新任将校の受難Ⅲ
「まぁ、その、なんだ。今から俺のやる事に、えーっと……文句言うのはやめて欲しい。これは作戦の一環だ。いいか?」
狭い車内で向き合って、改まる上官。
そして少し顔を赤らめ、ニヤついている。
何をするつもりなのだこの上官は。
どこか身の危険を感じる。
「は……はぁ、何か作戦があるのであれば協力しますよ。このままだと正攻法になりそうですし」
正直、ドンパチは御免被りたい。
今は昔と違って、死ぬわけにはいかないのだから。
それに私にとってこれが……初めての実戦。
人の死は散々見てきたものの、自らの手で命を奪うなんて経験したことは無い。
軍で育ってきたのにだ。
随分、甘やかされていた。なんてふと思ってしまう。
悔やむのは過去の自分。
色んな思いが駆け巡るが今は目の前の事に集中。
私は絶対生き残る。
「……こういうのはもっと親しくなってからの方がと思うが、恨まないでくれよ」
親しく?何を迷っているのだこの上官は。
今は緊急事態。多少の無礼はお互い様だ。
得体の知らなさが際立つ。
そして、ズイッと顔を寄せるな。
叩いていいだろうか。
こういうのはいわゆる、キモいと言うやつなのでなかろうか。
「えっ、何を」
彼は躊躇いがちに手を後ろに回し、私の後頭部を掴む。
そして、自らの唇を私の唇に押し当てーーーー
「ちょっ!……ぷはぁ、なっ何考えてるんですかっ!」
どれくらいの時が経ったのだろうか。
客観的には数秒だろうか。
私は数分にも感じたが。
互いの口元から透明な糸が引き……って待て待て待て。
普通のキスならまだ許せる。
いや、待て。
冷静に考えるんだ。
……………………。
うん、許せない。
もっとも、私も軍人だ。今更乙女の純情がなんて言い出すつもりはない。
確かにこれがいわゆるファーストキスではあるが。
それに年齢も既に二十四になろうかというのだ。
落ち着け私。
しかし、目の前の何を考えているかよく分からない私の上官はあろうことか舌まで入れてきたのだ。
これは上下の立場を使ったパワハラだ。間違いない。
いや、セクハラでもある。
人事局の倫理委員会に連絡せねば。
いや、いっその事、人事院に駆け込むか。
「よし、今度は瑞樹、君からだ。さぁ!」
ウェルカムと言わんばかりに両手を広げ私を受け止めようとする。
いや、行かないから。
代わりに真っ赤に燃えたこの拳を叩き込んでやろうか。
こいつは馬鹿なのか。
更に蹴りを入れようと考えるも、仮にこの馬鹿が喜んでしまう可能性が頭をよぎる。
出会ってからちょくちょく、暇がある度に私の足を舐め回すように見ていたからなぁ……。
私が気づかないとでも思ったか。
魔術師であるこの私が。
ストッキングとか足フェチの男はMが多いと確か自称姉が言っていたような気がする。
よし、射殺しよう。
腰のホルスターから愛銃のワルサーP99が黒光りする。
上官を睨みつけ、銃に手をかけようとするがーーーー
しかし、その馬鹿な上官の瞳はまったく笑っていなかった。至って真剣。
なにか考えがあるのが明らかだった。
「……まさか」
相手は必要な情報を得るために私達を生け捕りにして尋問しようって考えだ。
おそらく。彼の仮定が正しければ。
しかも相手は素人同然。
プロの仕事は期待してはいけない。
だから、見せつけたのだ彼らに。
私達が恋人関係にあるということを。
普通に考えて、重要な情報を持っているのは階級が高い方だ。
私は今は少尉、上官のホウは大尉。
優先度は私のほうが低い。
単なる護衛とか運転手と見られる可能性も無いわけではない。
仮にだ。私とホウが恋人関係であった場合、私はより重要な情報を持っていると思われるホウの尋問に使える。
例えば、てめぇの恋人が殺されたくなければ情報を全部吐きな。
みたいな。
とするとだ、私とホウの口づけを見た周囲のテロリスト共は迂闊に私を殺せなくなる。
少なくともいきなり銃で頭を吹き飛ばされたりはしないはずだ。
これは私を守るため……ですか。
まぁ、でも捕まったときに拷問されたり犯されたりする可能性は飛躍的に上昇したのですけど。
やっぱ殴っていいかな。
なんかムカつく。
ここは一つ意地悪な反撃をしてみても許されるのではないだろうか。
「じゃあ、責任とってくれますか?」
いや、なんの責任だよ。
まさかのセルフ突っ込み。
なんか自分で言ってて恥ずかしくなってくる一言。
キス一つで、責任とかどんだけ重い女なんだ私。
まぁ、なんというか、この年齢まで恋愛というものにあまり興味を持ってこなかったからそういった体験なんてのは皆無なのですが。
でも、言い寄ってくる男達はそれなりに居たんですよ。
いいわけでは無いですが。
ただ、私は恋愛なんて戯言に興味はなくてですね。
でもでも、やはりファーストキスはそれなりの男性としたいというか。
ほら、こういうのは好きな者同士ですることであって、それも初めてとなるとちゃんとした雰囲気でしたい訳ですよ。
それを命の危機だからといって軽々しく……。
あれ、私って実はかなり重い女なのでは。
「……それはだな……これでどうかな……」
躊躇いがちに上官が取り出したもの。
それは、人の人生を左右するほどの影響力をもつ一枚の紙。
ある人は人生の墓場への片道切符、またある人は男女間のビジネスの契約書というそれはーーーー
「婚姻届!?」
……えーと、もしかして目の前の上官も重い人だったりします?
それよりも、婚姻届常備してるとかあなた何者ですか。
しかも自分の署名も判子も押してあるから後は相手の署名と判子を押して役所に届ければ、はい簡単。
配偶者が出来ました。
っておい!
えっ、そこの空白を私に埋めろと言うのですか。
ちょっと、無言で届出用紙とボールペンを渡すのはやめていただけると。
まだ、私も心の準備が。
いや、何を言っている私。
「こほん。俺……いや、私と結婚してもらえませんか」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
ーーーーーーーーーー
人類史において結婚というのは古今東西、人生の分岐点として重要なものとして扱われてきた。
それは単に配偶者が出来るに留まらず、夫と妻の家同士の繋がりを持つものであり、家同士の政治的なーーーー
「こほん。俺……いや、私と結婚してもらえませんか」
そんな昔、社会学かなんかの授業で習ったような習っていないような事をふと思い出していた。
まぁ、要するに結婚というものは慎重に決めなきゃいけないわけで……。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
彼女の反応は至極当然。俺も反対の立場だったら同様の反応をするだろう。
「なななっ……何言ってるんですか!」
「何って……結婚して下さいと」
それはもう文字通りの意味である。別に何かの隠語とか深い意味は無い。
「ほほ……本気ですか?」
「もちろん」
これは断言して言える。嘘偽りは無い。
ただ、決定要素がほぼ見た目という他の人から言わせたら最低な理由だ。
下心ももちろんある。
しかし、眼の前にいる彼女は贔屓目に見なくても自分の人生の中で一番タイプな女性である。
正直言って、こんなチャンスは逃したくは無い。
自分の二十七という年齢を考えてもそろそろいい頃合いだろう。
別に家事が出来なくても、金遣いが荒くても、暴力を振るうタイプでもーーー
それでもと思うぐらいの魅力を彼女は持っていた。
いわゆる一目惚れというやつだ。
本能的にこれだという感覚。
あぁ、男はなんて馬鹿な生き物なんだろうか。
「そ……そうですか」
彼女は俺の真剣な眼差しに気後れしたのだろうか。
もっとも、その眼差しの八割はフェイクである。
だってほとんど下心ですもの。
彼女は俯き、何やらブツブツと呟き出す。
これは直ぐに答えの出るような問題では無い。
正直言って、こんなアホなやり取りで本当に婚姻届にサインしてもらえるとは本気で思っていない。
ただ、これを機に俺のことを意識してもらえれば幸いと言ったところだ。
この場を切り抜けさえすれば、彼女とはおそらく長い付き合いになる。
その中でじっくりと攻めて行けば良い。
お互い知らないことだらけだしな。
まぁ、何でこのタイミングでプロポーズしたかというと、偶然婚姻届を持っていたという事となんとなく話の流れでというのが理由である。
もしこれが真剣に受け取られなければ笑い話で済むはずであるが……彼女の反応を見る限り、結構真剣に受け止めてもらえたらしい。
これはこれで。
「まぁ、別に今すぐにって訳じゃないから」
「……とか言って何で私にボールペンを押し付けるんですか」
「いやー、署名だけでもしてもらえないかなーなんて。押印は後でいいから」
「……それってほぼ婚約状態じゃないですか」
「まぁ、そうなるな」
「そうなるって……今の現状分かってます?」
「もちろん。周囲が騒がしくなってるな」
キキィと言う急ブレーキの音を何度聞いたことか。
駐車場の左右に後ろまで敵の車に囲まれている。
ちなみに前にあるのは畑との境界線を示すような金属製の柵。
百五十センチくらいはあるだろうか。
軽々飛び越えられるものではない。
よって、俺達は四方を完全に封鎖されていた。
後ろに横付けされた車の所為でよく分からないがブレーキ音を聞く限りコンビニの駐車場には続々と仲間が集まっている事だろう。
……不味いな。
「分かっていて……あえてって感じですか」
「あぁ、死んだら元も子もないからな。それに、一目見た時からタイプだった」
言える事は今のうちに言っておこう。
何が起こるか分からないのだ。
そろそろ死を覚悟しないとな。
……死にたくはないが。
「そういう甘い言葉はTPOをわきまえれば満更ではないんですが……」
「まぁまぁ、死ぬ前にちょちょっとサインしちゃってよ」
もう、残された時間はない。
「って何で私が死ぬ前提なんですか!?」
「……総合考慮?」
「総合考慮って……確かに私は実戦は初めてですし、階級は低いですし……ってさっきのキスは何だったんですか?」
「んーと、一応予防策だったんだけど、奴さんたちは全くそれどころじゃないみたいだし」
隣の窓からはガチャコンガチャコンと明らかに物騒な音を立てて銃のようなものに弾丸を装填していた。
「あー…………ヤバイですね。とりあえず、私の純情返してください!」
「純情って……まさかファ」
「何か!?初めてで何がいけないんですか!?」
物凄い形相で詰め寄ってくる瑞樹。
あれ、なんか地雷踏んだ?
「うおっ……なんか食いついてきた……」
「べっ別に好きで初めてなんじゃないですよ!そのですね……なんというか軍隊にいるとですね、言い寄ってくる変な輩が多いんでそれを拒否というよりも魔術師には秘密保持義務というのがありまして、えーと」
「とりあえず落ち着け瑞樹、まずは深呼吸だ」
「落ち着いてますって!」
「いやいや、落ち着けって。ほら、ヒッヒッフー」
「ってそれラマーズ法じゃないですか!っは!まさか、私を孕ませ……」
「いやいやいや、何言ってるのいきなり……。ほら、敵さんもジャゴジャゴやってますし、つべこべ言わずこの紙にサインして」
「合法的に私を孕ませるつもりなんですねっ!」
「合法的にって……」
まぁ、否定は出来ないけど。それは今じゃない。
「はぁ……俺が言っているのはこの紙にサインしとけば、これを見つけた奴らがグヘヘいい人質だぜ!って思うんじゃ無いかってこと」
「それはあなたが…………確かにそういえばそうかもしれません。って相手のファーストアクションは運頼みになりますが」
「いいから、いいから」
ガチャコンと周囲を囲む敵と同様に俺もホルスターから抜いた。
そして後部座席に置いてあるキャリーケースをガサゴソと。
……あった。
まさかこれを使う機会が来るとは。
「いいからって……まぁ、一応ですけど、あくまで作戦の一環でですけど、サインはしますよ。終わったらしっかり破棄してくださいよ」
「はいはい」
まったく、瑞樹さんは注文が多いこと。
将来が少し不安になる。
いや、めっちゃ不安。
彼女と上手くやっていけるのだろうか。自信が無くなってきた。
しかし、彼女の憂いは最もだ。
解決法は一つだけ。
「要は主導権をこっちが握ればいいんだろ?」
少数で多数人を相手取る場合のセオリーは、まず相手の心理的隙間を突く。
相手は銃弾の装填すら手間取る素人。
しかも、通信妨害装置のせいで相手も通信が出来ない。
要するに敵は指揮系統が混乱している。
だとしたらーーー
「主導権……まさかその銃で」
窓を開け、少し身を乗り出す。
隣の男は困惑の表情を浮かべている。
「アスタ・ラ・ビスタ、ベイベー」
パァンとい乾いた一発。鼻を突くような硝煙の香りが広がる。
狙ったのはある意味付き合いの長い男。
右隣に駐車している男達の一人。先程まで尾行してきた男だ。
サヨナラを告げるにはあまりに短すぎる時間。
約秒速三百八十メートルの弾丸は男の頭に風穴を開ける。
隣の男は何が起こったのか分からないようだ。
無理もない。
「ぎゃー!!なに隣の人のドタマ吹き飛ばしているんですかっ!」
「あっ、サングラス忘れてた。一度言ってみたかった」
隣の男だけでない、周囲の敵は何が起きたのか分からないっていう表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。
明らか包囲されている状況、攻勢は圧倒的に不利。
そんな状況でこちらからドンパチするなんて誰も考えられない。
これは、行けるか。
周囲の反応から一筋の光明を見出す。
「いやいやいや、違うでしょ!?そこじゃない!」
「瑞樹っ!プランBだ!」
今や主導権は俺達にある。
プランB、それは言わずもがな。強行突破である。
敵は指揮官から具体的な指示が無いのだろう、こちらに銃を構えてアタフタしている。
おいおい、セーフティ外れていない奴もいるぞ。
向こうは俺達を殺すに殺せない。
それに敵はろくに訓練されていない新兵以下だ。
狙って手足を撃つなんて真似できるはずもない。
敵に撃たれる恐怖と作戦失敗の恐怖。
そのちょうどを釣り合わせるのが一発の銃弾。
均衡が崩れれば直ぐに銃撃戦が始まってしまう。
……賭けが成功して成功して良かった。
束の間の安心。
「えっ、ちょっと!」
なんて焦りながらもしっかりと隣の車にいる男に銃口を向けている瑞樹は大したものである。
おそらく、相当な訓練を積んでるはずだ。それに胆力もある。
実戦が初めてとは思えない動きだ。
現状、敵は情報を引き出そうとする相手を殺すほど馬鹿では無いらしい。
互いに銃を構えて向かい合ってる状況だ。
俺と瑞樹は互いに背中合わせ、俺の対面はあと一人、瑞樹は二人だ。
もっとも、ルームミラー越しに車の後方にいる男達も同様に銃を構えているから人数は計十人ちょいといったとこか。
ここは一つ。
「瑞樹、笑顔だ」
ボソリと呟く。他の誰にも聞こえないように。
「笑顔?何言ってるんです、こんな状況で」
「いいから、笑顔。はいっ、ニコッと笑って」
一種の心理戦。
更に敵を混乱させるのだ。
おそらく、彼らは引き金を引くに引けない。
指揮官の指示を待つはずだ。
まだ、誰かが指示を出しているような、また指示を受けているような素振りは見られない。
チャンスは今。
「えぇっ……こうですか?」
背中合わせでいるのだ、彼女の表情なんて分かるはずもない。
おそらく、今は引きつった笑顔を浮かべているのだろう。
容易に想像できる。
「そうだ。そして狙いを定めろ、何も見ないでも当てられるように」
「はぁ、まったく……何を言ってるのだか」
「サングラスは持ってるか?」
一応、海軍の官給品の中にあったはずだ。
常勤服も兼ねた礼装軍服を着ている今なら持っていてもおかしくはない。
むしろ現場の人間だったら必ず持ってなきゃ不味い物品だ。
「一応、鞄の中に」
「今、取り出せるか?」
「なんとか」
後ろ手で運転席と助手席の間に置かれたハンドバックを探る瑞樹。
全身入れ墨だらけのベレー帽を被った中年がこちらに迫ってくるのがルームミラーから見て取れる。
周りの雰囲気、見た目の貫禄からおそらく敵の指揮官か。
今、指示を出されると不味い。
「ありました」
「スリーカウントでサングラスをかけろ。三……二……」
「えっ、ちょっと!?」
さぁ、虎の子の出番だ。
まさか、こんな物が役に立つ日が来るとは。
海兵隊も捨てたもんじゃない。
「一!コンビニまで走るぞ!」
先程キャリーケースから取り出した例の物を隣の車のボンネット目掛け投げる。
ボンという鈍い金属音と共に眩い閃光、更に追い打ちをかけるような轟音。
スタングレネードだ。
フーファーフールズ!
ーーーーーーーーーー
「な……ぜ……」
僕はルームミラーに映る一人の男の姿を見て驚愕していた。
金髪の長身痩躯の優男。
よく見知った顔だ。
本当に何故君なんだ。
「許せとは言わない」
運転席からは分からないが、カチャと何やら金属音がしたので、おそらく銃口を向けられているのだろう。
絶体絶命というやつだ。
……僕はこんなところで終わるのか。
「……」
「お前は知りすぎた」
その一言は友人に向けたものとして最低最悪。
それに映画では悪役の台詞だ。
少なくとも彼の性格上、似合うものではない。
君は……面白黒人枠では無いのか……。
「知り過ぎた?……君は自分が何をやろうとしているのか理解しているのか!」
「理解?あぁ、この国にとっての邪魔者を排除しようとしている」
「この国って……君達は一体……」
「今お前には知る必要のない事だ。……命が惜しいか?」
「そうじゃない!僕の事はどうでもいい!……伊崎君の事だ!」
「ホウの事か……彼奴は本当に運の無い奴だよ」
何処か自嘲気味に口元を緩ませるその姿は、いつもの彼そのものだった。
しかし、それも束の間、再び厳しい顔になる。
いや、むしろ感情を全く表に出さない鉄面皮のような無表情と言うべきか。
「そんな……僕たちは友人だろ!……なんでそんな事を」
「最近、軍に対する世論が厳しくてな。テロリストに殺された哀れな海軍士官、それも任官したての将来有望な若者だ。それが殺されたら」
「そういう事じゃない!」
「あぁ、派閥争いの方か。これで山縣派への牽制になる」
「違うっ!……君は自分のやろうとしている事がわかっているのか!」
「……これでも自己認識能力には自信があってね。よく理解している。……俺は親友二人を見殺しにしようとしている」
「……ならば何故っ!」
「世の中には優先すべき事がある」
「そんなありきたりな言葉で解決できる問題じゃない!」
「……今日はやけに感傷的じゃないか、珍しい事もあるもんだ。俺ら三人の中でいつも冷静なのはお前だったはずだが」
「……僕は君達に救われた。だから」
「それ以上は言うな」
カチャリと再び銃口が押し付けられる音。
僕は、僕はこんなとこで終わるわけには……。
「佐々木さんが先に待ってる」
「佐々木……はっ、まさか!?」
情報をリークしてくれた上級将校の名だ。
彼も始末されてしまったのか。
「何故だ!何故そんな事が出来るっ!り……」
プス。
それは終わるには余りにも儚い音。
サイレンサー付きの拳銃だったのだろう。
どうせ死ぬならもっと派手に死ねたらな。
何てどうでもいい事を思い浮かべてしまう僕に英雄願望があった事を今初めて知った。
しかし、それに意味は無い。
僕の意識は激しい痛みと共に仄暗い水の底に落ちて行った。
すまない、ホウ君……。