新任将校の受難Ⅱ
ガゴン、ガゴン。
舗装はされてはいるが、道路のメンテナンスが行き届いておらず、所々に小さな穴が見受けられる市道。
国防省本省から高速道路と一般道を乗り継いで三時間、赴任先へ向かう国産の五人乗りコンパクトカーは一面畑や田んぼが広がる田舎道を走っていた。
「暑い……」
ギラギラと照りつける太陽光線はフロントガラスを突き抜け車内前方に座る者達の肌を容赦なく焦がす。
季節は夏。未だ梅雨の開けぬ六月中旬。
ちょうど気温とともに湿度が上昇し、息苦しくなってくる季節。
もちろん車内のエアコンは作動しているが、日差しが強すぎて意味をなさない。
遠くの空には大きく発達した積乱雲は今にもこの地を飲み込まんとする勢いで向かって来ている。
鳴神月、昔の人はよく言った者だ。
おそらく、後数時間でこの地域に雷雨が降り注ぐであろう。
そんな風に助手席から遠くを眺めているとーーーー
「ーー以上が魔法と魔術師についての説明です。何か質問は?」
麗しき俺の副官がちょうど説明を終えたところだった。
赴任先の絶望感からか、それとも話があまりにも突飛であったことからか、俺の思考は一旦停止していた。
暑いなぁ、アイス食べたい。
因みに赴任先は千葉県北東部の廃れた漁港を改装した基地であるそうな。
停泊する艦艇はゼロ。
駆逐艦『上総』が近代化改修を終えれば停泊することになっているらしい。
まぁ、簡単に言うとこれは左遷とやつではなかろうか。
「あの……聞いてましたか?」
隣で運転しながら訝しむ瑞樹。
まぁ、左遷と言ってもこんな美人と一緒ならば全く気にならないな。
はぁ……結婚してくれないかな。
「しっかりしてください。仮にも貴方は特殊部隊の隊長なんですから」
あぁ、わかっている。多分。
終始うんうんと頷くだけのマシーンと化してた俺もそろそろ人の言葉を喋らなければならない頃合いだろう。
魔法ってのは基本的にファンタジーで出てくるようなもので変わりないらしい。
火を出したりとか氷を生成したりみたいな。
確か、十八世紀よりも前に確立された術式が魔法であってそれ以後のものは魔術。
まぁ、この分類のざっくりとしたものであるらしいのであまり気を使う必要が無いみたいだ。
現代の魔術師は魔術演算デバイスなるものを利用して魔術行使の際の詠唱の簡略化、空間把握能力や処理速度の一部肩代わりしてもらい高度で複雑な魔術を行使するとのことだ。
因みに魔術師ってのは、魔法とか魔術を使う者。まんまだ。
何かすっげぇ修行とか下積みをしてなるのが協会の魔術師、いわゆる正規ルートってやるらしい。
一方、裏ルートというのが軍の生え抜きの魔術師達みたいな薬物投与と魔術的儀式によって造られた魔術師達、正規ルートの魔術師達からは疑似魔術師なんて呼ばれているらしい。
裏ルートは死人がバンバン出る方法らしく、それを語る瑞樹の横顔はどこか切なそうだった。
彼女も軍で育成された魔術師、こんな美人が薬物投与や魔術的儀式を受けているなんて……。
この世界が偽善でどうにかなるような世界ではなく、残酷だということは嫌というほど知ってはいるが、なんというか胸糞の悪い話である。
とりあえず、魔術についてはこれだけ理解してれば今のところなんとかなるだろう。
細かいことは追々覚えていけば良い。
「大体は理解した……多分」
「はぁ……多分って。理解が早いのか、諦めがいいのか良くわからない人ですね」
彼女は俺がほとんど聞き流していると勘違いしているようだ。
無理もない、俺は彼女が魔術の話をする頃には窓の外の風景に注視していた。
頷きや合いの手を入れなかった事が問題なのだろうか。
……別に聞いていなかったわけじゃないんだけどなぁ。
こんな美人の話を無碍にするはず無いだろう。
どんなくだらない話でも、一日中聞き続ける自信はある。
もっとも、今はそれどころではない。
「んーそのどっちもかな」
チャカチャカとホルスターから抜いた拳銃のマガジンから初弾を取り除く。
これは空砲、海兵隊の流儀というやつである。
「どうやら私は上官には恵まれないタイプみたいです。それより……」
「……付けられるな」
「はい」
ルームミラー越しに後続車両を一瞥する。
黒の国産セダンの大衆車。そこに乗っているのは彫りが深く浅黒いアラブ系の男。
助手席にも似たような風貌の男が乗っていた。
これはこれは……こんな最果ての国まで来て何をしようというのか。
「確か高速道路を降りて、一般道に入ったあたりでしょうか?かれこれ一時間近く尾行されてますね。同じとこを周回してるというのに付いてきますから」
瑞樹は後続車両の不審さに気づき、あえて同じ通りをグルグルと周回していた。
だが、相手はまんまとそれに引っかかるだけでなく、それを不自然だと思っていない。
おそらく、この辺りの土地勘が無いものだ。
「相手は……素人か。まぁ、目的がわからないからどうする事もできないんだが」
「そうですね。てっきり、プロが襲ってくるかと思ったのですが、意外でしたね」
「何か心当たりでも?」
「UDとの戦いもひと段落つきそうな現状、主要各国は戦後の駆け引きを既に始めています」
「……既に人対魔物から、人対人へ戻っているってことか。まぁ、あの腹黒もそんな事を言ってたな。だとすると近年、衰退著しい元世界の警察、米国なんてのは躍起になってるんじゃないか?」
尖閣紛争に朝鮮戦争、中東戦争、加えてヨーロッパの内戦にまで立て続けに参戦しなければならなかった米国は、経済も人心も既に荒廃しきっている。
増え続ける戦費は自前のシェールオイルではなんとかできず、保守系の政権はリベラルな西海岸沿岸の州の支持を得られず、国内で分裂の動きもある。
それに労働力となる移民も過度な入国規制のせいでそのほとんどが隣国のカナダにとられている。
いわゆる、八方塞がりというやつだ。
アメリカンドリームは何処に。
「はい。特に日米同盟が残り三年と期限が定められてからはチラホラと同国の諜報員を見かけるとの事です。情報部の方々が頭を抱えていました。……あの腹黒とは?」
「昨日の友は明日の敵ってか。UDの次は人か……。腹黒の事は気にしないでいい、今は関係ないしな」
「はぁ……。話を戻しますと、特に米国の場合、歴史が浅く魔法技術では世界的に遅れをとってますから他国の魔術師を標的として技術を盗んだり、拉致したり、結構やりたい放題やってるとの噂です」
「大国のプライドってのは維持するのが大変なもんだ。……しかし、後ろの連中、あれはおそらく違うな」
「えぇ、彼の国がそんな素人は送らないはずです。もっとも利用する事はあり得そうですが」
「あれが魔術師とかに見えるか?」
「……いえ、あれが本当に魔術師ならば相当の手練です」
「とするとだな、んー風貌や技術から推測するに国内に潜伏する過激派のテロリストって感じか……。裏で誰が動いているかは分からないが」
「そうですね……。しかし、なぜ私達なんでしょう?現状、重要な任務とかは受けてないですし」
「まぁ、叩けば出てくる極秘情報なんてのは無いわけではないが、奴らが欲しいと思うものは持ちあわせてはいない。少尉、まさかとは思うがこの車にヤバイものでも積んでないか?」
「瑞樹でいいです。これから付き合いが長くなりそうですし、呼ばれ慣れてます。ヤバイものですか……特に心当たりは無いですね。私のデバイスは基地に置いてありますし」
「だとすると、魔術関連の線は薄いか。ちなみに俺もホウでいい。前の部隊の連中はみんなそう言ってたからな」
まぁ、多国籍な集団に属してたのもあるし、つい最近まで海外に言ってたからなぁ。
堅苦しい呼ばれ方するといざという時に反応が鈍るかもしれない。
「……そうですね。過激派のテロリストには手に余るものだと思います。魔術ってコスパが悪いですから」
「確かに、兵器としては欠陥と言わざるを得ない。瑞樹には悪いが」
魔術師は引き金やボタンを押せば攻撃できる、そんな武器とは違うのだ。
戦場では威力もさることながら、信頼性に比重が置かれる。
誰でも簡単に利用できて壊れず安全で威力も強い、それが最強の兵器というものだ。
だから、百年以上もの間を経てもなお銃が重宝されるのだ。
「否定は出来ませんね。魔術は術者の魔力、技能、精神状態等が大きく影響するもので不確定要素が多すぎます。信頼性に欠けるという点では欠陥です」
「しかし、奴らは捕まる危険を承知の上でやるんだ。奪うならば直ぐに使える物を求める傾向にあるはずだ。例えば、アサルトライフルとか対空ミサイルとか。仮に情報だとしても単なる襲撃先の見取り図とか核の発射コードとか……」
なんとなくだ。
なんとなく気づいてしまった。
敵の狙いはーーーー
「んーそれだと、狙いは陸軍の物資運搬車両でも襲ったほうが手っ取り早そうですよね。私達は海軍ですし、そこまで誰にでも扱えるような兵器というのは揃えてないので」
「なぁ、瑞樹。俺達って一応『上総』の戦術士官って事になってるんだよな?」
「はい。一応も何も戦術士官の業務もこなす事になってますが」
「教本に書いているような初歩的な事かもしれないが、念のため。戦術士官は確か火器コントロールシステムの起動キーを持ってるはずだよな?」
近年はミサイル一発で敵基地や艦艇を破壊する事ができる。
そのため、発射の際は慎重さを求められる。
司令部からの指示は本当に正しいか、座標は正確か、民間人や自然環境などに影響のない他に代わる手段が無いかどうかを考慮しなければならない。
戦術士官とは艦長の判断のセカンドオピニオンであり、セーフティでもある。
「はい。起動キーは艦長すら知り得ない戦術士官の特権です。まさか……彼らの目的は」
「艦だろう。おそらく」
ここは海に近いし、港もある。
しかも狙うのは海軍軍人。
合理的な推測だろう。
「しかし、『上総』は近代化改修の為、佐世保のドックの文鎮と化してます。……まさか、そこの情報が誤りが」
「文鎮って……否定は出来ないな。おそらくだが、搭乗予定の艦の情報が違ってるんだろ」
瑞樹さんはどうもユーモアのセンスがおありで。
しかし、そう都合よく搭乗予定の艦の情報だけ誤るということがあるのだろうか。
……戦術士官が移動するという情報だけで襲撃。
不確定要素があまりにも多すぎる。
重要なのはどの艦に乗るかだ。
そこの情報はいくら素人でもよく精査するはずだ。
そうだとすると、
「……私達が嵌められた?」
「……違いない。そんな絶妙な情報の齟齬は味方にしか出来ないはずだ」
相手はどこのどいつだ。
ケジメって奴をつけさせてもらおうじゃないか。
こんな事ができるのは軍上層部か目的の艦の関係者か。
おそらくは前者っぽいな。
魔術師とその指揮官を狙うのだ。何かしらの省内政治の意図がある。
特に俺は参謀本部の直属であるし、辞令を本省でしかも山縣から受け取るとなると対外的には山縣派と思われても不思議ではない。
……あの人色々と恨みを買いそうな顔をしてるからな。
まいったな。厄介なことに巻き込まれた。
魔術師とか存在しない部隊とか……嫌な気配はしていたんだよなぁ。
あぁ、エリートコースの晴太が羨ましい。
「この周辺で停泊中の軍艦は?」
「……確か、銚子港に駆逐艦『朝凪』とエジプト海軍所属駆逐艦『ネフェルタリ』が明日の合同軍事演習の為停泊中です。私も朝のニュースで聞きかじったぐらいですが」
「それだ!」
「『ネフェルタリ』は旧式のイージス艦、一方『朝凪』は国防軍独自の管制システムを導入した最新鋭艦です。しかも、主砲に三連装レールガンを装備してます」
単装砲が主流のこの時代に連装砲。
UDを意識してなのか……。
もっとも、対艦戦闘では、
「オーバーキルだな」
「はい。マッハ七の弾丸を撃ち落とす事は困難。仮に『朝凪』がテロリストに占拠されたら『ネフェルタリ』はひとたまりもありません」
「合同軍事演習で来てるんだ、おそらく上級将校も数多く乗船してるはず……」
大方、単艦で来る合同軍事演習なんてものは軍事訓練よりも将校同士の交流というものに主眼が置かれている事が多い。
今回は同盟国エジプトからの派遣だから、おそらく国防軍の旧式装備の払い下げとその調整を兼ねた訓練だろう。
しかも、彼の国は内戦真っ只中、国軍は国防軍の支援なしでは立ち行かない。
とすればウチの軍部に媚びへつらうための向こうの上級将校がわんさか。
いわゆる、ソデノシタでもあるんではなかろうか。
「テロの標的としてはこれ以上にない格好の獲物ですね」
「あぁ、しかし、彼奴等はなんてもんを狙うんだ。亡国のなんとかではあるまいし」
「まぁ、国内の過激派は公安や陸軍の特殊部隊の締め付けが厳しいみたいですから、ここらで一発派手なのを……とでも考えたのかもしれませんね」
既に日本も移民大国、テロとは無縁ではなかった。
特に欧米諸国に聖戦を唱えるイスラム過激派に標的にされており、年に二、三回程度の割合で起きる。
それも規模も小さいもので犠牲者も実行者も少数だ。
大規模と言えば、五年前の山手線連続爆破事件ぐらいだろうか。
あの時は実行者も被害者も百人単位であったが……。
それ以降は公安警察の取り締まりがキツくなっており、テロリスト達にとって武器を購入するのもやっとだ。
それが国防海軍の軍艦を襲おうというのである。
少し大きく出すぎなのではないだろうか。
「テロ稼業も下火ってか……すっかり犯罪大国日本だな」
「……移民を悪くは言いたくは無いのですが、こればっかりはどうも」
「……そのお陰で潤うのは俺達軍人だというのは、なんというか出来た皮肉だよ、本当に」
「……はい」
「まぁ、俺だったらそんな軍艦じゃなくて瑞樹を狙うがな」
「私をですか?」
「あぁ、その方がエロいこと出来るだろ?」
ボゴッという鈍い音。
視界が歪む。
「って!……容赦なく後頭部を殴るなよ」
犯人はもちろん隣の麗人。
その表情はまるで豚を見下すような眼差しだった。
ああ、これはある意味ご褒美かもしれない。
「……最低ですね!普通はそこ魔術の研究目的とかですよ」
「だって、お前可愛いじゃん」
つい本音が。
とりあえず、その足を舐めさせてくれまでは自重した。
俺にも理性というものがあるのだ。
「なっなっなっ!」
顔を真っ赤にして急ハンドルを切る瑞樹。
そういう言葉を投げかけ慣れてないのだろうか。
って、それよりもーーー
「ちょ!前見ろ!死ぬ!死ぬ!」
閑話休題。
「はぁ、現状の予測は大体ついた。もっとも、仮定ばかりで確定要素はほとんどないが……」
「しかし、ほとんど情報の無い我々はその仮定で動かざるを得ないですね」
「そりゃそうだ。始めましょうか、俺達の生存戦略ってやつを。瑞樹、こういう場合のツテはあるか?」
「救援という意味ですよね?」
「そうだ」
「とりあえずですけど、事が事なので山縣中将に連絡してみます。おそらく何かしらの救援を派遣してくれるはずだと……。一応、基地の方の警備部隊とも連絡してみます」
「そうか。それはいい……とは言えないな」
チラリと助手席側のサイドミラーを除くと後続車両が増えていた。
黒いバン。如何にもって感じだ。
ハイエースされる俺達の未来はそう遠くない。
「時間がかかり過ぎる。まだそこら辺の警察に頼んだ方が早いかもしれない。相手の規模はまだわからんから、対応出来るかは別として……」
「では、どうすれば?」
「……出来れば頼りたくなかったんだがなぁ。運が良ければ助かるかもしれない」
おそらく、彼らは何らかの緊急出動がない限り浦賀水道近辺にいるはずだ。
館山あたりにいれば重畳。
生存可能性はグッと上がる。
「何かしらのツテがあるんですね?」
「あぁ、一か八かの勝負になるが。念のため山縣中将にも連絡を」
「了解です」
「これでなんとか……なるといいんだけどな」
これが俺の恥ずかしい被害妄想でした。
なんてオチにならないだろうか。
迫りくる積乱雲はどこかこの先の未来を暗示させるもの無いことを祈って。
ーーーーーーーーーーー
「なぁ、尾行してる車の隣に駐車しちゃうのってかなりマズイんじゃない?」
ほら、相手もなんか気不味そうに顔を反らしてるし……。
なんかすいません。
ここは全国チェーンのコンビニ、エイトトゥエルブの駐車場。
畑に囲まれたどが付くほどの田舎のコンビニである。
駐車場は広く車二十台分の駐車場スペースがあり、その殆どが空いているのにもかかわらず、先ほどから俺達の事を尾行していた車は隣に駐車した。
止めてからその行為の不味さを実感したのか、隣の車に乗った二人組の男は不自然に俺達の居ない左側を見つめていた。
……普通に考えて馬鹿だろ。
「……本当に素人丸出しってとこですね。ホウ、何か御守りみたいなの持ってますか?」
そんな敵の姿に瑞樹も呆れ果てていた。
しかし、敵もそこまで馬鹿ではなく何らかの通信妨害装置を持っていたのだろう。
それが起動されたお陰で外部と連絡が取れない。
……最悪だ。
仮にこの駐車場を出たとしても奴らが追ってくれば、通信妨害装置の範囲外に出るまでは外部と通信は不可だ。
それに下手に移動すると民間人を巻き込む可能性がある。
田舎の広い駐車場、しかも店舗からは見えない角度でならば多少のゴタゴタがあって民間人の店員や客を巻き込む事は無いだろう。
この周囲には広い田畑はあれど、車を駐車するスペースはこのコンビニぐらいしか無かったのだ。
普通の人ならば、そのまま車で走って逃げてればいいじゃない。
なんて思うかもしれないが、俺達が乗っているのは市販のコンパクトカー。
カーチェイスなんてやったら吹っ飛ぶ可能性が高い。
それに追跡してきた車両の助手席の男がマシンピストルをチラつかせていたのだ。
防弾加工されていない車が撃たれたひとたまりもない。
なのでこの場に駐車するのは苦渋の決断だった。
それはもう、拉致される覚悟をしての。
ここは慎重にいかなければならない状況だ。
相手はどう出る?
そんな時、瑞樹が御守りを要求するのだ。
まさかの神頼み……って事は無いよな。
ここまでの会話や態度から瑞樹はその場で最善の合理的な行動をするタイプだ。
神に願うなんて非確実な行為をするとは思えなかった。
「あーえっと、これでいいか?」
差し出したのは少し前まで配属されていた基地の近くの神社の御守りだ。
特に合格とか家内安全と書かれていない最もシンプルなタイプのだ。
「これで大丈夫です。……良かったアマテラス系ですね。これだったら効果あります」
「何に使うんだそれ?」
アマテラス系?天照大御神の事か。
確か神道の最高神だったような。
それに効果とか。何かの魔術でも行使するのだろうか。
確か魔術には宗教的な概念を取り入れたものが数多あるという。
「一発だけ弾が避ける御守りを作ります」
容赦なく、御守りの封を開ける。
なんか罪悪感。別にバチが当たるとかそういうふうには思ってはいないが。
中から出てきたのは一枚の薄い木の板。
そこには購入した先の神社の名前が筆で書かれていた。
プチっという音。
瑞樹は自分の髪の毛を数本抜く。
うわぁ……自分で髪の毛を抜くって結構痛いんだよなぁ。
痛そうと思ってる俺を尻目にその抜いた髪の毛を口に含み唾液を絡ませる。
そして、それを木の板に巻きつけると小指を一噛み。
そこからあふれ出した血をその板に染み込ませる。
うん、なんかいい。
「これ、非常にコストパフォーマンスの悪い魔法なんですよ……」
そう自嘲気味に笑いながら、木の板を袋に戻し、俺に渡す。
なんか良くわからないけど。かなりエロかったです。
グッジョブ!
もう、結婚してくれませんかね。
「なぁ、これって魔法なのか?瑞樹の説明とは少し違うような気がするんだけど」
「あーまぁ、何というかですね。一応魔法です。かなり原始的な類のやつで、昔は弓矢避けに使われてたらしいです。効果はあまり期待できませんが」
「効果は期待できない?」
「発動する対象は致命傷となる一発でその効果は弾が身体を避け明後日の方向に逸れるというものです。二発目からは効果が無くなります」
「それは残機が一増えるようなものでいいじゃないか」
「助かるのは流れ弾で致命傷の場合ぐらいですから注意してください。三点バーストで狙われたら殆ど効果は無いと思ってください」
「あっ……確かに」
「それに逸れた弾が近くにいる味方に当たる可能性があります。無効化する訳ではないんで」
「……それって多対多の集団戦にはかなり不向きでは?」
「だから効果は微妙と言ったんです。まぁ、無いよりはマシですが」
しかし、実戦では味方の心配はするけども、まず第一は自分のことを考えて行動する。
それが生き残る秘訣である。
「まぁ、それでも助かる。ありがとう」
「べっ別にあなたの為ではありません。ホウの生存率を上げることは自分自身の生存率を上げることになるので……」
なぜそこでツンデレ。
いきなり過ぎる。
はぁ、もう……可愛いなぁ。
結婚して下さい。
「あぁ、それでも助かる。……なぁ、今かなりヤバイ状況じゃないか?」
「えぇ、囲まれました」
「なぁ、俺からも一つ生存率を上げる作戦がある」
大丈夫か俺。
下心は表情に出てないだろうか。
これはあくまでも生存率を上げるため。
別にやましい気持ちは……無いわけでない。
瑞樹はおそらく合理主義的な性格だ。
大義名分があれば断れない。
ぐへへ。
助手席側のサイドミラーに映る自分の顔をチェック。
よし、下卑た笑顔は浮かべてない。
行けるっ!
登場人物紹介
伊崎芳一……国防海軍大尉。駆逐艦『上総』の戦術士官兼SART隊長。
どちらかと言うと貧乳派。
芹沢瑞樹……国防海軍少尉。駆逐艦『上総』の戦術士官兼SART隊員。伊崎の副官。
魔術師。最近、リーガル系海外ドラマにハマっている。
ラシード・ハーン……国防海軍少尉。情報部所属。元SEALs。
天城義彦……国防海軍の退役軍人。元海軍総司令官。