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ダンジョン 2

『龍』

これまで俺は、その言葉しか知らなかった。聞いてた情報としては尻尾があるとか、火を吐くとか、デカいとか⋯⋯。全身が赤いし、目が金に光ってるとか。いろいろ当てはまっている。なによりさっき頭を見上げた際に少しの間だけ出た名前が───


「⋯⋯ワイバーン」


周りに転がっている何人もの死体を見るだけでも、このワイバーンが強大な存在であることがわかる。

⋯⋯⋯⋯気持ち悪い。

この気持ち悪いがリンゴの後遺症なのか、中には人間としての原型を留めていない死体を見てからなのかはわからない。ただ、俺はこのままだと確実に、死ぬということになる。


「あ⋯⋯ああ⋯⋯⋯」


「グア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァ!!」


「うわああああああああああああああ!!!!!!」


聴力を潰しにかかる咆哮が、俺の逃げる動作のきっかけだった。ここにいてはあの死体の山の一部になってしまうのは間違いなかった。

来た道を一気にかけ戻る。元の世界で培ってきた運動能力を最大限に、逃げることだけに引き出した。

しかし、一歩の間隔がかなり広い巨体に逃げることが出来るわけがなく、この広く薄暗い空間に住み着いていたワイバーンの足は、 俺の身体を軽々と浮かばせる風圧を連れて背後に迫って来た。


「⋯⋯⋯⋯ぐはあっ!!」


ゲームの雑魚キャラのような言葉が出た直後に訪れた、壁にぶつかった際の激痛。メリメリと奇妙な音が身体から出てくる。次第にその痛みは、声すらも発せない。ただもがき、苦しむことしかできない。

リンゴの後遺症だと思っていたこの世界は紛れもない現実。これがまさに第二の人生を歩もうとした人間の試練。⋯⋯いや、末路なのだろうか?


「⋯⋯ぐ⋯⋯ぎぃ⋯」


顔を咄嗟に両腕で覆うような形でガードしたことでなんとか即死は免れたものの、動けない。

もう何も考えたくない。痛いのはごりごりだ。今日の時点で俺は心身共にどれだけ苦しんだことだろうか。


───だったら、早く諦めたらいい


(あ、リンゴ。まだ一つだけ潰れず残ってたのがあったんだな)


遠のきそうな意識の中、俺はギリギリ動く右手で近くにあった『偶然潰れなかったリンゴ』を掴む。

かなり吹っ飛ばされたのか、ワイバーンとの距離もかなりあるから潰されることは無い。少しずつリンゴを口に向けて持っていく。少し右腕を動かすだけでも激痛が迸る。

それでも右腕はリンゴを『落とす』ことを止めない。潰されて死ぬよりは、毒で死んだ方がいいと、狂った心がそう思ったのだ。

そして俺は、やっとの事でリンゴを口にしたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


◇アルマとエリの悲鳴が響き渡って十分後のことである。


「み、見つかりましたか!?」


「⋯⋯まだ!だからさ、次のワープポイントとはどこに発生するかがランダムだからもしかしたらここからかなり遠い七街ながいみたいな所に発生してるかもしれないんだよ!?だったら普通に入り口から突入して直ぐに探した方が───」


「それだと間に合わないんです!あもこのダンジョンは難易度が最高難度のエキスパートと聞いたからにはフル装備じゃないと道中で死んでしまうかもしれないんです!」


彼女たちは(エリは強制)拓海の入ってしまったダンジョンの近道のワープポイントを探すために奔走していた。ギルド側にも『発見して間もない高難度ダンジョンのワープポイントに装備なしの旅人が入ってしまった』と報告し、プロの冒険者を呼び出してもらっている。

アルマと別れた拓海は剣を持っていたのに、その剣が大樹の根本に刺さっていたことから彼は装備なしと断定したのだ。


「アルマ。多分大丈夫だよ。ワープポイントの近くにはもしもの人のために脱出ポイントがあるから、きっと逃げ切ってるよ」


「いえ、まだダンジョン内です───」


「なんで言いきれるの!?」


「彼の!匂いがしないんです!!!!」


アルマ・カディックの嗅覚は、並の生き物以上である。


「⋯⋯まあ、それなら寝てるんだと思うよ?とにかくさ、そんなことする暇あるなら、街に一度戻ってフル装備に早く変更しに行こうよ⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい。(⋯⋯無事でいて!!)」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


◇リンゴの味は、鉄のような味だった。食感は固くて最悪、種を噛んだら何かの液体が飛び出して口の中が麻痺し始めた。


「⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯⋯⋯が」


それでも、口が完全に痙攣するその瞬間まで俺はリンゴをかじる。その度に全身に痛みが駆け巡る。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぁ⋯⋯」


芯以外全てを食べ終えた頃には、右腕はピクリとも動かなくなっていた。毒が全体に回ったわけじゃない、元から動けなかった身体にダメージを与え過ぎたのだ。

ワイバーンは、笑っていた。いや、ギリギリ見える視界の先に俺を見下ろす青く光る眼の内が笑っているように見えたと言った方がいいかもしれない。虫の息と察したのか、俺がこのままくたばるのを待つことにしたようだ。


(⋯⋯⋯⋯あれ?)


俺はふと、身体への違和感を覚えた。蝕むように回っていたはずの毒の感覚が、消えた。毒消しを持っていたわけじゃないし、思えば全身の痛みが少しずつ引いてきている⋯⋯ような気がする。

俺は普通の人間で学生で、おかしな能力はない。それはこの十七の人生で既に確認されているのだ。⋯⋯そうでなかったら、全身の骨がさっきからバキバキ言わないはずなのだから。


「ぐうぅっ⋯⋯!!いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい、痛いぃっ!!」


今まで感じたことのない、全身強打なんて比にならないような痛みに襲われて、発せなかった声がこの空間で響き渡る。

その痛みによって更に意識が薄れていくなかで───


『おかえり』


俺は確かに、アルマでもない、全然聞き覚えのない女性の声を聞いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その日も、私は日課のランニングをしていた。毎年私の通う学校で行われている長距離のマラソン大会にて自身の記録を更新するためでもあるし⋯⋯。

あの男、須戸 拓海に今度こそ長距離走で勝つためにやっている。


───その男が、まさか目の前で自動車に轢かれたなんて、考えたくもなかった。


「⋯⋯⋯⋯嘘」


その数分後、その場は救急車やら警察やら街の人と言った多くの人で群がっていた。私も救急車を呼んだこともあってこの場にいなければならなかった。

顔のなかった彼を見た時は、路上だろうと公衆の前面であっても嘔吐せざるを得なかった。


「大丈夫ですか?」


電信柱を前にうずくまって出すもの出してたら誰かが話しかけてきた。


「うぅ⋯⋯⋯⋯大丈夫で⋯す。⋯⋯あれ?」


しかし、後ろに人はいなかった。通り過ぎる人もいない。確かに誰かに話しかけられたはずなのに、不思議な限りだ。

須戸 拓海だった物が搬送されてから更に数分。気分も少しだけ良くなり、野次馬達も去ったあと、私は一人泣いた。涙が枯れるまで、泣いた。


私と彼は同じ学校、同じ学年で同じクラスメイトで、普段は挨拶をする程度の関係で、彼が陸上部を辞めた頃には挨拶することすらなくなった。

気まづいのが嫌になって、今日に至っては放課後彼の胸ぐらを掴んで⋯⋯。


◇回想


「今年のマラソン大会で、私より遅かったら陸上部に戻ってよ」


「断る。後は後輩に託した───」


「ふざけないでよ!!あんたが辞めたら私、誰を目標に頑張ればいいのよ!」


「勝手に俺を目標にすんなよ。プロの選手を目標にしてればいいだろ。俺はもう『これくらいでいいなと思った限界』までやり終えたんだ。もうこの前の大会で成し遂げたんだよ。だからもうその事で関わるな」


「そんなの、私が許さないから。それが嫌なら私より上位をとればいい!」


「そんなの、既にとってるよ」


彼の机から、去年のマラソン大会で一位を、私の自己ベストよりかなり早い記録で出したことを賞した紙を出された時は、驚いたよりも敗北感が尋常ではなかった。


「あ、そうだ。この記録より早かったら、戻ってやってもいいぞ。最も、基礎がおかしいお前には無理かな?」


「取ってやるわよそんな記録より早いのを!絶対戻って来なさいよ!!」



⋯⋯という感じで、偉そうながらも彼が戻るきっかけを作ることが出来たのが嬉しかった。

でも結局、その約束は果たすことが出来なくなった。私はこれから、誰を目標にしたらいいのだろうか。プロなんか目標にするとか無理なはな───


「大丈夫ですか?」


「⋯⋯⋯⋯誰?」


先程と同じ声が後ろから聞こえて、振り返るとそこには知らない女性が立っていた。黒いTシャツに黒いスカート。髪が風に吹かれてその顔を見ることができないが、確かにその女性はいた。


「もう大丈夫です。ご心配おかけしました───」


「私の弟、どうなって死にました?」


「え?須戸 拓海のお姉さんなんですか?でも、お姉さんは一人しかいないし、その人もこの前死んだと言ってたきが──!」


瞬き一つで須戸 拓海の姉と名乗る人物は一気に私の目の前に迫り、人とは思えないような力で私の顔を鷲掴みにしてきた。ミシミシと奇妙な音が鳴り出す。


「例えばあなたがこれからなるような感じで、顔が無くなってたりしてましたか?」


「⋯⋯ん⋯んぐっ!!!!」


「あー。よく分かってないようですね。弟と知り合いっぽいし、丁度いいので見に行ってくれませんかね?あ、案外見に行くのだけは簡単ですよ?」


何を意味のわからないことを勝手に話進め始めてるんだこの人は!?

私の顔を鷲掴みしている手の力がどんどん増していく。そしてそのまま、私の足は地面から離れた。


「まあまあ、そう暴れないでくださいよ───殺しにくいじゃないですか」


悲鳴すら出すことができない、微かに指と指の間から見えるこの人のお腹に何度も蹴りを入れる。しかし何度も何度も蹴っても手が顔から離れることは無く、ジワジワと力が入ってくる一方。

死にたくない。十七歳で死ぬのは流石に早い。死んでしまったけど、あいつの墓の前であいつより早いタイムを出した賞状を見せびらかしてやるまでは⋯⋯!!

それは突然のことだった。さっきまで名も知らない人の憎い顔を見ていた世界が真っ暗になり、底の知れない闇だけが続いていたのだ。どうやら私は自分の顔を潰されたらしい。

しかし、どうして私なこんなにも落ち着いているのだろうか?この安心感はなんなのだろ───


「あなたに問います。死の運命を回避するか、しないのかを」

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