ダンジョン
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目を閉じて、再度運命を受け入れることにした俺なのだが、どういう訳だか知らないが脳内時計的に三分以上は経ったはずなのだがなにも起きない。というかオーク達のブヒブヒボイスが聞こえなくなって、なんと周りから音がキレイに消えた。
「⋯⋯⋯⋯ん?」
訪れたのは死ではなく、無。
痛覚のないま死んだにしてはおかしい。全身の冷や汗とか土の感触とか頬に当たるそよ風とか⋯⋯つまりまだ死んではいないというのか?恐る恐る目を開けると、辺り一面、先程まで歩いてきた草原が広がっていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ま、まだ俺は生きてるのか?」
見たところ、身体を槍で刺されて穴が空いてるようなことも無いし、首も繋がっている。そういえばあのリンゴの数が妙に減っているような気がする。オーク達がリンゴだけで諦めたとは思えないし、不思議なものだ。
とりあえず、周りには町や村といった光が見当たらないこともあり、今日は元の世界にはまず生えてない規模の大樹の中間部に登って寝ることにした。
「⋯よっ⋯⋯こらしょい!!」
リンゴの毒が自然と抜けて、食べる前の状態に戻った時にはなんとか木を登りきっており、太い枝と枝が絡まった、まさに自然の素晴らしさを感じれる場所で眠ることにした。
「あのオーク達、『生きてたらいいな』」
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「あんなに偉そうなことを言っておきながら、アッブルに対する知識を知らずに死にかけてた。結局は弱いのね」
月光に照らされた草原。そのほんの一部は、ある二人の少女を中心に真っ赤な液体で染まっていた。一人は一匹を斬撃魔法で骨までも粉々にして殺し、一人はもう一匹を見るも無残な須賀どころか原型すら留めてないレベルで四散させたからだ。
アルマを傷つけた男、本当なら容赦なく寝込みを襲って潰してしまいたい気持ちがあった。でもそうすると彼女を悲しませてしまいかねない。
「⋯⋯あんな雑魚のどこに気に入ったの?アルマ」
「雑魚とは失礼だよ。試しに一度会ってみたらどうですか?エリだってきっと好きになれると思うよ?」
「⋯⋯興奮してないで、やばかったらトイレに行ってきなさい」
須戸 拓海。正直、不安とか恐怖とかいろんなオーラを出してるけど、アルマが言うなら近いうちに声をかけてみよう。少女、エリは半信半疑なもののそう思ったのだった。
「ところで、私は今からダンジョンに潜ろうと思ってるんだけど、アルマもどう?」
「最近発見された所ですか?賛成です!『初街』の近くでしたっけ?」
「そうそう!あとさ、そのダンジョンは噂ではどこかにワープポイントが存在しててそこがダンジョン内の近道らしくて、道中の魔物を無視してすぐにダンジョンボスにたどり着けるらしいよ」
「場所はどこかわかってるんですか?」
「どこかの『大樹の太い枝が絡まったところ』らしいよ」
「そうなんだ!『大樹の太い枝が絡まったところ』ね、⋯⋯『大樹の太い枝が絡まったところ』⋯⋯⋯⋯『大樹の枝が絡まったところ』!?それってまさか!!」
その夜。二人の少女の悲鳴(一人は心配の意味、もう一人は理不尽に殴られた意味)で静かな草原に盛大に響き渡った。
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目が覚めたら、俺は薄暗い場所にいて、ひんやりした石の床にうつ伏せになって横たわっていた。
⋯⋯⋯⋯何故だ。
「なんだなんだ!?今度は幻覚症状にかかっているのか!?このリンゴそんなにやばいリンゴなのか!?」
自分の周りには、ドロップアイテムのような感じに僅かながら浮いている危険なリンゴが散らばっている。
とりあえず、何もしないままここにいても始まらないのは本能がそう言っているので、人間に対して毒ならば魔物に対して有効だろうとリンゴを4つ程持って行動することにした。
まずは、武器だ。オークのような武器を持つ魔物に出くわしたら素手のこちらは完全に不利だからだ。ナイフでも、ハンマーでもなんでもいい。早いうちに手に入れないと───
アア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!
「!?」
行動開始数秒で、少し遠いところで聞いたことのない謎の咆哮が通路に響き渡る。きっと直後に聴力検査をしたら俺は病院に行って診察してもらえと言われること間違いなしに、周りの音が咆哮をきっかけに聞こえなくなった。
「────!! ──!?」
草原の時にも味わった無音の世界。こればかりは焦った。一生このままで生きることになるかも知れないことに、怖かった。
両足の力が抜けて、膝をつく。やがて涙が溢れてきた。そして後悔した。例え殺される運命が待っていても、アルマとあの時行動すれば良かったのでは?そうだったらリンゴを食べて死にかけることなんてなかったはずだった。
『⋯⋯アルマ』
直後、雷にでも打たれたような感じたことのない衝撃に襲われて、顔面から盛大に地面に向かって倒れた。
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「⋯⋯戸⋯⋯⋯⋯拓海!!」
「はいいっ!?」
「ったく。人が勉強教えてるのに寝るなんて。なに?昨日は寝てなかったの?」
「⋯⋯姉ちゃん」
夢を見ていたのだろうか?目を覚ますと俺は自分の机に腰掛けていて、姉に勉強を教わっていた⋯⋯ようだ。
俺には姉がいた。名前は須戸 綾夏。
『いた』ということは、既にこの世にいないのだ。去年の今頃、通り魔に襲われて死んでしまったのだ。
「⋯⋯⋯⋯生きてたの?」
「人を勝手に殺すな!あんたこそ、かなりうなされてたけど大丈夫なの?」
「軽い悪夢を見ていたんだ。もう大丈夫───」
「大丈夫だったら、寝てないでさっさと立ち上がりなさい」
「!?⋯と、突然どしたんだよ?勉強教えてくれるんじゃないのかいだあっ!!」
いきなり死んだことを認めてない姉に両耳を叩かれる。普通なら激痛が走るのだが、何故か耳の調子が良くなった。この姉、本当に姉なのか!?
「いい?立ち上がったら怖がってないで直ぐに真っ直ぐ走りなさい。生きたいと思ってるなら、もう一度言うよ?走れ」
「⋯⋯やっぱりここは、元の世界じゃないんだな」
「当たり前でしょうが!!もうここには来ないでよ!?どんな時でも臨機応変に対応することが大事だからね!!」
突如急変した姉は、思わず「お前は俺の嫁か!」と冗談で言いたくなるほど説教みたいなことをしてきた。話が急過ぎて追いつけない。
「ほら、さっさと立て!!」
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再び目を覚ました頃には何故か何も聞こえなかった耳の異常も回復していた。涙もいつの間にか枯れ果てていて、俺は考える前に直ぐに起き上がり、走り出していた。
「ハアっ⋯⋯ハアっ!!なな、なんで全力で走ってんだよ俺!?⋯⋯⋯⋯あっ!」
走ることを止めて目の前の光景に目を疑った。
走っていたらいつしか広い空間に出ていて、なんと見た感じだが宝物庫のようなもので積み重なった山があったのだ。
「わ、わーお。幻覚にしては生々しいな。現実だとなにが起こってるんだ───」
アアア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!
「んおおっ!!ま、またか!」
今度は咆哮を耳に手を押し付けることで耐え凌いだ。それと同時に、この咆哮を出す者の正体が壁一つ先にいることがわかった。
その大音量が止まった直後のことだった。俺の背丈の倍近くある巨大な足が壁を破壊し、なんの仕掛けが働いたのかわからないが、その壁は破壊された所中心に粒子レベルまで細かくなって、消えた。
「⋯⋯そん、な。こんなのアリかよ?幻覚って本当にタチが悪いな!そう、これは幻覚なんだ!こんなのがいるわけな⋯⋯い」
幻覚⋯⋯そうだったらどれだけ嬉しいことだろうか。この異世界に来てから、俺は驚き、恐怖を感じているばかりだ。
それらの感情を追い討ちするかのように、顔が見えないくらいに大きい生き物がいた。よく見たらそいつの周りには、数え切れない程の死体の数でいっぱいだった。
───この日俺は、人生で初めて『龍』を見た。