』
「えっ!?」
◇
溝内を蹴られて嘔吐して気絶してどのくらいの時間が経ったのか、無事にダンジョンから脱出することが出来たらしい。
しかし、ここはどこなのだろうか?とりあえずここから出ないことは分からない。
「よっこら⋯⋯しょおおおおああああああ!!!!」
思いっきり起きようとしたら、手足に謎の力がかかり、枕元の木に頭を強く打った。
「あ、起きましたか!」
手足を動かせないため頭を抑えることが出来ず、鈍い痛みが波のように襲ってくる中で、聞いたことのある声が扉を開けて入ってきた。
「大丈夫ですか?見た感じ頭を打って悶え苦しんでいますけど?」
「お前か!!俺の手足になんかしたのは、やっぱりお前なのか、アルマ!!」
「落ち着いてください!とりあえず、落ち着いて!変に暴れて学校の道具をぶっ壊したらダメだという学園長の判断です!」
「が、学園長?」
つまりこの手足の謎の力は、学園長に指示されたアルマか他の人の仕業。というわけだ。
⋯⋯学園長ということは、ここは学校のどこかの部屋なのか?
「はい。そろそろお見えになりますので、余計なことをせずに待っていてください。なんなら話し相手はもう一人に任せますので」
「⋯⋯俺の時間で言うところのさっき、お前は今ももう一人とか言ってるけどなんなんだ?その、もう一人は」
「⋯お前のいう時間で言うところのさっきも言ったのに、覚えてないのか?初街の人間なんだろ?」
来た。アルマには出来なかった剣を折る技量を持ち、俺の溝内に蹴りを入れた方のアルマだ。では、こっちは誰なのか?という事になる。
「俺はお前の言う、初街?の人間じゃない。⋯⋯もう一人という概念のお前が出ているのなら、アルマの方の意識はあるのか?」
「いや、この時のあいつはこの世界のどこかに魂を持っていかれている」
「難しい話だな。アルマに聞かれたら困るし、正直お前の事をあまり心配してないからこれを話すのもなんだが、そもそも俺はこの世界の人間じゃない」
「ほう。じゃあ初街とこの世界の人間ではない証拠を確認するために、ステータス画面を見せろ」
「ステータス?」
「頭の中で思い浮かべるんだ。『ステータス』ってな。⋯⋯⋯⋯目の前に出てきただろ?」
正直、この世界に来て初めての体験だ。まさかゲームのようにステータス画面が出てくるなんて思ってなかった。
それには俺の名前がフリガナ込みで書かれてたり、体重やらなんやらの個人情報の値等が書かれていた。
「名前は⋯⋯タクミ?確かに出身は初街でもなければ他の街でもない。⋯日本?聞いたことのない国だな。能力値も並の一般人だし⋯⋯⋯⋯ん?」
ふと、アルマと俺はある一点に疑問を持った。
ステータス画面の右上に、ページをめくるような表示がされているのだ。
「なんだ?これ」
「俺に聞くな。ステータス画面なんて開いたのは今が初めてだ」
気になったアルマがその表示をめくるようにスライドすると───
続