1/1001〜男女比1000:1の超逆ハー乙女ゲームの世界に転生したのにもかかわらず女装男子に絡まれています〜 前編
全寮制の男子校に、何故か、たった一人の女生徒として入校する事になった女の子が主人公の乙女ゲーム『華園の花園』。
攻略対象のキャラクターは勿論のこと、それ以外の生徒も教師も老若問わず美形ばかり!
素晴らしい!夢の逆ハー生活!!
……そう思っていた時期が、私にもありました。
申し遅れましたが、私、転生者です。
そうだって気付いたのはかなり前。
幼稚園に入る前の、自我も目覚めるか目覚め無いかの頃でした。
きっかけは何だったか?
覚えていません。
その瞬間まで只の子供だったので……。
ですが、ある日突然、子供のそれとは違うクリアになった思考に、「これは前世の記憶というやつだな」と結論付けました。
いえ、突然並外れた創造力に目覚めた、妄想力逞しい子供という線もなきにしもあらずなんですけど……。
とにもかくにも記憶に目覚めた私は、だからといって特に何かする事もなく、ただ、ちょっとばかりその便利な部分だけを利用させていただきつつも、都合が悪くなると「わたしこどもだもーん!」という顔をしてそこそこに平穏な人生を謳歌して参りました。
その瞬間まで、これは『ただの転生』だと固く信じていました。
ところが、です。
高校受験を控えた頃に、それは起こりました。
「実はね、あなたに折り入って相談があるの……」
そう言って、母親に告げられた内容。
私は衝撃を受けました。
実は母親、とある財閥のお嬢様で、父との結婚を反対されて、駆け落ち同然で家を飛び出したとか。
そして、それから10数年経った今、偶然、お兄さん……つまり私の伯父さんと再会したのだそうです。
もともと伯父さんとは何のわだかまりも無かった事……積もる話をした末に、彼が困っているのを知った母親は、助力を申し出ました。
「あなたに、兄さんが理事を務める、華園学園に通って欲しいのよ」
私立華園学園。
全国に知らぬ人は幼い子供くらいしかいない程の超名門校です。
小、中、高、大、一貫教育で、各界に数多の著名人を排出するエリート中のエリート『男子校』。
そう、男子校なんです。
因みに、私の性別は間違いなく女子です。
ので。
「母さん、華園学園って確か男子校だよね……?私、母さんの『娘』だと思ってたんだけど……??」
母親に訊ねました。
「だからよ」
母親は言います。
「今ね、華園学園は男女共学に向けての準備をしているところなの」
理事長である伯父さんを中心に、共学化のため、鋭意計画進行中なのだそうです。
ところがそこで困った事が出てきました。
何しろエリート男子校。
その歴史も長い伝統校。
学園の中にはやはり、共学化にいい顔をしない者達もいたのだそうです。
彼らを説得するために、伯父さん並びに共学化推進派は様々な提案をしたのだそうですが、中々色好い返事は貰えませんでした。
そんな中、中立派の理事からある提案が出ました。
『一人の女生徒を試験的に迎え入れて、その子が無事に3年間を乗りきったら、共学、考えてもいいんじゃないかなぁ』
「でも、なにも知らない女子生徒を生けに……いきなりモニターに任命するなんて出来ないじゃない?兄さん困っちゃってたみたいで」
「そこで、その話を聞いた母さんが、自分の娘が華園学園女生徒第1号になるのはどうかって提案をした訳ね……」
「そうなの!」
というか母さん、さりげなく生け贄って言いかけましたよね、今?
「丁度受験生でもあるし、あなたなら華園を受けても問題ない成績だし……ね!お願い!!」
「……拒否権は?」
「お母さん泣いちゃう」
この、母の涙には弱い……。
かくして私は華園学園高等部を受験し、見事合格。
共学化のためのテスト生。たった一人の女子生徒として学園生活をスタートさせたのです。
……というこの一連の流れ、私、起きる前から知っていました。
いえ、母親から『華園学園』の名前を聞くまでは、ただの一ミリミジンコも気にかけたりしていなかったのですが、その名前を聞いて思い出しました。
(これ、『ハナハナ』の世界じゃん!)
ハナハナ……正式名称、『華園の花園』
主人公の女の子が、共学化をかけ、男子校で紅一点として、恋に事件に奮闘する乙女ゲーム。
大まかな内容は先程、私と母親がした会話の通り。
そして、私が前世でプレイした事のあるゲームでした……。
フルコン、周回、お手のもの!
記憶に残っておりますとも。ええ。
ただ、衝撃を受けたのは、そこじゃないんです。
(私……重大なシナリオ一個、すっ飛ばしてる……)
前世の記憶など持たない、普通の女の子である、このゲーム本来の主人公は、学業の成績も、やはり普通でありました。
そして、華園学園は偏差値も高き名門校。
通常ならシナリオの流れは……
「丁度受験生でもあるし、成績の問題なら優秀な家庭教師をお願い出来るから!」
こうなるはずだったんです。
ところが、ここがハナハナの世界で、自分がその主人公だとは露ほども考えず、前世の記憶を美味しいところだけ利用し尽くした私は、いつの間にやら勉学の成績に関しては優等生。
大事な『家庭教師シナリオ』を豪速球で投げ捨ててしまっていました。
シナリオの一個ぐらい、取り戻せるよ!前世特典のゲームフルコン記憶持ちチートボーナスあるんだしさ!
と、思うでしょう?
そうは問屋が卸さないんです。
この『家庭教師シナリオ』、主人公が、これから始まる学園生活の……ひいてはこの乙女ゲーム全般の人間関係を形成する礎をつくると言っても過言ではありません。
重要なのは家庭教師に現れる伯父さんの息子……私の初めて会う従兄。
攻略キャラクターの一人であり、私の二つ年上の彼との勉強会で彼からの信頼をある程度得る事で、この物語の人間関係は全てつながって行きます。
彼の信頼にプラス恋愛感情が入って来れば彼のルートに突き進み、恋愛要素がなくても、紅一点で何かと不自由な従妹を気遣ってくれる。
出来たお兄さんです。
生徒会役員でもある彼の伝で、他の役員である先輩攻略キャラクターと知り合い。
優秀な生徒である彼とのやり取りを見て、先生攻略キャラクターの覚えもめでたくなり。
彼の話しをきっかけに同学年攻略キャラクターとの話題が出来る。
そもそも信頼を得られなかったら、学業の成績は上がらないので、そこで残念END回収で物語終了。
学園に入れなければ物語は始まりませんからね。
ところが、私は、その『信頼はないのに、学園に入る能力だけはある』という、稀有な状態を、自ら作り出してしまっていました……。
ああ、(前世知識利用の反則技で得た)自分の実力が憎い。
そして、入学後。
初めましての挨拶で呼ばれた、伯父さんの理事長室で、引き合わされた従兄のやんわりとした笑顔の拒絶に。
ああ、積んだ。これは、積んだ。
と、思いましたとも……。
かくして、本来ならあったはずの後ろ楯が無いまま、私の、紅一点男子校生活はスタートしたわけです。
……。
……。
まぁ、ほんとの主人公ならこんなとき、逆境でも頑張ったんでしょうね……。
かつてプレイヤーだった頃の私も、「素晴らしい!夢の逆ハー生活!!」……そう思っていた時期がありましたよ。
でも。
無理!
これ、無理!
何しろ私が通うこの高等部だけで、男女比1000:1。
見渡す限りに自分より体格のいい知らない男子に囲まれると……。
正直、怖い……。
そりゃ、初めの頃はもの珍しさで絡んで来てくれた人もおりましたが、特に面白い反しも出来ない私に飽きたのか、友好関係を築く前にもはや疎遠となりました。
そんな訳で、今日も今日とて四面楚歌ぼっち生活継続中でございます。
切ない……。
あ。そうそう。
完全にぼっちではありませんでした。
「あのさぁ、毎日毎日そんな辛気くさい顔してつっ立ってるのやめなよってボク言ったよね?」
ハスキーボイスが聞こえる方を向いたら、そこに美少女(仮)が立っていました。
見た目は美少女ですが、ここは私以外がもれなく男性である男子校。
当然、本物の美少女ではなく、あくまで美少女カッコカリです。
「あのさ、聞いてる?」
私が自分の世界に入り込んでいたら、それがどうにも美少女(仮)のお気に召さなかったらしく、頬を両手で挟まれた末、無理やり彼の方を向かされました。
首……首がぐきっていいましたよ、首が……。
「何か言うことは?」
「おはようございます」
「あのねぇ……まあ、いいや……おはよう」
挨拶は済んだはずなのに、美少女(仮)はその手を外してはくれず、じっとこちらを見つめて来ます。
「――――――――……」
「はい?」
何か言ったと思ったのですが、訊ねたら「何も言ってない」と、不機嫌に返されてしまいました。
しかし、顔が近い……。
お肌が綺麗……すべすべしてる……流石美少女(仮)……うらやましい。
おや?何だか耳が赤い様な……?
「なにさ?」
「いえ、何でも」
「あ、そ」
そう言って、美少女(仮)は私の手を取り、美少女にあるまじき乱暴な歩みでずかずかと校舎に向かいます。
「あの……手……」
「なに?」
「何でもないです……」
私はばれない様、そっとため息をつきます。
実は、彼がこうした行動を取るのはいつもの事で、私がこうして細やかな抵抗をしようと試みて失敗するのもいつもの事です。
私が学園唯一の女子生徒であるのと同じく、彼は……私の知る範囲では学園唯一の女装男子です。
そして、何故か私は、入学以来彼からこうして構われるというか、絡まれています。
(ゲームにこんな子居た記憶無いんだけどなぁ……)
学園に入学して、従兄を始めとした攻略キャラクターや、登場したサブキャラクターの各々の姿は確認出来たので、ここが前世の記憶にあるゲームの世界であることは相違ないと思います。
でも、こんな美少女(仮)の事など、私は覚えていません。
(モブにしてはキャラが立ち過ぎてるんだよなぁ……)
私は、また、ばれない様に二度目のため息を吐くのでした。