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新任将校の受難Ⅴ


 香る鉄と硝煙の臭い。

 目の前のガラスは全て砕け散り、床に散乱するのならばまだよく、一部は床に倒れる死体に突き刺さっている。

 ここは全国展開する大手コンビニチェーン、エイトトゥエルブの店内。

 商品棚は辛うじて立っているものの、陳列された商品の殆どが中をぶちまけ店内に散乱している。


 絶え間なく降り注ぐ弾丸。

 劣化ウラン弾や徹甲弾でないことは幸いか。


 一定のリズムで銃撃が止む。

 相手が反撃しないから死んだと思ったのだろう。

 サバイバルゲームなどに利用されるような迷彩柄の多機能ベストのポケットというポケットに予備のマガジンを詰め込んだアラブ系の大男達が確認のため店内に入ってくる。

 構えるはお決まりのAK47。テロリスト御用達の一品である。

 もっとも、使っている大半のものは中国製のデッドコピーだろうが。


 男達のジャリッという、割れたガラスの破片を踏む音が店内に響くが、一発の乾いた銃声で店内は再び地獄と化す。


 放ったのはおそらく瑞樹であろう。

 先頭の男が頭から血を流し倒れる。

 ヘッドショット。

 攻撃した者の射撃技術の高さが窺える。


 後続の男達が銃弾の飛んできたレジ奥に向かって銃を構えるが、飲み物売り場の冷蔵庫の中から、パンという単発の銃声が二度響き、男達が倒れる。


「……これで……何人目だ……」


 吐く息は白く、アサルトライフルを構える腕は震えていた。

 気分はまるでシベリアで戦うスナイパーだ。

 それもそのはず、ここはコンビニの冷蔵庫の中。

 気温はマイナスまではいかないものの、関東地方における冬の明け方ぐらいの寒さはある。

 コートやその類を着ていない俺の体力を奪うには十分な寒さだった。


「弾薬を持ってきました。……これが最後です」


 そう言って、新たに冷蔵庫の中に入ってくる一人の少年。

 このコンビニのアルバイト店員の中野という男だ。

 年齢は十代後半か。

 もう一人のアルバイト店員の一ノ宮という少女との掛け合いから想定するに高校生であろうか。


「……ありが……とう。後は……奥で……隠れて……くれ」


 声が震える。先程の戦闘の影響か。

 ……やはり、脳震盪はキツイな。

 視界不明瞭。物が二重に見える。

 それに体がイマイチ言うことを聞いてくれない。

 まるで鉛のようだ。

 俺は中野からマガジンを受け取ると手に持ったアサルトライフル、AK47の残りの弾薬を確認する。

 残りは僅か。戦闘を出来るとしても後、二、三回か。

 後は対面のレジ奥に隠れている瑞樹次第ではあるが。

 もっとも、向こうもこちらと状況がそう変わるものではないだろう。

 ここに籠城して既に一時間くらいたっただろうか。

 手が震えて腕時計の時刻がはっきりと見えない。

 手持ちの拳銃は戦闘中に何処かに放棄しており、今は敵から鹵獲した武器を使用している状態だ。

 現在の戦力は店内にいる瑞樹と俺の二人と何処かから敵を狙撃する第三者。

 一人……いや二人いるか。

 死体の損傷具合から一人はアンチ・マテリアルライフル、もう一人はアサルトライフルでNATO弾を使用しているといったとこだろうか。

 どちらにせよ助かる。


「本当に……大丈夫ですか?あれ……お腹のところ……」


 青ざめた顔の中野。まるでホラー映画を見た後のようだ。

 まったく、俺の腹に何があるというのだ。

 嫌な予感がする。こういうときは決まって……。


「くそっ……」


 アイアンサイトから目を離し、自分の腹部に目をやるとそこにはーーー

 ドレスホワイトの海軍の夏季用制服が真っ赤に染まっていた。

 ……なんか息苦しいと思っていたが、原因はこれか。

 瑞樹のお守りは本当に一回だけらしい。


「やっ……ヤバイですって!きゅ、救急車!いや、今は……」


「落ち着け、これぐらいなんともない!」


 声を振り絞る。あくまでも通常運転であるように。

 焦りは何も産まない。失うだけだ。

 それに救急車は今呼んだって、敵のいい的にされるだけだ。

 しかも、通信妨害装置があるためそもそも外に連絡が取れない。

 加えてだ。今は止血剤も無い状況だ、患部を圧迫する他無い。

 俺にできることは敵を出来る限り撃ち倒す事と……。

 …………引き継ぐことだけだ。


「いや、でも!今止血します!」


 そう言って、コンビニの制服を脱いで、それを丸め俺の腹に押し当てる。


「……中野……と言ったか」


 どうやら応急救護の最低限の知識はあるようだ。

 本来であればぐっとか、がっとかと悲鳴を上げるだろうが何も感じない。

 足元にはかなりの血溜まり。痛覚なし。

 これは最後が近そうだ。


「はい!って、なんで今そんな事……」


 なんとなく察したのだろう。俺が彼に突き出した銃を見て。


「軍……事教練は……受けて……るな?」


 国内の公立高校ならば、現在必修科目として軍事教練が課せられている。

 だから、銃の一つや二つ扱えてもおかしくない。

 拘束されていたアルバイト店員を解放するも、彼らは一般人、危険な目に合わせることができない。

 なんて……言ってられないよな。


「な、何いってんですか!……一応、受けてますけど」


 それは重畳。

 俺がしようとしている事に中野はどうやら気づいたみたいだな。

 ……すまない。


「……これはAK47、アサ……ルトライ……フルだ。まぁ……パチもん…だろうがな。命中精度は最悪、射撃方式は……単発とフルオートのみ。……無駄弾を撃たないように単発にしとけ」


「一応ですけど……確認なんですが、僕が撃つって事ですか?」


「……もちろん」


 他に誰がいるというのか。


「……はぁ、わかりました」


 ため息一つ。中野は銃を受け取る。

 なんというか、この中野という少年。

 発言とは裏腹に肝が座っている。

 バックヤードからとはいえ、いつ敵に襲われるのかわからない中補給用の銃弾を運び、俺の現状を見て動揺はするもののパニックにはならず諦めて銃を受け取る姿勢。

 ふむ、彼はいい軍人に慣れそうだ。

 生きて帰れれば、海兵隊の第二機動歩兵大隊に推薦してやってもいいぐらいだ。

 そんな後進の育成について思いを馳せていたその時。

 男達の鈍い叫び声が聞こえくる。


「何が……」


 冷蔵庫の棚の隙間から声が響いてきたレジの方を見るとそこには手刀で喉を切り裂かれた男とそれに恐れ慄き逃げようとする男達が居た。

 あれは……瑞樹……か。

 返り血を浴びる姿は少し前の彼女とは見分けがつかないほど印象が変わっていた。


「……女神……か」


 まさにそれは白銀の戦乙女ワルキューレ

 化物などではない。神々しさを感じる姿。


「確かに……。って芳一さん!芳一さん!」


 あぁ、声がどこか遠くに聞こえる。

 そろそろ終わりか。

 あの声も今回ばかりは聞こえない。


「くっそぉぉぉぉ!」


 パンパンと響く銃声。いいぞ中野、その調子だ。

 どうやら俺は先に逝くらしい。

 本当にすまない。


「芳一さん!芳一さん!」


 視界が暗転する。

 何か誰かが叫んでいるようだ。もっとも、俺にはそれが何であるか認識出来なかった。

 聞こえてきたのは懐かしい音。

 バリバリと響くヘリのローター音にワーグナーのワルキューレの騎行。

 いつもなら湧き上がる闘志は今は此処には無い。

 あるのは良くわからない暖かさ。

 まるで誰かに抱きしめられているようだった。


(お疲れ様、もう眠っていいわよ)


 その一言で全てが許されるような気がした。

 思い返すは少し前、あの始まりの記憶。


ーーーーーーーーーー


「って!なんでフラッシュグレネードなんて持ってるんですかっ!」


 背後からの叫び声。

 ある程度備えていたとしてもやはり制圧用武器。

 耳鳴りがまだ鳴り止まない。

 何故彼女は平気なのか。

 正直、自分が何を喋っているのかよく分からない。

 微かに瑞樹の叫び声が認識出来た程度だ。

 もっとも、その声に反応する余裕なんて無い。

 早く、身を隠す場所を確保しなければ。


「国防軍だ!テロリスト鎮圧特例法四五条二項に基づき接収するって……言っても」


 パァンという乾いた音。

 レジで銃を構えようとした男の眉間を瑞樹が撃ち抜く。

 残念ながらこの場に民間人は居なかった。


「意味ないか」


 店内は混乱、するよりも早く、俺が店内窓側、雑誌コーナーにいる男二人を、銃撃。

 弾丸はすべて頭部に命中し、男たちはこの世にさよならを告げる。

 どうやら敵はこのコンビニを占領したらしい。

 通報されると不味いから……いや、奴らは通信妨害装置を持っているしそれはないか。

 だったら……口封じか。……まさか陽動なんてことはないだろうな。

 本来の目的は別であるとか。

 それにしても敵の数が多い、何人いるんだ。


「てめぇら!」


 一番最初に声を上げたのは、レジに立つもう一人の男。

 しかし、次の瞬間にはレジに飛び込んできた瑞樹の蹴りが顔面を捉える。


「ぐへぁ!」


 脳が揺れ、一瞬たじろぐその男をカウンターの内側に入った瑞樹は足払い。

 倒れた瞬間、男の頭部を至近距離から銃で撃ち抜く。

 もっとも、瑞樹はレジカウンターの中に飛び込んだ際に履いていたヒールが折れ、態勢を崩していた。

 それをレジ奥、バックヤードとの境界に立っていた大男は逃さない。

 瑞樹の前に構えた銃を思いっきり蹴り上げる。


 宙を舞う瑞樹の銃、幸運な事にその行き先は二列目の菓子コーナーの敵を撃ち倒し、三列目の弁当コーナーで瑞樹に銃を向けようとした男の眉間を撃ち抜いたばかりの俺のところだった。

 側面からの気配。……行けるか。

 集中、すべての感覚を鋭敏に。見るのでなく感覚で。

 敵に向けた目線は逸らさない。一瞬が勝負。

 ここだ!

 左手で銃を捉えると同時に右手で自分の持っていた銃を後ろに投げる。


「瑞樹っ!」


 パンという一発の発射音。それは重なり合った二発の銃撃。

 瑞樹は俺の投げた銃をキャッチし、俺が目の前の敵の眉間を撃ち抜くのと寸分たがわぬタイミングで、同じく相対する敵を撃ち抜いたのだ。

 なんというコンビネーション。

 我ながらに感心する。よし、結婚しよう。

 一瞬の静寂。もっとも、そんな戯言を言っている暇はない。

 現在、店内の表にいる敵はすべて芳一達が制圧したがおそらくバックヤードにも敵がいるはずだ。

 本来の店員の姿が見えないことから、人質か……あるいは。

 どちらにせよ、籠城するならばバックヤードの制圧は急務だ。

 更に外の駐車場の敵もスタングレネードの効果から立ち直りつつある。


「ホウ!頭を下げて!」


 外の敵からの容赦ない銃撃。

 威嚇射撃にしてはやりすぎだ。

 敵は何を考えてる。


「おいっ!敵は俺達の身柄確保じゃなかったのかよ!」


「くっ……どうやら予想が外れたかもしれないですね」


「あぁ、もう!バックヤードは俺が制圧する!瑞樹、外の敵は任せた!」


「くっ……悔しいけど今は了解するしかないです」


 俺は予備のマガジンを瑞樹に投げると、瑞樹からも予備のマガジンが投げられる。

 今手に持っている銃の種類は異なり、マガジンの規格が違うためだ。

 ついでに倒れた男が持っていたアサルトライフルを奪う。

 AK47……のコピー品てところだろうか。

 命中精度に難があるが、ある意味使い慣れたものだ。

 今の状況では助かる。


「援護します!」


 俺と同じく鹵獲品のアサルトライフルをフルバーストで弾丸をばら撒く瑞樹。

 それと同時に俺はドリンクコーナー近くの搬入用入り口に飛び込む。

 そのまま従業員用の休憩室兼事務室に向かう。

 昔、同系列のコンビニでバイトしてたおかげで何となくではあるがどこに何があるがわかる。

 おそらく、人質がいるとしたらそこだろう。


「ウ、ウゴクナ、ウゴイタラーー」


 ビンゴ。

 一人の東南アジア系の少年がアルバイト店員であろう二人の男女にアサルトライフルを向けていた。

 その隣で床に転がっているのは、中年ぐらいの少し頭が禿げかかった中肉中背の男。

 綺麗に眉間を撃ち抜かれていることからして至近距離で撃たれたのだろう。

 人質の男女の年齢から考えるにこのコンビニのオーナーか店長あたりだろうか。

 人質に向ける銃口が、プルプルと震えていることから、敵の少年はまだ銃を人に向けて撃ったことがないのだろう。

 おそらく朽ち果てた男を撃ったのは、店内にいた他の敵の誰かだろう。

 だが、この場ではそんなことは関係ない。

 優先すべきは、人質の命だ。

 是非も無し。

 突入した流れでそのまま少年の眉間を撃ち抜く。

 一発の銃弾。それで全てが終わった。

 もちろん人質は無事だ。


「こういうのはな、お馴染みの台詞を言う前に撃つんだよ」


 それが絶好のスキだから、人質開放で最も外せない瞬間だ。


「んーー!!」


 人質の少女がその光景に声を上げる。

 しかし、ガムテープで口を閉じられているので具体的な言葉は分からない。

 パンパンと少年の頭に確実に殺すために銃弾を撃ち込む際も、同様の声を上げる。

 悲鳴とは何か違う、どこか自分を非難しているのだろうか。


「はいはい、わかったから」


 良心?そんなものは戦場には無い。

 俺は手近な事務机に置かれているサバイバルナイフを取り、少女たちの手を拘束するバンドを切る。

 その際も、んーんー叫んでいるので何かと後ろを振り向くとそこにはーーーー


「ねんねしな、ベイビー」


 後ろに立った大柄な男が俺の頭に拳を振り落とす瞬間だった。

 くそっ!しまった。


「がっ!」


 凄まじい威力のパンチだ。威力を受けきれない俺の体は前方に吹っ飛んだ。

 ……プロボクサーかよ。

 立ち上がろうとするも体に力が入らない。

 それだけでなく、意識も朦朧とする。

 ……脳を揺らされたか。


「来ないで下さい!来たら撃ちます!」


 人質の少女が先程まで俺が持っていた拳銃を構える。

 しかし、銃口を向けた男はびくともしない。


「おもしれぇ、嬢ちゃんに出来んのか」


 むしろ、面白そうな表情。

 男の下卑た笑い。……これはいけない。

 声の震えから判断するに、彼女は引き金を引くことは出来ないであろう。

 それなりに整った容姿だ。何をされるかわからない。

 早く助けないと大変な事になる。

 気合を振り絞り腕を動かすも、掴み取れるものは何もない。

 ヒタヒタと何か濡れるような感覚。

 これは先程殺した少年の血か。

 体の向きが斜めっている事から俺は殺した少年の上に覆いかぶさっている状態か。

 これはこれは……。

 因果応報ってやつなのかもな。

 ……やっと、楽になれるかもしれない。

 そんな、諦めかけようとしたその時。


(いえ、まだよ)


 そんな声がどこからか響く。凛と澄んだ女性の声だ。

 何処かで聞いたことがあるような。


(まだ、終わらしてはいけないわ)


 誰の声だ。

 内なる俺の声か。それとも死神の類か。

 地獄の釜は定員オーバーとでもいいたいのか。

 もう、俺は十分戦っただろ。

 少しは休ませて欲しい。


(十分戦った?何を言ってるのあなたは何も手にしてないじゃない)


 何も……か。確かに、得るものは何も無かった。

 失うばっかりだ。

 本当に俺は今まで何をやっていたのだろうか。

 自身のの存在定義レゾンデートルに疑問を呈したくなる。

 ……なんか悔しいな。 


(そう、ならば立ち上がりなさい)


 そんなもん自力でどうなるならばとうの昔にやっている。

 既に四肢の感覚は無いのだ。どうしろと。


(力なら貸すわ、一瞬だけ。それで決着をつけなさい)


 一瞬、なんてケチなんだろうか。

 彼女は。

 ん?彼女?なぜ俺は声の正体が女であるとわかったんだ?

 それに力って……どういうことだ。


(それは、こういう事よ)


 既に心臓の感覚が無いにも関わらず、激しい動悸と息切れが俺を襲う。

 凄惨な過去のフラッシュバック。

 硝煙、砂塵、悲鳴、鉄の臭い。

 赤、朱、緋、紅。

 もういい、やめてくれ。心臓がいくつあっても足りない。

 おいおい、これはショック療法というやつか。

 随分手荒い真似をしてくれる。

 それに力って、期待ハズレもいいとこだ。

 まぁ、徐々に四肢の感覚が戻りつつあるが。


(ようは気合よ)


 随分いい性格をしているなこの……ん?

 お前は何だ?


(私?んーそうね、強いていうならば勝利の女神かしら)


 そうかい、良くわかった。

 後で一発殴らせろ。


(あなた女に手を上げるつもり?)


 よく言う。俺は男女平等主義者なんでな。

 それに戦場に男女は関係ない。


(そう、残念ね。殴られてやりたいけども当分の間はあなたの前に登場することは出来ないわ)


 当分の間か……ツケは有効だぜ。


(そう、期待しているわ。でも忘れないで、私はいついかなるときもあなたの味方よ)


 泣かせること言ってくれる。

 まぁ、でもそんなリップサービスは問屋が許さーーー


 瞼が開く。

 四肢の感覚も辛うじてある。

 もっとも、めまいが酷くて視界は不明瞭と言うべきか。

 逃げたな。

 まぁいい。今は目の前の事に集中だ。


「へへっ、いい体してやがる」


「んー!んー!」


 まさにお決まりの展開。

 大柄の男は人質の少女を組み敷いていかがわしい事をしようとしている。

 おいおい、今は戦闘中だぞ。

 瑞樹さんに見つかったら蜂の巣だということを知らんのかね。

 まぁまぁ、いい感じに剥かれてしまって。

 チラリズムというのか。色々とそそるものはあるが、残念ながら俺にそんな趣味はない。

 本当に彼女は勝利の女神なのだろうか。

 手元にはサバイバルナイフが都合よく転がっていた。

 おいおい、マジかよ。

 迷うことなく投擲。


「がっ!」


「きゃっ!」


 倒れ込む男。

 返り血が少女を襲う。

 それにしてもこのナイフよく切れるな。

 軽く投擲しただけなのに男の喉を串刺しにしていた。


「っらぁ!」


 重い体を持ち上げ、近くにあったウォーターサーバーの水を頭から被る。

 これで少しは意識がはっきりとした。

 その時だった。


「うっ……がぁ!」


 死んだと思っていた男からの銃撃。

 しまった。喉がほとんど裂けているのだ。

 反撃なんて予想していなかった。

 随分根性のある敵だ。

 狭い室内での戦闘だ。弾丸は頭部に直撃コース。

 しかしーーー


「愛してる、瑞樹」


「……なっ!」


 ピキンというガラスが割れた音のようなものが響き弾丸が不自然な曲がりを見せて俺から逸れる。

 瑞樹からもらったお守りの魔術が発動したのだ。

 確かに一発じゃ、コストパフォーマンスは悪いかもしれない。

 だが、今の俺にとって一発を防げれば十分。

 次弾の照準を定めようとする男に一瞬で近づき、頭部に踵落としをお見舞する。

 グシャという鈍い音、すかさず男が持っていた拳銃を奪い頭にダブルタップ。

 もう二度と同じ失敗は繰り返さない。


「あっ……ありがとうございます」


 丁寧に俺に向かってお辞儀をする少女。

 それを言われて嬉しくないというのは嘘になるが、今は隣でウーウー唸っているもう一人の少年の手枷を外してやったらどうだろうか。

 まぁ、此処は一発華麗に決めましょうか。


「俺は国防海軍所属、伊崎芳一イザキ ホウイチ大尉。君達を助けに来た」


 笑顔で手を差し出す。まるで窮地の状況を助けに来たヒーローのように。

 決して目の前の女の子が可愛いからではなく、国防軍の義務として。

 市民へのイメージアップは国防軍人の義務である。

 もっとも……君達を巻き込んだのは俺なんですけどね。

 知られたらイメージアップも糞もない。

 すまんな。


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