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新任将校の受難Ⅳ

 絶え間なく降り注ぐ銃弾。

 敵の目的は私達の身柄確保。

 だから、敵は私達を生け捕りにしなければいけない。

 しかしーーー


「っるぁぁぁぁぁぁっ!」


 女を捨てたような怒声。

 鹵獲したAK47をフルバーストで弾倉が空になるまで撃ち続ける。

 軍隊ではまず習わない水平撃ち。

 弾薬の無駄、命中精度の低下などなどデメリットが多い。

 しかし、大人数を相手に牽制するにはちょうどいい。


「はぁはぁ……これが実戦……」


 それなりに日々トレーニングしてる私も息切れするレベルの銃撃戦。

 初めての実戦というので心拍数が上がってる影響もあるのだろうが。

 身体を預けるようにレジ後方の棚にもたれ掛かる。

 もちろん、外にいる相手から見えないようにしゃがんで。

 おそらく、相手の指揮官は死んだ。

 私達の無理な強行突破の際か、それとも何処か遠くから敵を狙撃する第三者によるものか。

 形勢は圧倒的不利。

 相手が十数人?現実はそんなに甘くない。

 まさか国内にこんなに過激派のテロリストが潜伏していたとは。

 全く、暇な奴らが多い事で。

 彼らは駐車場で自分達の車を盾に店内にいる私達と撃ち合っている。

 既に相手の目的が私達の身柄確保から弔い合戦に変わり幾ばくか。

 容赦無く店内に銃弾をぶち込んでくる。

 対戦車ミサイルを持っていないのが幸いだ。


(神化しちゃう?)


 話しかけてくるのは私の契約神。

 神との契約者コントラクターである私は脳内で彼女と交信することが出来た。

 契約神、それは八百万の神々の一柱であり、人の理を外れた存在。

 神道魔術を行使する魔術師であり、かんなぎでもある私は運良く彼らと契約する機会があった。

 契約術式は降霊術の上位互換、神降ろし。

 それでもって、降りてきたのはコレである。


(ちょっとー!少しは反応しなさいよ!)


(……今、戦闘中です)


 なんというか神にあるまじきラフさ。彼女には威厳というものが欠けている。


(ちょっと聞こえてるわよっ!威厳て、アンタねぇ……今の御時世、神々も契約者が居なくちゃやってらんないんだから、エラソーにしている神なんていないわよ。契約者様は神様です、なんてのたうち回る神々だっているぐらいよ。いや、神はお前だろうってね!)


 デバイス無しの魔術による身体強化だけではジリ貧だ。

 いくら身体能力が向上したとしても背後にいる民間人を守るためこの場を動くことは出来ない。

 使えるのは相手の銃弾を見切るだけの動体視力、反射神経の向上。

 ガード系の魔術も使おうと思えば使えるが、宙に魔法陣が浮かび上がる形式のものなので使えない。

 魔術の秘匿は最優先事項だ。派手な魔術は使えない。

 魔術が一般人に対して秘匿されていることから、UDの存在は公にならず、大きな社会的混乱は起きないのだ。

 それに魔力を持つ者と持たない者がいるのだ。

 下手すると人種や性別に並ぶ差別事項になりかねない。

 自分の軽率な行動で新たな火種を起こすのは御免被りたい。

 要するに現代社会において、魔術の公開はテロにも匹敵する破壊行為である。


(ちょっとー!神化すれば外の敵なんてチョチョイのチョイでしょ?)


 彼女の言う神化とは、神の力の一片を借り受け、その力を代位行使をするという魔術的には最上位に位置する技法。

 しかし、人という器がある以上、完全な力の代位行使をする事は出来ない。

 身に余る力は、肉体、魂共に耐えきれず崩壊を招くからだ。

 外の敵を圧倒する力ぐらいであれば、私の器でも余裕だ。


(……神化は神道魔術の中でも秘匿性の高い魔術です。敵の裏で誰が糸を引いているか分からない以上、こちらの情報は出来る限り与えない方がいいかと)


 魔術を見た者を全員始末すれば、漏洩の心配は無くなりそうだが……。

 相手は人数は多いものの戦闘の素人だ。

 しかも、外見特徴から古来からの日本人では無い。

 おそらく、ほとんどが移民であろう。

 現在、移民大国となった日本では移民犯罪はセンシティブな問題でもあるし、何よりも彼らの中には若者も大勢いる。

 体のいいプロパガンダか何かに当てられて今回の戦いに参戦したのだろう。

 お得意の聖戦(ジハード)だろうが。

 彼らを皆殺しというのも目覚めが悪くなりそうだ。

 それに私は既に五人は殺している。これから先の事を考えたらもっと増えるだろう。

 これ以上は……あまり気が進まない。


(アンタねぇ、軍隊育ちで殺人マシーンになるような訓練しておいて、何一端の良心なんて持っちゃってんの……)


(……それは)


 自分でも思う。日々研鑽してきたのは人を殺すための技術。そこに良心は無かった。

 引き金を引く手に躊躇いなんて、初めて人を殺す今日まで無かったのだ。

 ただ、私は……。

もしかしたら、もしかしたら、少し前までの自分ならば躊躇わなかったのでないか。


(まぁ、別にそれはいい事なのだけどね。……でも、彼らを相手には辛いわよ。信仰の為に戦う奴らは最後まで屈さないから)


(…………)


 まるで落とし穴に落ちるかのように、それは突然だった。

 迷い。なぜ私はこんなにも悩むのか。

 狙いをつけて引き金を引く。沈黙したら次のターゲットに移る。

 ただそれだけ。

 それだけなのにも関わらず、足元に転がっている男達の死に顔が頭から離れないのだ。

 人の死なんてものは見慣れているはずなのに。

 彼らには家族は居たのだろうか。妻や子、親は殺した私をどう思うだろうか。

 彼らは今後、どう生きていくのだろうか。

 家族の温もりを奪われる、それはーーー

 止まらない思考。誘うは精神世界の深淵。

 心臓は激しく脈打ち、息切れ、目眩と過呼吸の症状が現れる。

 私は、私は……。



(瑞樹ちゃん……まさか……駄目よ、今はそのことを考えちゃ駄目。この世は所詮弱肉強食、彼らが弱かったそれだけよ。……っ瑞樹ちゃん!)


 ……子供。気づいてしまった。

 店内の棚により掛かるように倒れている男、いや少年。

 今までは銃撃戦に夢中で認識していなかった。

 彼は何歳だ。身長、体格からしても中学生ぐらいじゃないか。

 中学生……あの子は数年したら同じくらいかもしれない。

 私は何をしてしまったんだ。


(瑞樹ちゃん!)


「えっ!」


 契約神の叫び声。一瞬で我に返る。

 私は今何を。そして目の前にはーーー


「よう嬢ちゃん。撃ち合いの最中、随分余裕だな」


 頭に突きつけられるアサルトライフル。

 目の前には大柄な中年の男達が三人。

 ……しまった。敵の侵入を許した。

 入り口を警戒しているのは私一人では無い。

 レジとは反対側のドリンクコーナーの冷蔵庫の中から外の敵を上官である芳一が狙っていたはずだ。

 しかし、今は反応が無い。

 まさか、殺られた……。

 そんな、この場でもっとも頼りになり、殺しても死ななそうなゴキブリ並みの生存能力がありそうな男なのに。

 嘘……嘘だ。

 何かが心のなかで音を立てて割れるような感覚。

 一気に体が重くなる。


「お前の神に祈りな」


 男の人差し指が引き金にかかる。

 あぁ、死ぬのか。ついに年貢の納め時。

 私は殺ったのだ。殺られてもおかしくないし殺られて当然だ。

 でもーーー

 何故か体が震えるのだ。まるで死を恐れるように。

 駆け巡る今までの記憶。走馬灯だ。

 辿り着いた終着点で私が思った事、それは。

 私は……死にたく無い。


「なんだ、ビビってんのか」


 呆れたという男の表情。それもそのはず、彼ら相手にあんな大立ち回りをしたのだ。

 そんな奴がなぜ震える。

 でも、死にたく無いのだ。ただの人殺しの道具であった私が何で……こんな感情を抱くのか。


「あ……あっ……」


 死への恐怖。それが私を支配する。

 紡ぎ出す声は覚束ない。


「……恨むんじゃねぇよ」


 そう言って男は引き金を引く。

 放たれる無数の銃弾。フルバーストだ。

 確実に相手を殺すための必要以上の攻撃。

 おそらく、男も怖かったのだ。私達が。

 私は現実を逃避するかのように目をつむる。

 これで全てが終わる。


 しかしーーー


「なっ……おい、何が起こってる!」


「俺に分かるはずねぇだろ!」


 いつまでたっても死が訪れることはなく、聞こえてきたのは男達の狼狽する声。

 なにが……。


「やっとお目覚め、遅いわよ」


 それは私の声。しかし、私の言葉ではない。

 男達の放った銃弾は私に直撃する数センチ手前で停止し、宙に浮いている。

 頬を打つようなやわらかな一陣の風。なびく私の黒髪が毛先から銀色へと変わる。

 そして感じる魔力の高まり。

 これは……神化だ。


「借りるわ」


 私の右手は私の意志とは関係なく、目の前の男の首を突く。


「ぐはっ……おま……」


 魔力で強化された手刀はいとも簡単に男の喉元を突き破る。

 滴り落ちる血液。

 返り血で汚れた私はどんな表情をしていたのだろうか。


「ひいぃぃ!」


「て、てめえ!」


 残りの男達は逃げ腰で徐々に後退しながらアサルトライフルを乱射する。

 だが、銃弾は撃ったそばから宙に固定される。

 これは神が持つ物理的干渉力の代位行使。

 半径三メートル圏内であれば、物理法則すら歪められる絶対の力。

 人だけでなく、()()理すら超越する。

 まさに神の力だ。


 手刀で喉を切り裂いた男の装備品からサバイバルナイフを奪い、一瞬にして男二人へ距離を詰める。


「やっや……」


「こっち……」


「……ごめんね」


 それは誰に対して言ったのか。

 私かそれとも彼らか。

 死に際の最期の台詞すらも言えず、彼らの首が跳ねられる。

 まさに神速。


「しっかりしなさい瑞樹!」


 契約神からの叱咤。

 また、守られたのだろうか。

 最近何かと守られてばっかりだ。

 はぁ、何やってるんだ私。

 敵はテロリスト。主義主張はどうであれ、罪も無い民間人を巻き込むゲス野郎達だ。

 一方、私は国の為にと色々と死を覚悟して働いている軍人なのだ。

 何を迷うことがある。

 簡単なことだ。命に価値があるとしたら私のほうが遥かに優越するではないか。


「……家族、恋人、友人?はぁ、くだらないくだらない」


(あれっ?瑞樹ちゃん……なんか私軽く追い出されてるんだけど)


 そんなもの自己責任だ。戦いに赴いた者が悪い。

 しかもこれは相手が望んで戦っているのだ。

 望まぬ戦いを強いられる国家間の戦争とは訳が違う。

 はっきりとしてくる意識。肉体の主導権を契約神から奪う。


「ふっ……ははっ!そう……そうよね馬鹿らしい」


(おーい、瑞樹ちゃん?)


 本当に馬鹿らしい。

 そんな奴らに私は命を散らされようとしていたのだ。

 まったく、とんだ間抜けだ。腹が立つ。

 私は軍人である前に魔術師。描いた理想を現実にする者。

 困難は全て打ち払う。


(大丈夫……瑞樹ちゃん?なんか……ヤバイ事になってない?)


 レジとは反対側にあるドリンクコーナーから外の敵に向かって銃撃が何度か繰り返される。

 おそらく、彼だ。

 生きていたのだ。

 あの時、銃撃が無かったのは弾切れか何らかのトラブルがあったから。

 そうに違いない。

 良かった。これで憂いなく戦える。

 彼には終わってから言いたいことが山ほどあるのだ。

 もう、これは色々と責任を取って貰う他ない。


「っあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 店外へのサバイバルナイフの投擲。

 それはただの投擲ではなく、魔力を伴った投擲。

 衝撃波で駐車場のコンクリートが抉れ、駐車していた車とそれに隠れていた数人の敵が数十メートル吹き飛ぶ。

 敵は一体どんな表情をしているのだろうか。想像に難くない。

 コキッ、コキッと首を鳴らす。これはいつもの行う集中を高めるためのルーティン。

 さぁ、お仕事の時間だ。


「……ぶっ殺してやる」


(ちょっと!ちょっと瑞樹ちゃんお下品よそれ!)



ーーーーーーーーーー



「ったく何なんだ、奴らは!正気かよ!」


 見晴らしの良い民家の二階、フローリングの床に設置したアンチ・マテリアルライフルのスコープの先では、現実離れした光景が広がっていた。


「……ジャパニーズニンジャかよ」


 ここから約一キロ先のコンビニの駐車像でハリウッドのアクション映画のような大立ち回りをする二人の男女。

 おいおい、勘弁してくれよ。彼らの出身地はコミックブックか。

 敵はイスラム過激派のテロリスト。

 十年以上前に発生したエジプトの内乱で日本に移民として流れ着いた者たちが主な構成員だ。

 いくら相手が軍事キャンプにも行ってないような素人だとしても、あまりに大胆。

 それに……なぜスタングレネードなんて持ってる。


「ははっ、元気でいいじゃないか」


「……違いない」


 観測手スポッターを務める老年の男が双眼鏡を片手に微笑む。

 彼はこの家の主であり、国防海軍の大物ビッグネーム

 元海軍総司令官の天城義彦アマギ ヨシヒコ退役大将だ。

 なぜ、そんな大物がこんな所にいるのかって?

 それは、単なる偶然と言うしかない。

 偶然、狙撃場所に適した民家が彼の家だった。

 テロリスト鎮圧特例法四五条二項によって、一時的に徴用した民家が自分の所属する組織の元トップの持ち物。

 冗談にしては質が悪い。神は気まぐれだ。

 海兵は死ぬまで海兵。たとえ定年を迎え、軍を退役したとしてもだ。

 それは単なる標語ではない。どのような役職だったかなんて関係ない、祖国のためならば常に命を捧げる義務がある。

 ある意味、運が良かった。観測手スポッターがいるかいないかでは、狙撃の索敵、命中精度が大幅に変わる。

 ただ、相手は元海軍のトップだ。プレッシャーが半端ない。

 別にこれと言った権限を持っているわけではないが、独特の組織の長としての独特な威圧感があるのだ。

 おいおい、しっかりしろ俺。

 元SEALsだろ、もっと修羅場をくぐり抜けてきたはずだ。


「昔の肩書なんて気にするな。私を上手く使ってくれ、こういうのはあまり慣れてないもんでね」


 ……といわれても。

 日本のシキタリとかサホウには疎いからな。うっかり失礼があるかもしれない。

 俺の名前はラシード・ハーン。

 国防海軍情報部所属、階級は少尉。

 名前から分かる通り移民だ。

 何故、そんな経歴の俺が日本の国防軍の将校なんかやっているかというと、まぁこの国しか居場所がなかったからというべきだろう。

 五歳の時にエジプトから移民として米国に移住した俺はなんとか市民権を得て軍隊に入り特殊部隊の隊員にまでなったのは良かったのだが、最近の米国は移民に対して厳しいのだ。特にテロ組織に関連する者は徹底的に排除される傾向にある。

 くそっ、叔父のマフードめ。なんであんなくそったれなテロ屋に加担したんだ。

 お陰で自分はSEALsを追われる羽目になってしまった。

 ふざけるな。あの過酷なヘルウィークを耐え抜いたというのに。

 結局のとこ、日本に拾われたというのが正解かもしれない。

 しかし、海兵の魂は失われない。いまだに海兵なんてものをやっている。

 これは性のようなものかもしれない。

 それにこれ以外に生きる道を知らない。

 任務は新任将校のお守り。

 それが俺が置かれた現状だ。

 だが、何だこれは。新任将校共はスミス夫婦も驚きのガンアクションを繰り広げるし、敵は続々と沸いてくるし、一体なんだってんだ。

 俺が受けた命令はただ一つ。

 彼らを基地まで護衛しろ。

 彼らの詳しい素性は知らされていない。まぁ、護衛の任務なんてそんなもんなんだが……。


「ラシード。援軍はどうなってる?」


「先程、山縣中将に連絡したところ県警の特殊部隊を送るとの事」


「県警……手に負えるのか彼らに。それに時間がかかりすぎる」


「……それは私も思いますが、突然の事なのでしょうがないかと」


「しょうがない……か。ラシード、今日は金曜日で間違いないか?」


「ええ、週末に俺たちは何をやってるんでしょうね」


「だったら、可能かもしれない」


「可能?」


 何を言っているんだこの老人はと思い、隣の見上げるとちょうど天城は何処かに電話をかけるところだった。


「あぁ、私だ。緊急事態だ。今どこだ」


 おいおい、相手はどこのどいつだ。

 ワンコールで出やがった。

 中将はどこに連絡している?


「わかった。三十分以内に彼らを到着させろ。座標はこの携帯を探ってくれ。おそらく敵は過激派テロリスト。コンビニを囲うように展開している。ラシード!敵の数は?」


「残りは四十、一個小隊程度」


「聞いていたか、あぁすまない。苦労をかける」


「中将、相手は?」


「強襲揚陸艦『白神』の艦長、クスノキ龍雄タツオ少将だ」


「なっ、馬鹿共フールズの親玉じゃ……」


 馬鹿共フールズとは、海兵隊が有する第二機動歩兵大隊の蔑称であるはずなのだが、その名はいつしか彼ら自身が自ら名乗るようになり今では軍人だけでなく国民の間でも馬鹿共フールズの愛称で呼ばれている。

 名前の由来は文字通り。馬鹿だからである。

 繁華街での喧嘩は日常茶飯事であり、酔って民家に侵入や全裸で東京湾を横断、更には無断出撃までやりたい放題である。

 しかし、作戦遂行能力は高く、一般部隊の位置づけではあるが空挺降下や極地戦、山岳戦、対テロ作戦といった特殊な作戦も遂行可能という稀有な存在だ。

 それに部隊の練度は高く、ある意味国民に身近な存在なのか志願倍率は二百パーセントを超えるとも言われている。

 加えて日本国政府が武力介入すると言ったらまず始めに投入する部隊とも言われ各国が警戒をする対象だ。

 だから軍も彼らを無下に扱うことは出来ない。本来であれば解散させられてもおかしくはないのだが。

 クスノキ龍雄タツオ少将は彼らの指揮官であり、フールオブフール、要は馬鹿の中の馬鹿と言われている。

 部下と在日米軍関係者との喧嘩について国会に参考人招致された時に、監督責任について謝罪をする事なく悪いのは在日米軍だ。我々はお前ら腰抜けとは違う、文句があるならかかってこいと一人米国に宣戦布告した男である。


「喜べ、馬鹿共フールズが来る」


 確かに、第二機動歩兵大隊(フールズ)が通ったところには草すら生えないと言われるほどの破壊力を持った部隊だ。

 この状況ではこの上なく好ましい。

 だが…………トラブルの臭いがプンプンしやがる。


「と言っても彼奴等が来るまでは我々で時間稼ぎをせねばならない。ふむ、奴が指揮官か。ラシード、十時の方向、白のバン後方、ハンドガン」


 気づけば、双眼鏡を再び覗く天城。

 ここは現実逃避に狙撃とでも行こうか。

 俺の名前はラシード・ハーン。

 元SEALsの隊員だ。

 狙いは外さないし、仲間は殺させない。


「アイサー」


 駐車場で周りに指示を出している男に照準を定め、引き金を引く。

 男は指揮官で当たりだ。

 周りは何をすればいいのかよく分からず、オロオロする者が増えてきた。

 狙撃手(スナイパー)の役も板に付いてきたとでも言うべきか。

 もっとも、相手に狙撃手が居なかった事が幸いか。

 ただの小銃兵(ライフルマン)の俺にとっては、狙撃手同士の戦いなんて無理だ。

 俺は山猫ではない。


「気を抜くな。次、三時の方向、ライトマシンガン」


「三時っと……発見」


 再び指示通りに引き金を引く。

 スコープの向こうでは哀れにも胸に風穴を開けられた中年の男が着弾の威力で吹き飛ばされるところだった。

 その時だった。

 ガチャリと部屋ドアが開けられる。

 まさか、敵が侵入したのかと思い、腰のホルスターから拳銃を引き抜き立ち上がる。

 しかし、そこには予想外の光景が広がっていた。


「あーもう、お義父さんったら勝手に観測手(スポッター)なんかやって危ないですよ」


「あぁ、すまんな由利子さん。今は緊急事態でな」


 部屋に入ってきたのは一人の女。

 しかしその出で立ちは民間人とは言えなかった。


「ギリースーツだと!?」


 ファサファサと揺れ動く草木の枝。まるで某万博のイメージキャラクターのような見た目は紛れもなく、軍隊などの隠密行動でよく使われるギリースーツそのものだった。

 それに顔には迷彩のペイントが施してあり、その表情はうかがい知ることは出来なかった。

 

「あぁ、すまない紹介が遅れて驚かせたようだ。彼女は私の息子の奥さんでね、今はもう辞めてしまったが元特殊作戦群所属だ。今は予備役だがね」


「特戦!?」


 国防陸軍が誇る特殊部隊、特殊作戦群。それは自衛隊時代から続く伝統ある部隊であり、精鋭だ。

 構成員の殆どが男性である中に割って入るほどの女性だ。かなりの強者に間違いないだろう。

 なぜ、こんなところに……。いや、今はそんなことどうでもいい。

 ただ、ありがたいとでも言うべきか。どうやら俺には幸運の女神が付いているらしい。


「なんとなく状況はわかりました。ちょっと、私も外から狙って数を削ってきますね」


「あぁ、気をつけて。何かあったら私が高志に怒られてしまうからね」


「自重します」


 くるっと踵を返す無駄のない動き。

 そして、全く足音を立てずに去る由利子。

 おそらく、自重する気が無いであろう事は隠密仕様に改造を施された八九式小銃が物語っていた。

 ……あんなカスタムした八九式なんて見たこと無いぞ。


「よそ見をするなラシード!一時の方向、奥から三台目、白いバンの後方、RPG」


 天城の声が響く。俺はすべての疑問を頭から一旦消し指示に従う。

 今はあの将校共を救出しなければならない。

 俺の名前はラシード・ハーン。

 元SEALsの隊員だ。

 任務に失敗という二文字は無い。

 支持された場所には天城の言うとおり、対戦車グレネードランチャーであるRPGを抱えた男がいた。

 迷わず撃つ。五十口径の弾丸は男の体に大きな風穴を空ける。

 おいおい、奴らは何を考えてやがる。

 ただ、軍人に喧嘩を売りたかったってのか。

 普通に考えて将校共の身柄確保だろう。

 ……くそっ。しくった。

 敵は素人、指揮官を失えばどうなるか容易に想像できるはずだ。


「次、七時の方向、緑のセダン運転席側、軽機関銃」


「アイサー」


 今は少しでも敵を撃ち倒さなければならない。

 その焦りからか装填作業に手間取る。

 落ち着け、落ち着け俺。

 着ているスーツのジャケットを放り投げ、溢れんばかりに湧き出る手汗をズボンで拭う。


「おや……あの姿は……成長しているが、瑞樹くんかね」


 意味深長な天城の発言。

 その表情はどこか微笑ましいがため息一つ。

 苦笑する。


「なぜ……その名前を」


 天城とは偶然の出会いだ。示し合わされたものではない。

 なのに何故、護衛対象者の名前を知っている?

 偶然にしては出来すぎだ。

 それに天城が知っている者だとなるとさらに厄介だ。

 ……俺はとんでもない奴を護衛していたのかもしれない。


「ラシード、この戦い必ず勝たねばならなくなったようだ」


「必ず?」


「あぁ、必ずだ。……もし失敗したら君の首が飛ぶ。……文字通りな」



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